新幹線大爆破(昭和50年)

ハリウッドのブームに乗った東映が新幹線爆破犯人を描いたパニック映画です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、佐藤純彌監督の『新幹線大爆破』です。1970年代前半のハリウッドではパニック映画が一大ブームとなっていて、やくざ映画を興行の中心にしていた東映の岡田茂社長はアメリカ映画のブームに乗った災害物を企画します。新幹線を爆破するという犯人を主人公にした本作は、日本国内では不入りに終わったものの、海外のバイヤーたちから注目を集め、本編を3分の1カットした100分の短縮版はフランスをはじめ世界各国でヒットを記録しました。映画評論家たちからはその娯楽性が評価され、昭和50年度のキネマ旬報ベストテンで第7位にランキングされています。

【ご覧になる前に】脚本は佐藤純彌と小野竜之助の二人によるオリジナルです

真夜中の北海道夕張駅で煙草を一口吸った男は貨車の下に潜り込むと車輪に細工をし始めます。夜が明けた東京駅では新幹線ひかり109号の車内整備を終えた浩は、刑事に連れられて乗車する藤尾を見かけます。北海道から東京の工場跡にいる沖田に電話をした古賀は藤尾が警察に捕まったことを知りますが、沖田は計画を実行すると告げると国鉄本社公安本部に「ひかり109号に爆弾を仕掛けた」と電話します。「ひかり109号は時速80kmに減速すると爆発する。同じ爆弾を夕張を出発するSLに仕掛けたので減速させてみろ」という犯人の説明を聞いて、運転指令官の倉持はひかり運転士の青木に時速を落とさず停車駅を通過して博多まで列車を走らせるように指示するのですが…。

大災害を扱ったいわゆるパニック映画がジャンルとして確立したきっかけは1970年に公開されたジョージ・シートン監督の『大空港』がヒットしたことでした。バート・ランカスターやディーン・マーティンをはじめとしたオールスターキャストが空港スタッフや乗員・乗客を演じて、爆発で機体の一部が損傷し大雪の空港に不時着することになったジャンボ機の危機的状況を描いた『大空港』はその後のパニック映画のモデルとなり、客船が沈没する『ポセイドン・アドベンチャー』、ロスアンゼルスが地震で壊滅する『大地震』、高層ビルが火災になる『タワーリング・インフェルノ』など大作が次々に製作されることになりました。

当時の日本映画界は大映が倒産し、日活が低予算のロマンポルノ作品に切り替えた大不況の時期。そんな中でターゲットを男性客に絞ってやくざ映画路線をとった東映は、なんとか興行収入で業界一位の座を守り抜いていました。しかし東映社長の岡田茂はいつまでもやくざ映画だけでは経営が立ち行かなくなるという予測のもとアメリカ映画の動向を注視していて、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』によってカンフー映画がブームになると、すぐに千葉真一主演の『激突!殺人拳』を昭和49年に公開してヒットさせます。岡田茂が次に目をつけたのがパニック映画で、日本ならではの災害物を製作しようと新幹線に爆弾が仕掛けられるという題材の新しい企画をスタートさせたのでした。

オリジナル脚本を共同で書いたのが佐藤純彌と小野竜之助の二人。佐藤純彌(本作のクレジット表記は佐藤純弥)は東京大学卒業後昭和31年に東映に助監督として入社し、昭和38年に『陸軍残虐物語』で監督に昇格しました。昭和43年にフリーとなった後も東映東京撮影所製作作品の監督を続け、『荒野の渡世人』や『日本ダービー 勝負』、『ゴルゴ13』など様々なジャンルのアクションものを作っていました。一方の小野竜之助は昭和35年から東映でシナリオを描き始めた脚本家で、「若き日の次郎長」シリーズなど東映時代劇末期のシナリオからスタートして、東映東京撮影所で『夜遊びの帝王』などポルノ色を打ち出した「帝王」シリーズの脚本を担当していました。要するに佐藤純彌も小野竜之助もこれといった代表作があるわけではなく、没落しつつあった東映撮影所の中でもさほど目立つ存在でもなかった二人だったわけで、なぜパニック映画という新ジャンルへのチャレンジがこの二人に託されたのかはわかりません。

それでもプロデューサーの天野完次と坂上順から指名された佐藤純彌と小野竜之助は北海道の温泉宿に一ヶ月以上こもって脚本を書き始めます。時速80km以下になると爆発するというアイディアは坂上順が出したそうですが、黒澤明監督によってハリウッドで製作直前までいった『暴走機関車』のブレーキが壊れて暴走する列車の設定やテレビ映画『夜空の大空港』の高度1万フィート以下に降下すると爆発するという設定を参考にしたと言われています。いずれにしても二人が完成した脚本は娯楽作として非常に完成度が高い仕上がりだったようで、高倉健がこんな面白い本だったらぜひ出演したいと熱望したほどだったとか。当初予定されていた菅原文太が出演を断ったことで、主人公の犯人役を高倉健がやることになり、千葉真一がひかり号の運転士、新東宝出身の宇津井健が運転指令官を演じることになりました。

国鉄すなわち日本国有鉄道が民営化されてJRになったのは昭和62年のことですから、本作ではまだ新幹線は国鉄のものでした。新幹線を爆破するという内容に当時の国鉄が激怒し撮影への協力を全面的に拒否、政府筋からも製作に対して圧力がかかったと言われています。東映は逆にすべてを自前で作ってしまえと腹をくくり、走行する新幹線の撮影は隠し撮りと特撮で行く方針を決定。特撮は円谷プロ出身に成田亨に任されることになりました。成田亨といえばあのウルトラマンをデザインした伝説のデザイナーで、バルタン聖人やケムール人などウルトラシリーズの原型を作った偉大な美術家でもあった人。昭和43年に『マイティジャック』の美術監督を降板して円谷プロを退社して映画の仕事をしていた時期で、本作の新幹線は1mの車両を12台連結したミニチュアモデルを制作して30度の傾斜の坂を下らせて自走する仕組みだったんだとか。当然車内ロケも許可されなかったので、新幹線の車輛を納入していた日立製作所や東芝などから本物の座席や部品を買い集めて車内をまるごとスタジオセットに組み立てたそうです。

