顔(昭和32年)

松本清張原作の初映画化作品で女性に変更された犯人を岡田茉莉子が演じます

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、大曽根辰夫監督の『顔』です。原作は昭和31年に発表された松本清張の短編集の中の一篇で、原作では俳優志望の男性が主人公でしたが、映画化にあたっては東宝から松竹への移籍が決まっていた岡田茉莉子を主演させるため女性に変更されました。松本清張はこの作品で日本探偵作家クラブ賞を受賞して社会派推理小説の第一人者になっていきますが、その松本清張の小説が映画化されたのは本作が初めてでしたので、松本清張ファンにとっても記念すべき作品といえるでしょう。

【ご覧になる前に】本作と一緒に映画化権を買われたのが「張込み」でした

東海道線沼津駅を通過する急行電車からひとりの男がホームに降りてきました。男は通過待ちをしていた普通電車に乗り換えると客席にいた女をつかまえて洗面所で逃げたことをなじります。男は無理矢理女を電車から降ろそうとしますが、女は扉から男を突き落としてしまいました。女はそのやりとりを石岡という乗客に見られていたことには気づきません。突き落とされて重体となった男が運ばれた病院で、長谷川刑事は指名手配されている堕胎医の飯島であることを確認しますが、飯島の命は助かりませんでした。警察では事故だと判断しますが、飯島あてに供花が届けられたのを知った長谷川刑事は他殺の線があると本庁の刑事部長に訴えるのでした…。

松本清張は昭和28年に「或る小倉日記伝」で芥川賞を受賞したことをきっかけに上京して作家活動に入りました。昭和30年に発表した「張込み」から推理小説を書き始めて、本作の元になった短編「顔」はその翌年に短編集に収録された作品でした。当時の映画会社は脚本家にオリジナル脚本を書かせると同時に、脚本の元ネタとなる小説を常に物色していましたから、芥川賞をとった松本清張の作品にも目を走らせていたのでしょう。「張込み」と「顔」の映画化権を獲得したのは松竹で、本作に続いて映画化された野村芳太郎監督の『張込み』は清張ブームを巻き起こすきっかけにもなりました。結果的に松竹には原作を見抜く目利き力があったということですね。

松本清張の原作では主人公の犯人は俳優を目指す男性で、人気俳優になってから目撃者がその顔を思い出すという展開になっているそうです。その主人公を松竹は女性に変更することにしました。というのも東宝にいた岡田茉莉子がフリーになることが決まっていて、松竹はその岡田茉莉子と専属契約を結ぼうとしていましたので、本作では東宝から借りる形で岡田を主人公にする必要があったのでした。

その脚色をしたのは井手雅人と瀬川昌治の二人。井手雅人は後に黒澤明監督の『赤ひげ』『影武者』『乱』で共同脚本を書くことになる人ですが、本作製作時は新東宝からスタートして松竹や日活、東映の脚本をこなしていた時期でした。瀬川昌治は東映から松竹に移った監督さんですが脚本も書けるので、自らの監督作品はもちろん多くの喜劇作品に脚本を提供しています。なので主人公を男性から女性に変更するなんてのは朝飯前だったんでしょう。「顔」はこの映画以降もTVで繰り返しドラマ化されていますが、主人公の犯人が男性だったり女性だったりいろんなパターンがあるようで、その原点を作ったのが井手雅人と瀬川昌治だったといえるでしょう。

そのほか沼津署の刑事役には笠智衆、本庁刑事部長役に松本克平、主人公に肩入れする飲み屋の女将役に千石規子、ファッションショーのスポンサー役に小沢栄(小沢栄太郎)、元カメラマン役に細川俊夫、プロ野球のスカウトに十朱久雄など、芸達者な俳優たちが脇を固めています。

【ご覧になった後で】タイトル通りに顔のクローズアップの多い映画でした

いかがでしたか?岡田茉莉子がファムファタールを演じるというのが最大の話題性だったんでしょうし、それを強調する意図もあったとは思いますが、それにしても岡田茉莉子をクローズアップで映したショットがなんと多い映画でしょうか。これでもかというくらい岡田茉莉子の美しい顔がスタンダードサイズの画面いっぱいに映し出されて、顔だけでは物足りないというように両目をピントが合わないくらいに接写してスクリーンが岡田茉莉子で占領されるくらいの勢いでした。

松竹としてはそれくらい岡田茉莉子の移籍を歓迎するという意味合いもあったのでしょう。大曽根辰夫という監督は松竹下加茂撮影所時代から松竹オンリーの人でしたので、会社の指示には何でも従う人だったと思われ、とにかく岡田茉莉子をきれいに撮ることに没頭しているようでした。松竹では『忠臣蔵 花の巻 雪の巻』を監督しているのが代表作らしいのですが、岡田茉莉子にキャメラが寄っていって渦巻きのアニメーションがオーバーラップするなんていう超古典的な心理描写を臭くならないように使っていましたので、オーソドックスなスタイルを得意とする監督だったようです。

岡田茉莉子がファッションモデルとして成功するという設定ですので、アパレル業界の雄であったレナウンが衣裳協力していて、当時のファッショントレンドの最先端を見せてくれているのも興味深いところでした。岡田茉莉子が表紙になる雑誌の「装苑」は、文化服装学院が出版していて、当時では最大部数を誇るファッション誌でした。本作公開の前年には「装苑賞」が設立されて、ここからコシノジュンコ、高田賢三、山本寛斎など日本を代表するデザイナーが生み出されていくことになりますので、岡田茉莉子演じるヒロインが「装苑」の表紙を飾るというのはトップモデルになったことの証でもあったのです。

それにしても笠智衆は出てくるだけで犯罪映画を小津調に変えてしまう俳優なんだなあとあらためて見直してしまいました。その意味で本作に独特なムードを加味しているのが笠智衆の長谷川刑事でありまして、この朴訥とした刑事の働きがなければ岡田茉莉子も捕まることはなかったでしょう、一方で目撃者役をやる大木実は翌年の『張込み』で宮口精二と行動を共にする刑事を演じることになるのですが、どう見ても凡庸で煮ても焼いても食えない俳優のひとりではないでしょうかね。結局松竹では大した活躍もできずに東映に移りやくざ映画の脇役でなんとか生き長らえる俳優人生を歩むことになりました。

あと特筆すべきは岡田茉莉子に追い落とされるモデルを演じた宮城千賀子。宝塚歌劇団所属時には東風うらゝと名乗っていたそうで、昭和15年に宝塚を退団して日活で稲垣浩が作った『宮本武蔵』でお通を演じて映画界に入りました。それほど有名な映画には出ていないようですが、本作でも見られるようにスタイルも容姿も抜群の女優さんだったことは間違いなく、岡田茉莉子なんて吹っ飛ぶくらいにトップモデル役が似合っていましたね。映画は撮り方によって身長やスタイルを誤魔化すことができてしまうのですが、この人を見るとやっぱり本物は本物通りに映るんだなということを実感してしまいますね。(A123122)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました