ベルモンドの宝石泥棒とオマー・シャリフの警視が対決するアクション活劇
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『華麗なる大泥棒』です。ジャン・ポール・ベルモンド演じる宝石泥棒がエメラルドを奪って逃げようとするのをオマー・シャリフ演じる警視があの手この手で阻止するという泥棒対警視のアクション映画で、ベルモンドは例によってほとんどのアクションシーンをスタントなしでこなしています。宝石泥棒がベルモンドをはじめとした四人組でオマー・シャリフがトレンチコートを着ていたりするので「ルパン三世」のモデルとか言われているようですけど、日本公開は「ルパン三世」のTV放映開始後ですので全く関係ないと思われます。
【ご覧になる前に】坂が多く海があるアテネの街を舞台として活用しています
アテネに集まって来たアザド以下四人組は深夜赤いフィアットで郊外にある大邸宅に向います。門番を拘束したアザドはスーツケースから金庫開錠装置を取り出すと、書斎にある強固な金庫の合い鍵をその場で作り上げて100万ドル相当のエメラルドを盗み出すことに成功しました。翌朝逃走するため港に到着した四人組は乗船予定の船が故障でドックに入っていることを知ります。街で五日間を過ごさなければならなくなったアサドを黒いオペルで追い回すのは警視ザカリア。彼は駐車中の赤いフィアットにいたアザドを職務質問したときからつけ回していたのでした…。
本作の元になっているのはデヴィッド・グーディスの小説を映画化した「The Burglar」というアメリカ映画で、グラマー女優として有名なジェーン・マンスフィールドが主演した泥棒映画でした。四人組の泥棒が宝石を盗み出して仲間割れするという設定をアテネを舞台にした泥棒対警視のアクション活劇に脚色したのがアンリ・ヴェルヌイユとバエ・カッチャの二人。バエ・カッチャは『セシルの歓び』の脚本家らしいですがあまり多くの作品を残していませんけど、製作も監督もしているアンリ・ヴェルヌイユはフランスの喜劇スターのフェルナンデルに見い出されて監督デビューした人です。ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが共演した『地下室のメロディー』が有名ですが、ジャン・ポール・ベルモンドとは『太陽の下の10万ドル』『ダンケルク』で一緒に仕事をしたことがあり、本作の後も『恐怖に襲われた街』で再度ベルモンド主演作の監督をつとめています。
ジャン・ポール・ベルモンドはスタントなしで自らアクションシーンを演じることで有名でして、フィリップ・ド・ブロカ監督の『リオの男』ではリオ・デ・ジャネイロの街をあちらからこちらへ走りまくっていました。本作では走るだけでなく、バスに飛び乗ったり崖を飛び降りたりと危険を顧みずにスタントなしで通していますが、カーチェイスの場面だけはさすがに本職のスタントマンを使っていまして、レミー・ジュリアンのチームがフィアットとオペルの二台の車によるカーチェイスシーンをコーディネートしています。レミー・ジュリアンはフランスを代表するカーアクション専門スタントマンで、2021年に亡くなるまでになんと1400作もの映画でスタントマンを担当したんだとか。数が多すぎてちょっと信憑性が薄いとは思うものの『ユア・アイズ・オンリー』以降の「007シリーズ」を6作品担当したということからも世界を代表するスタントマンだったようです。
ベルモンドと対決する警視役はオマー・シャリフで、母国エジプトで映画俳優としてデビューした後にデヴィッド・リーン監督の超大作『アラビアのロレンス』でベドウィン族の族長役に抜擢されて世界的に注目されるようになりました。アラビア語、英語、フランス語、ギリシャ語を操ることができたので、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア各国の映画に出演を重ねるようになり、1965年には『ドクトル・ジバゴ』でゴールデングローブ賞の主演男優賞を受賞しています。
キャメラマンにクレジットされているクロード・ルノアールは名監督ジャン・ルノアールの甥っ子にあたり、おじさんが監督した『ピクニック』『黄金の馬車』や20世紀フォックスを倒産の危機に追い込んだ『クレオパトラ』などの撮影を担当した人で、そんな立派なキャリアの持ち主なのに『バーバレラ』みたいなちょっと風変わりな作品でもキャメラを回しています。『フレンチ・コネクション2』や『007私を愛したスパイ』なんかもクロード・ルノアールの撮影作品なので意外とアクション映画が好きな人だったのかもしれません。
また音楽も映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネが担当していて、アクション映画らしいベースラインが印象的で軽快な楽曲を提供しています。ただしモリコーネのキャリア的にはマカロニウエスタンの音楽で注目された直後くらいの時期で、本作の前年に担当した『シシリアン』はアンリ・ヴェルヌイユ監督作品でしたから、そのつながりで本作でも声がかかったのではないでしょうか。
【ご覧になった後で】物語は別にしてもスタントシーンは見どころ満載でした
いかがでしたか?ストーリーラインはいろいろとギモンが残りつつも、スタントシーンはどれもハラハラさせられて、スクリーンから目が離せないくらいに盛り上がりましたね。ジャン・ポール・ベルモンド自らスタントに挑戦する場面の中ではトラックに積まれた瓦礫と一緒に砂利捨て場の崖に流し込まれるところが一番の注目ポイントでした。本当にベルモンド本人がトラックから急な坂を転がされていて、しかも作り物なんでしょうけど瓦礫とともに突き落とされるので、足を折ったり頭に瓦礫がぶつかったりするリスクが伴うアクションシーンなのに、ベルモンドが冷静沈着にスタントをこなして涼しい顔をしながら立ち去っていくのをワンショットで捉えています。これこそベルモンドがフランス映画界を代表する俳優だということを証明するようなシーンで、まさに自ら身体を張る映画俳優だったと断言できるようなチャレンジでした。
さらにヒルトンホテルから脱出してオマー・シャリフとの追っかけになる場面では、走ってバスに飛び乗り、さらに別のバスに乗り移り、そして自動車の屋根を八艘跳びしながら逃げ出すという荒技をベルモンド本人が演じています。こういう映画俳優がいると監督はなんとラクなことでしょうか。演出なんかしなくてもベルモンドが危険なことをやるだけで観客の目が釘付けになってしまうのですから、監督はベルモンドのアクションをそのまま撮っていればいいわけです。
一方でアテネの坂道を赤いフィアットと黒のオペルがポンコツ車寸前になるまで追跡するカーチェイスは、なんであんなに長い時間をかけて映すのかとも思いつつ、あまりに見事なカーアクションなのでいつのまにか見惚れてしまう長尺シーンになっていました。たぶん1968年の『ブリット』のカーチェイスが世界的に注目された直後の時期なので、街中の道路をそのまま使用した追っかけを真似してみたいという意図もあったのでしょうけど、スポーツカーではない普通の自動車で追いつくか追い越すかの寸前が繰り返されるカーバトルは本当に見ごたえがありました。まあ結局は追いかけていたオマー・シャリフは追いついた末に何かするわけでなく、ストーリー上は全く意味のないシークエンスなのですが、その無意味さも含めて極め付きのエキサイティングな映像でした。
この場面はアテネの実際の交通状況の中で撮影されたそうで、信号機の操作まで撮影隊の自由にさせてくれたそうです。ギリシャ政府は撮影許可を出す際に「やり過ぎないなら必要なだけ速く走っていい」と言ったそうで、レミー・ジュリアンチームの腕が確かだからこそ事故を起こすことなくリアルなカーチェイスが実現できたんでしょう。加えてオープンシアターでダンスを見ている観客が一斉に車道観戦に切り替わるというような演出が、この派手なカーアクションにおかしみをプラスしていました。ベルモンドとオマー・シャリフがレストランで食事をするときにギリシャ料理の説明をしながら会話が進みますが、それはカーアクションの撮影許可を出してくれたギリシャ政府への感謝の印だったのでしょうか。
赤をベースにしたオープニングクレジットでベルモンド以下の四人組だけが丸くトリミングされて紹介されるのもセンスの良さが出ていましたし、ダイアン・キャノンは画面に出てきただけで観客の目を吸い寄せてしまうくらいファッションセンスとダイナマイトボディの素晴らしさにインパクトがありました。また開巻後10分くらいセリフなしの金庫破りの場面が続きますが、開錠までの手口を詳細に見せていくところも犯罪の職人的な側面を見せていて面白かったですし、倉庫の機能を生かしてベルモンドがオマー・シャリフを小麦まみれにしてしまうクライマックスも美術セットの工夫が冴えていました。
しかしながら本作の決定的欠点は泥棒映画なのに殺人を起してしまうところです。ベルモンド四人組のひとりであるレンジはウイスキーを三杯あおったオマー・シャリフの銃弾を顔に受けて死んでしまいます。単なる宝石泥棒で抵抗もしていないのになぜ殺されなければならないのか、全く理解に苦しむくらいで、この時点でオマー・シャリフが悪役になってしまうんですよね。だとしても最後にオマー・シャリフが生き埋めになって殺されたのならそれはそれで釈然としないラストになってしまうので、少なくともベルモンドは警視を殺してはいないのだということを証明するショットを加えてもらいたいところでした。
序盤ではスケール感の大きさを感じさせる四人組も、映画の進行とともに次第に小粒なコソ泥に見えてきてしまうのは、脚本のマズさだと思いますけど、それをベルモンドのスタントシーンで補うものの、映画全体としては突き抜け感のないこぢんまりとしたお話になっていました。「エメラルドはどうした?」とロベール・オッセンが訊くのに対してベルモンドが「鶏のなんとか!」と叫んで鶏のクローズアップで終幕になるのも解せませんでした。結局のところスタントシーンだけが売り物の普通のアクション映画になっていたのが残念なところです。(T011523)
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