アラビアのロレンス(1962年)

T・E・ローレンスの半生を壮大なスケールで描く映画史に残る一大叙事詩です

《大船シネマおススメ映画 おススメ度★★》

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、デヴィッド・リーン監督の『アラビアのロレンス』です。トーマス・エドワード・ロレンスは実在したイギリス陸軍の軍人で、アラブ諸国の独立に寄与したとも、中東戦争のきっかけを作ったともいわれる毀誉褒貶の多い人物です。ロレンス自身が私家版として出版した「知恵の七柱」を原作として厳しい砂漠の自然を背景に壮大なスケールでアラビア半島史を描いた映画は世界中で大ヒットを記録しました。1962年度の全世界興行収入では『007ドクター・ノオ』や『史上最大の作戦』に圧倒的差をつけてトップになっていますし、アカデミー賞でも作品賞・監督賞など7部門を獲得しました。

【ご覧になる前に】映画初主演のピーター・オトゥールは撮影時三十歳でした

イギリスの田舎道をバイクで疾走する男は自転車をよけようとして転倒し事故死します。大きな教会で行われた葬儀に参列した人たちは新聞記者の取材に対して「偉大な男だった」「卑劣な奴だった」と様々な感想をもらします。イギリス陸軍少尉だった若き日のローレンスはカイロの作戦本部に呼ばれるとアラブ局勤務を命じられ、ハシム族首長のファイサル王子に面会する任務につきます。砂漠の中をベドウィン族のガイドの案内でロレンスはラグダに乗って移動しますが、井戸の水を飲んでいると遥かかなたから現れたハリト族アリがベドウィンを一発で撃ち殺してしまいます。ファイサルのところへ案内してやるというアリを無視して、ロレンスはコンパスを頼りに単独で砂漠の旅を続けるのですが…。

T・E・ロレンスはオックスフォード大学で歴史を学んだ学者でしたが、アラビア語に堪能なことからイギリス陸軍情報部の将校となり、長年オスマントルコの支配下にあったアラブ民族たちに独立を呼びかけ、第一次大戦の最中、先頭に立ってオスマントルコとの戦いを指導しました。大戦終了時には中尉から大佐へと出世を果たしたロレンスでしたが、支援したハシム家は部族間闘争に末、サウード家に破れてしまい、またオスマントルコと戦うアラブを支援していたイギリスは、一方ではユダヤ人によるイスラエル建国の後ろ盾にもなっていて、アラビア半島はオスマントルコの支配から逃れたものの、すぐにイギリスとフランスが委任統治することになりました。そしてアラブとユダヤによる民族紛争が中東戦争へと発展していき、イギリスもフランスもアラビアの統治をあきらめ、完全撤退してしまいます。ロレンスは直接的ではないにしても、間接的にパレスチナとイスラエルの紛争を引き起こすきっかけを作ったことになり、そういう点でその人物評が毀誉褒貶相半ばすることになっているんでしょう。

そんなイギリス近代史に名を残すロレンスの半生を映画にしようとしたのがプロデューサーのサム・スピーゲル。スピーゲルはユダヤ人で、イスラエルのエルサレムにある映画学校は彼の名を冠するほど自国では有名な映画人のようです。ナチスの台頭を避けてアメリカに渡り、1950年代には『アフリカの女王』や『波止場』などを製作したスピーゲルは、1957年に『戦場にかける橋』をコロムビア映画配給、デヴィッド・リーン監督で世に送り出します。『戦場にかける橋』は大成功をおさめ、サム・スピーゲルは作品賞、デヴィッド・リーンは監督賞を獲得して高い評価を得ました。サム・スピーゲルとデヴィッド・リーンのコンビは、タッグを継続して本作の製作に取りかかることになりました。

デヴィッド・リーンはラフマニノフの音楽を使った『逢びき』やキャサリン・ヘプバーン主演の『旅情』などロマンスものを得意としていましたが、『戦場にかける橋』以降はスケールの大きな大型作品を長期間かけて丁寧に作る作家に変化していきます。本作もデヴィッド・リーン自らヨルダンやスペインでロケハンを行い撮影場所を吟味してから撮影に入っていますし、ウィリアム・ワイラー監督から『ベン・ハー』のような大作を製作するなら第二班を編成して同時並行で撮影を進めた方が効率的だと助言をもらったにもかかわらず、すべての場面を自分で仕切らなければ気が済まなかったそうです。あまりに撮影が長期間にわたるのでサム・スピーゲルとの関係が険悪になることもあったとか。まあサム・スピーゲルにしてみれば、アラブの国でロケーション撮影するとなるとユダヤ人の自分が入国できない可能性もあったわけなので怒るのも仕方ないところだったでしょう。

