日本沈没(昭和48年)

小松左京の大ベストセラー小説を映画化、同じ年の暮れに公開されて大ヒット

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、森谷司郎監督の『日本沈没』です。SF作家小松左京が書いてベストセラーになった小説は、刊行前から東宝によって映画化されることが決まっていたそうで、小説が発表された昭和48年の年末にお正月映画として公開され大ヒットしました。監督は黒澤明のもとで助監督をつとめていた森谷司郎。配役は田所教授に小林桂樹、山本首相に丹波哲郎、潜水艇の小野寺に藤岡弘という布陣で、いしだあゆみの水着姿も公開当時に大いに話題をさらいました。

【ご覧になる前に】高度経済成長後の閉塞感が生んだ終末論的災害映画です

潜水艇わだつみが日本海溝を調査するため深度数千メートルの深海に降りてきます。操艇士小野寺と地球物理学者田所教授らは、海の底に走る亀裂と乱泥流を発見し、近海で起きている地殻異変との関連性を疑うのでした。未婚の小野寺は会社の上司から知り合いの娘玲子を紹介され、葉山の別荘に赴きますが、その夜対岸の伊豆半島が地震に見舞われ天城山が噴火を始めます。急遽政府が開いた専門家懇談会に出席した田所教授は、山本首相に対して太平洋プレートのズレによって日本列島が海に沈んでしまうかもしれないと進言するのですが…。

昭和48年といえば、第四次中東戦争をきっかけにして原油価格が高騰するオイルショックが日本を襲った年。国民全員がトイレットペーパーを買いだめするためにスーパーマーケットに大行列する光景はこの年の出来事でした。金大中事件や熊本大洋デパート火災もこの年に発生していて、高度経済成長期が終わりを迎え、日本全体が閉塞感に包まれつつある時期に、小松左京の「日本沈没」が発表されたのでした。当時の小説はハードカバーの単行本とポケットサイズの文庫本のほかに新書サイズで新刊が発売されていた時期で、「日本沈没」は光文社のカッパノベルスが発行。どこの本屋でも山積みされて売られていて、3月に発売されて年末までに340万部売れたといいます。現在では新刊本は10万部も売れればベストセラーとされてしまうので、「日本沈没」がいかにめちゃくちゃな販売部数だったかがわかると思います。

作者の小松左京は昭和45年に大阪で開かれた日本万国博覧会の企画・運営に関わっていましたし、NHKで放映されていた少年少女向けSFドラマ「空中都市008」の原作を書いたりするなどの執筆活動も盛んに行っていましたから、多忙も多忙、超多忙という人物でした。この「日本沈没」も小松左京が着想したのは昭和30年代の末のことらしいので、書いても書いてもなかなか終わらず、書いているうちにどんどん話が専門化していき、研究論文にも使えるほどリアリティをもった内容に精練されていったのだそうです。

東宝のプロデューサー田中友幸は、あの『ゴジラ』を生み出した製作者として有名ですが、その後も『海底軍艦』などの東宝特撮映画を次々に世に送り出した人物でした。その田中友幸も実は大阪万博に関わっていて三菱未来館のプロデュースもつとめています。万博がとりもったのか特撮映画で縁があったのかわかりませんが、たぶん小松左京と田中友幸はどこかで親交を結んだのでしょう。なかなか完成しない「日本沈没」を田中友幸が東宝で映画化するということが、出版される前に決められていたのでした。なので本の出版が3月、映画公開が12月と実にグッドタイミングでの公開となったんですね。

おかげで映画『日本沈没』は興行収入40億円を稼いで大ヒット。当時の映画館入場料は平均620円くらいで現在の半分以下ですから、今風にいえば100億円突破くらいになる勘定です。確かに公開時に地方都市の東宝系劇場に見に行ったときには、まだ指定席制なんかなく、まして防災意識もゼロのときだったので、映画館は入場料さえ払えばどんどん観客を入れてしまうので、通路まで超満員の劇場内部になんとか入り込んで大人の背中の間から背伸びをしてスクリーンを見た記憶があります。さすがに2時間半立ちっぱなしは子どもにとってもキツかったですね。

監督の森谷司郎は黒澤明の『赤ひげ』の助監督を最後に監督に昇進して、『赤頭巾ちゃん気をつけて』などの70年代風作品を撮っていましたが、この『日本沈没』をきっかけに大作を任せて安心という重量級監督になっていきました。『八甲田山』『動乱』『漂流』などを監督してその地位を確立していきますが、残念なことに胃癌を患い五十三歳の若さで亡くなってしまいます。そして脚本も黒澤組で鍛えられた橋本忍が書いていて、この翌年には松竹で山田洋次と『砂の器』の脚本を共作していますから、そのキャリアのピークだったかもしれません。1982年に脚本だけでなく製作・監督にまで手を出した『幻の湖』が歴史に残る珍作に終わってしまったのが橋本忍にとっては汚点となってしまいました。

