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外国映画

冷血(1967年)

1959年にカンザス州で発生した殺人事件をトルーマン・カポーティが小説として発表したのは1965年のこと。映画化権を40万ドルで購入したリチャード・ブルックスが自ら脚本を書いて製作したのが本作で、リアリズムを重視するためモノクロ映像で撮影されました。
1940年代

山河遥かなり(1948年)

第二次世界大戦終結後に発覚したナチス・ドイツによるホロコーストは世界に衝撃を与えましたが、本作はアウシュビッツ収容所を生き延びた母と子の戦争直後の姿を描いた社会派ドラマで、モンゴメリー・クリフトのデビュー作でもあります。
日本映画

第三次世界大戦 四十一時間の恐怖(昭和35年)

週刊新潮に掲載された記事を原案とした本作を製作したのは第二東映。山脈の尾根を映したタイトルロゴとともに「第二東映」製作作品が映画館にかけられるようになって半年後に公開されました。
外国映画

ケイン号の叛乱(1954年)

ハーマン・ウォークが書いた小説は世界的なベストセラーとなり、ウォークはこの本でピューリッツアー賞も受賞しました。プロデューサーのスタンリー・クレイマーが監督に指名したのは非米活動委員会によって追放されていたエドワード・ドミトリクです。
日本映画

真昼の暗黒(昭和31年)

正木ひろし弁護士によるノンフィクション本は、当時裁判が進行中だった八海(やかい)事件の犯人が冤罪であると訴え、ベストセラーになっていました。それを脚色したのが橋本忍で、冤罪を告発する社会派ドラマとして高く評価されました。
日本映画

白と黒(昭和38年)

一見すると松本清張の原作ものなのかなと勘違いしてしまうのですが、橋本忍が書き下ろしたオリジナル脚本を映画化した作品で、多くの黒澤作品で助監督を勤めあげた堀川弘通が監督し、小林桂樹が主演しています。
外国映画

ダラスの熱い日(1973年)

ケネディ大統領はダラスで暗殺され、事件はオズワルドによる単独犯行だとされました。本作はそのオズワルド単独犯説を真っ向から否定する陰謀説で描かれており、暗殺事件発生から10年が経過して、初めて事件の裏側に迫った作品として注目されました。
1940年以前

激怒(1936年)

フリッツ・ラングはユダヤ系オーストリア人で、ナチスドイツによる迫害の対象となることをおそれ、ドイツを脱出してパリに滞在後、アメリカに渡りました。本作はフリッツ・ラングがハリウッドのMGMで初めてメガホンをとった作品です。
1940年代

紳士協定(1947年)

ハリウッドではアメリカ社会の背後に潜む反ユダヤ主義(Anti-Semitism)を取り上げることはタブーとされていましたが、20世紀フォックスのダリル・F・ザナックは初めてこのテーマを真正面から取り上げた映画を製作しました。
日本映画

江分利満氏の優雅な生活(昭和38年)

サントリー宣伝部でコピーライターをやっていた山口瞳が婦人画報誌に掲載した連作短編が直木賞を受賞し、それに目をつけた東宝のプロデューサー藤本真澄が小林桂樹樹園で映画化したのがこの作品で、監督は川島雄三からバトンタッチした岡本喜八です。
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