脚本を書いたロバート・ボルトはイギリスの舞台専門の劇作家だった人で「花咲くチェリー」という舞台劇で一躍イギリスの演劇界で注目を浴びた時期でした。映画のシナリオは本作がはじめてなのですが、実は共同脚本にマイケル・ウィルソンが参加していて、『陽のあたる場所』などで実績のあったマイケル・ウィルソンが映画的なシナリオ手法を担っていたのではないかと思われます。マイケル・ウィルソンは赤狩りでブラックリストに入れられてしまい、本作公開時にはクレジットに加えられることは許されませんでした。後年名誉が回復されて本作のレストア版ではきちんとクレジットされていますし、『戦場にかける橋』でのオスカー受賞も認められることになりました。

ピーター・オトゥールは本作が映画初主演作で、タイトルバックでもアレック・ギネスら有名俳優の並べられた後に「Introducing」の特別扱いでクレジットされています。二十三歳のときに舞台俳優としてデビューしてシェイクスピア劇中心に活動していましたが、1960年に端役として出演した映画がデヴィッド・リーンの目に留まってロレンス役に抜擢されました。サム・スピーゲルは『波止場』で起用したマーロン・ブランドにぞっこんで最初はブランドをロレンス役に起用しようとしたのですが長期間砂漠で撮影しなければならないのはイヤだと断られてしまいました。次に候補になったのがピーター・オトゥールと演劇学校で同級生だったアルバート・フィニーでしたが、サム・スピーゲルが提示した7年間にわたる包括出演契約にサインすることを拒否しました。つまりピーター・オトゥールはその条件で本作の主役を勝ち取ったわけで、『将軍たちの夜』などのサム・スピーゲル製作作品に出演したのもこのとき契約した縛りがあったからだそうです。

キャメラマンのフレディ・ヤングはイギリスを代表する撮影監督のひとりで、アメリカからイギリスに戻ったヴィヴィアン・リーが主演した『シーザーとクレオパトラ』やキング・ヴィダー監督の『ソロモンとシバの女王』など史劇の大作を手がけてきました。本作の撮影にあたっては、オマー・シャリフが砂漠の遥か向こうから幻のように浮かび上がってくる超望遠ショットを撮影するためにパナビジョンに特別な482mmレンズを作らせたんだとか。そのレンズは現在でも「デヴィッド・リーン・レンズ」としてパナビジョン社に保管されているそうで、なんとこのワンショットで使用された後は一度も使われていないとのことです。

そして音楽はモーリス・ジャール。まさにアラビア半島というか中東を思わせる雄大な交響曲は圧倒的迫力ですが、当初は東洋的な雰囲気を重視してロシアの音楽家ハチャトリアンに作曲を依頼していました。しかしなかなかイメージに合わず、リチャード・ロジャーズあたりもダメとなって、モーリス・ジャールにお鉢が回ってくることになりました。モーリス・ジャールは同じ1962年に『史上最大の作戦』と『シベールの日曜日』の音楽も書いていまして、製作期間が長期にわたった本作とどちらが先かはわかりませんが、映画史に残る作品を短期間で担当していたことになります。

【ご覧になった後で】虚無的な後半も含め映画でしか表現できない世界でした

いかがでしたか?本作を見ると映画でしか味わえない世界があるんだなとあらためて再認識させられます。スクリーンいっぱいに広がる圧倒的映像、独特なモチーフが繰り返される音楽、単線的な単調さではなく複雑に絡み合ったストーリー、俳優の演技など感じさせないほどの登場人物たち。そしてその世界に3時間50分身を浸すことによって得られる昂揚感と虚脱感。これはもう映画を見るという行為でしか体感できない世界ですよね。現実のことは何もかも忘れてここまで没頭できる芸術というか娯楽ってほかにあるんでしょうか、と問いたくなるほど映画の中の映画ともいえる作品でした。