【ご覧になった後で】科学的根拠に基づいて日本の将来を描く骨太な作品

いかがでしたか?なにしろ昭和48年公開時以来久しぶりに見たもんですから、こんなに完成度の高い骨太な作品だと思いませんでした。まず科学的根拠の描き方がすばらしいです。首相が「わかりやすく説明してくれ」という設定にして、観客に日本の地殻で起きている現象を伝えることに成功していますし、説明するのが本物の地球物理学教授の竹内均で、その風貌も話し方も独特ながら端的で明快でした。次に政治的な状況が的確に表現されていて、最初は絵空事に感じられていた危機が、東京での大地震発生によって現実味を帯びてきて、首相が裏から渡老人に頼んで将来像を提出させるくだりなどは、もちろん原作通りなんでしょうけれど、映像としての観客の巻き込み力をもった描き方になっています。外務大臣が非公式的に個別に諸外国と交渉するところなんかは、中村伸郎の英語がいかにも日本人的英語ですごくリアルでしたし、海外の報道によって国内発表を早めなきゃいけないなんて、日本の政治によくある光景ですよね。そして日本を脱出しなければならなくなるパニックの描き方。ここはいしだあゆみの玲子を使って簡単に脱出できない混乱をなぞっていきますが、さすがに阪神や東日本の大震災を経験した現在の日本からみると、ちょっと手ぬるい感じがしてしまいました。もっとライフラインが寸断されたときの悲惨さを強調してほしいところですが、なにしろ昭和の映画ですからそこは仕方ないかもしれません。

公開当時は特撮がやたらピカピカ光るだけであまり迫力ないなと思ったのですが、そんなことは全くなく、本作の特殊効果は本当に見事に災害の実態を映像化していました。瓦屋根の民家が雪崩のように崩れるショットなんかはかつての怪獣映画を部分的に使いまわしているような気もしますが、津波に襲われる町を正面からロングでとらえたショットなんかは、スクリーンプロセスと実写をうまく組み合わせて本当に洪水に襲われる感じを出していました。また、日本列島を超上空から映したような特撮は、雲の表現なども優れているのですが、要するに本編最初に出てくる「大陸移動説」のアニメーションと対比させていたんですね。超俯瞰でみると日本が沈むのは、地球が動いていたことのひとつの事象に過ぎないという大きな視点が感じられる表現でした。特技監督は中野昭慶(これで「てるよし」と読むんだそうです)。円谷英二の下で特殊技術の助監督として働き、「ゴジラ」シリーズでは昭和46年の『ゴジラ対ヘドラ』の特殊技術を担当し、この『日本沈没』ではじめて特技監督をつとめたという経緯のようです。

そして俳優たちも全員が熱演で、小林桂樹は社長シリーズなんかのサラリーマン役の人と同じと思えませんし、丹波哲郎は存在感抜群でやや大げさな演技が総理大臣役にぴったりはまっていました。D計画の二谷英明・中丸忠雄・滝田祐介・村井国夫のカルテットは勤勉実直なチーム感を漂わせていて、観客にストレスを与えない人物像を提供していました。そんな中でやっぱり本作のヒットは藤岡弘の起用でしょう。藤岡弘は松竹の映画俳優でしたが、昭和46年にTVで「仮面ライダー」に主演して一躍人気者になったばかりの頃。でも映画界からみれば「仮面ライダー」なんてお子様向け変身ものとして認められていなかったでしょうから、この『日本沈没』の小野寺役は大抜擢どころではない配役でした。しかしこの藤岡弘が抜群にいいんですよね。仕事はきっちりやって真面目でシャイで、熱情に溢れた好青年というキャラクターは、藤岡弘でなければ作れなかったと思いますし、あの毛量の異常な多さと汗の臭いがしそうな色黒の肌で列車から大平原を見つめる雄大なラストは、藤岡弘の面構えがなければ成り立たないショットだったと思います。

そしていしだあゆみですが、重い映画の中で意外にも軽やかに自然体で演じているので、なかなか大物だったのだなと感心させられてしまいます。当時少年キングに連載されていた望月三起也の「ワイルド7」に本作上映の話が出てきて「ちょっと、あのいしだあゆみがおヌードだっていうじゃない?」なんてセリフが出てきていました。まあヌードじゃないんですけどね。

蛇足ですが、渡老人に付き添う姪を角ゆり子という女優がやっていまして、黒髪のショートボブがなかなか似合う美人女優でした。たぶん映画公開の後だと思うのですが、小松左京の「日本沈没」はマンガ化もされていまして、週刊漫画誌の少年チャンピオンでさいとうたかをプロが連載マンガとして掲載していました。そのクライマックスで、火山灰が降りしきる中で渡老人がひとり屋敷に残るというのは映画と同様なのですが、そこで花江に向って「最後にお前の身体を見せてくれ」と言い、花江が着物を脱ぐという場面があったのです。たぶん少年誌のマンガでそんなオリジナルシーンを加えることは考えられないので、原作にあるんだと思いますが、それがなぜか非常に印象に残っていて、映画を見ている最中も「この角ゆり子は脱ぐんだろうか…」と気にしながら見ていました。で、結局脱がないのでがっかりしました、という蛇足でした。(A021222)

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