裸の島(昭和35年)

登場人物5名のみ、セリフなし。でも最後には絶対に涙が出てしまう名作

《大船シネマおススメ映画 おススメ度★》

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、新藤兼人監督の『裸の島』。近代映画協会という独立プロダクションが製作・配給した作品です。大手映画会社のしがらみから抜け出して、自由に映画を作りたい。そんな大志を抱いて、松竹を退社した新藤兼人が中心になって設立した近代映画協会ですが、設立十年で製作資金が底を尽きてしまいます。解散することになり、最後の作品としてこの『裸の島』が作られることになりました。ところが、翌年のモスクワ国際映画祭で上映されると、世界各国から注目を浴びることになり、協会の累積赤字を解消してしまったそうです。よかったですね、ほんとに。

【ご覧になる前に】不利な条件を特徴にしてしまった新藤兼人の代表作

瀬戸内海の孤島に、夫婦と兄弟の四人家族が住んでいます。孤島には森もなく井戸もないので、夫婦は毎朝早く、隣島まで小舟を漕いで水を汲みにいかなければなりません。水を汲んだあとで、母は兄を学校に通わせるため再び隣島へ。荒れた島の斜面で野菜を育てる夫婦は、同じ毎日を繰り返すのですが…。

お金がないから役者も雇えない。だから登場人物もこの家族四人とあと後半に出てくるもうひとりだけ。そして、たぶんアフレコの手間を省くためでしょう。1時間35分の上映時間のあいだにまともなセリフはひとつもありません(名前を呼ぶとか泣き叫ぶとかはありますが)。それが、本当にすごい。こんな映画、ほかではちょっと見たことありません。

新藤兼人は、脚本家としてめちゃくちゃたくさんのシナリオを書いています。吉村公三郎監督の『安城家の舞踏會』や木下恵介監督の『お嬢さん乾杯!』などの名作も新藤兼人の脚本。だから、本格ドラマからコメディ、アクションまで幅広く書けるシナリオライターなんですよね。でも監督作品としては、これだという映画があまり思い浮かばない感じがします。キネマ旬報ベストテンで年間第一位をとった『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』くらいですか。でもドキュメンタリーだし。そんなわけで、新藤兼人の代表作といえば、この『裸の島』しかないと思います。

【ご覧になった後で】引いた画面と哀愁のメロディが頭から離れません

いかがでしたか?この映画の中で、唯一エモーショナルなのが、乙羽信子の慟哭シーンでしたね。それまで、毎日同じことが繰り返される日常を、淡々と、丹念に、単調に、端的に描いていたのが、ふとした瞬間に破裂してしまう。そして、その瞬間の残酷さ。アルフレッド・ヒッチコックがイギリス時代に作った『サボタージュ』という作品で子どもを爆破事件の犠牲に殺してしまったことがあって、「あれはわたしの大きなあやまりだった」とトリュフォーのインタビューに対して反省の弁を述べています。新藤兼人はそんなヒッチコックの教えなど無視して、何の罪もない長男を熱病で殺してしまいます。なんて残酷な脚本家なんでしょうか。でも、わたしたち観客は、乙羽信子が耐えて耐えて、でも乾いた土の上に突っ伏して慟哭するのを、涙なしでは見ていられないのです。

この映画には、あまりクローズアップショットが使われていません。ほとんどすべてがロングショットか、フルショット。乙羽信子が小舟を漕ぐショットを思い出してください。たぶんいつでも全身が映っていたのではないでしょうか。新藤兼人は、この映画の登場人物を突き放したまま描いています。だから観客は感情移入しにくく、客観的にこの家族を眺めてしまう仕掛けです。それでもキャメラが被写体に近づくのが、長男の病気の場面。あの子だけは死なせたくない。5人目の登場人物たる医者が、孤島にあと少し早く着いても、長男は助からなかったかもしれません。それが運命というか天命というか。そんな、いかんともしがたい、自然の流れに逆らえない無常感が『裸の島』には流れています。

映画を見た後で、いつまでも耳の残って離れないのが、あの女性スキャットによるメロディです。なんの前触れもなく、脳裏にあのメロディが流れてくると、のほほんとした普通の暮らしに、いきなり薄暗い雲がかかったような気分になります。作曲したのは林光。NHKの大河ドラマのクレジットでよくその名前が出てきていました。そして、あのメロディが思い出せなくなると、ついYouTubeで『裸の島』と検索してしまうのです。みなさんもぜひ、あのメロディが脳裏から離れないようにしていただきたいと切に願うものであります。(A053121)

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