中でもやっぱり自然をそのままの形でとらえた砂漠の映像が圧巻でした。デヴィッド・リーンは本作を作るにあたってジョン・フォード監督の『捜索者』の映像を徹底的に研究したそうで、確かにウィントン・C・ホックによる西部のモニュメントバレーの映像と乾いた砂漠を雄大に映した本作とはどこかしら似た雰囲気があったように思われます。フレディ・ヤングのキャメラが特に素晴らしかったのは超ロングショットの使い方で、砂漠の中に豆粒というか米粒ほどしかない人物を配しているのに、その米粒がきちんと生きている人として存在感とか意思とかが伝わってくるのです。映画で何か意図を表現するのにはクローズアップを使えば簡単ですけど、ロングショットでもそれは可能で、しかも自然の中の人間という対比がより切実に人間の小ささやその中であがくことの苦しさのようなことを本作は雄弁に語っているように感じます。

印象的な映像はたくさんあり過ぎるのですが、マッチの火が広大な日の出に変わるところから始まって、砂漠の地表が幾重にも重なるように見えるショット、オマー・シャリフが初登場する長回しショット、ガシムを救ったロレンスに向ってラクダで走るダウドをとらえた移動ショット、部隊が突入して右にパンすると真っ青な海が大砲の向こうに見えてくるアカバのショット、ファラージとともに扉を開けると大型船が浮かぶ運河に出るところ、脱線させた列車に向って一斉に下っていくロレンスたち、ダマスカスの民族会議の円卓、ロレンスを乗せたジープを猛スピードでバイクが追い越すラストショット…。もうたくさんあり過ぎてキリがないですね。

そしてやっぱり本作にはモーリス・ジャールの音楽は切り離せないほどぴったり張り付いているくらいに映像とマッチしています。オーバーチュアもじっくりと聴かせるのですが、このような複雑なスコアをかけるモーリス・ジャールは天賦の才能があるとしか言いようがありません。『ドクトル・ジバゴ』や『ライアンの娘』のような哀愁漂うやさしい旋律も良いですけど、『アラビアのロレンス』のようなオーケストレーションを生かした力強い交響曲は映画音楽だけにしておくのはもったいないほどで、世界のオーケストラがこの曲をコンサートで取り上げないのが不思議なくらいです。

ピーター・オトゥールは、映画初主演だからこそ何の色もついていない俳優が独自のロレンス像をあらたに構築できたという幸運があったかもしれません。ロレンスがアリから贈られたアラビア装束をはじめて纏うところは、デヴィッド・リーンの指示でピーター・オトゥールが即興で演じたらしいですが、短刀に自分の姿を映したり、両手を広げて走り回ったりするのが、実に愉悦に溢れた気分を出していましたよね。その正反対にダウドやファラージを失い哀しみに沈むところや、ホセ・フェラーの将軍に凌辱されて屈辱とともに快感に浸るところも、複雑なロレンス像を巧みに表現していました。

本作は登場人物全員が歴史上の人物に見えてきてしまうのが素晴らしいところで、アンソニー・クエイルの大佐やアレック・ギネスの王子、ジャック・ホーキンスの将軍、アーサー・ケネディの新聞記者など全員が全員とも適役でした。中でもアラブの部族を演じるオマー・シャリフとアンソニー・クインは地のままじゃないかと思うほどアラブ民族になり切っていて、この二人がいなければここまでリアリティが出なかったようにも思われました。

製作サム・スピーゲル、監督デヴィッド・リーン、脚本ロバート・ボルト、撮影フレディ・ヤング、音楽モーリス・ジャールの五人は、本作のあと『ドクトル・ジバゴ』と『ライアンの娘』を作ることになります。やっぱりこの『アラビアのロレンス』は映画を見る側だけでなく、作る側にも強烈なインパクトを残すことになったんでしょうね。同じチームでもう一度仕事をしたい!という気持ちはわかるような気もします。もちろん『ドクトル・ジバゴ』も『ライアンの娘』もともにスケールの大きな素晴らしい作品ですが、やっぱりこの『アラビアのロレンス』が一頭地抜けていることは間違いないでしょう。(T062923)

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