【ご覧になった後で】東映最上級のA級娯楽大作ですがディテールは貧弱です

いかがでしたか?この作品は公開から3年後に東映系映画館で鑑賞した記憶があり、とすると日本映画では珍しくリバイバル上映をしたことになります。たぶん初公開の昭和50年に大コケした後、海外で大ヒットを飛ばしたニュースが出回ったのでしょう。再上映を望む声があったかどうか知りませんけど、5億円以上もかけた製作費を少しでも回収しようとしたのではないかと思われます。それはともかく映画館で見た本作の印象はまさに圧倒的で、当時の日本映画のスケールをはるかに超えたA級の娯楽大作といった感じでした。やくざ映画しか上映しない東映が作ったのも意外なところで、角川映画が『犬神家の一族』で日本映画に旋風を巻き起こすのは本作公開翌年のことでしたから、東映が最上級の作品を世に送り出したのは日本映画史においても画期的なことでした。

パニック映画ブームに影響されたのは東映だけではなく、『新幹線大爆破』公開翌週には東宝で『東京湾炎上』が封切られていますし、二ヶ月後には増村保造を監督に起用した『動脈列島』が本作同様に新幹線を題材としたパニック映画として公開されています。その中でも『新幹線大爆破』のデラックス感というかフルコースのごちそう感は一歩も二歩も抜きんでていて、犯人、国鉄、警察、乗員、車内の乗客がカットバックされるサスペンス映画としての出来栄えは観客の予想をいい意味で裏切るものでした。

とはいうものの五十年の年月が経過してしまい、数回目の鑑賞となると本作の鮮度も落ちてしまうわけでして、オリジナル脚本にしては抜群に面白い映画だとあらためて思う反面、ディテールは結構貧弱だなあという感想も抱いてしまいます。初見時には舟に川下りさせて断崖の上からロープで現金入りジェラルミンバッグを引き上げる手口や高速道路の高架を利用して警察の追っ手から逃れる手口などに舌を巻いたのですが、今見ると舟で川下りを指示された時点で群馬県警を総動員して舟の動きを追えば川沿いの道路に駐車したバイクなどすぐに発見されるような気がしますし、高速道路のトラックから現金をバイクにくくりつける時間があまりにノンビリしていて、しかもジェラルミンバッグなんか積んでいたらめちゃくちゃ目立ってしまうじゃないかと心配になります。

冒頭の夕張駅で山本圭が煙草の吸殻を捨てるのもその時点で証拠を残してどうするんだと気になりますし、高倉健は工作機械工場の社長と身バレしているにも関わらず顔写真ひとつ手に入れられないのはやや無理があります。爆弾の解除方法を書いた図面が喫茶店の火事で焼失してしまう展開は試写会でも失笑がもれたというほどやり過ぎ感がありますし、山本圭にしても高倉健にしても何の抵抗もせずに逃げているだけの犯人を日本の警察がいきなり発砲するのはあまりにリアリティを欠いていて、犯人たちに余計な同情を感じさせます。まあ羽田空港の光の中で健さんが撃たれてモノクロームのスローモーション画面で倒れる映像はあまりにカッコよく、このラストショットはそれまでの日本映画では絶対に見ることができないアクション映画的センスが感じられましたから、佐藤純彌としてはこれが撮りたくて2時間半の大長編にしたのかなあなんて勘繰ってしまいますね。

脚本上のディテールのまずさが目に付いたほかにも、撮影と音楽がいかにも2時間ドラマ風に思えてしまって、逆にいえば本作の作り方が昭和50年代以降大流行するTVの2時間ドラマの製作現場に大いに影響を与えたということなのかもしれません。キャメラマンの飯村雅彦は昭和38年の『五番町夕霧楼』で撮影をやった人で、本作以降では『二百三高地』なんかでもキャメラを回しています。音楽は青山八郎という人で、本作の直前の仕事は石井輝男監督の『大脱獄』でした。やたらパンしたりズームしたりするキャメラと追跡シーンでかかるギターとベースのリフが効いた音楽などは、現在的にはちょっと安っぽく感じられ、興覚めの一因になっていました。

実際に新幹線が爆破されるわけではないので、ミニチュアモデルを使った特撮は爆破を想像するショットや上下線を使ったすれ違いショットに使われるのみでしたけど、国鉄の協力を得られなかった中では隠し撮りも含めて新幹線の移動ショットが最大限に映像的ダイナミズムを醸し出していました。俳優陣も犯人側の高倉健、山本圭が情緒たっぷりに「負け組」人生を表現していましたし、警察側の鈴木瑞穂やその他大勢が演じる刑事たちも逮捕失敗の醜態よりも捜査の難しさを感じさせてそこそこサスペンス的シチュエーションを盛り上げていました。そんな中で宇津井健の鬱陶しさがやや鼻につくところがあって、かなりオーバーアクトなうえにキャラクター設定が過剰なまでの正義漢ぶりでシラケてしまいましたね。運転士が熱血漢的な千葉真一なので、運転指令官のほうは『サブウェイ・パニック』のウォルター・マッソーのようなちょっとゆとりを感じさせる俳優のほうがよかったかもしれません。(V022624)

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