日本映画

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ひろしま(昭和28年)

GHQによる占領が終了してすぐに広島の実態を映画にして伝えようという動きが起こり、この映画が製作されたのですが、一部の描写が反米的と捉えられて一般のルートでは公開されないままになってしまいました。しかし近年になって再評価され、やっとTVで放映されるようになったのでした。
昭和二十年以前

お絹と番頭(昭和15年)

本作は互いに好き合っている相思相愛のお嬢様と番頭が、いつもケンカばかりしていてなかなか思いを伝えられないうちに、他家を巻き込んでの結婚騒動に発展するラブコメになっています。戦前の日本でこんな楽しいラブコメ傑作が公開されていたのには驚いてしまいます。
昭和二十年以前

恋も忘れて(昭和12年)

清水宏監督は前年に『有りがたうさん』、本作を公開したあとに年末には『風の中の子供』を製作していて、自然の中でのロケーション撮影を行った二作と比べると、この『恋も忘れて』は松竹蒲田時代のサイレント作品『港の日本娘』に近いテイストに仕上がっています。
日本映画

妻は告白する(昭和36年)

原作はタレント弁護士として有名だった円山雅也という人が書いた「遭難・ある夫婦の場合」という小説で、夫婦とその夫婦の家に出入りをしている若い男との三角関係の中で起きた事件が裁かれる法廷ものとして映画化されました。
昭和二十年代

三十三間堂 通し矢物語(昭和20年)

本作は昭和20年6月公開でなんと太平洋戦争終戦の2ヶ月前に映画館で上映されました。東宝で製作されて東宝専属だった成瀬巳喜男が監督しているのですが、撮影は松竹の京都撮影所で行われ、俳優も松竹の田中絹代と松竹から東宝に移籍して騒動を引き起こした長谷川一夫の二人が主演しています。
昭和二十年以前

土俵祭(昭和19年)

原作は鈴木彦次郎という人が書いた小説で、それを脚色したのが黒澤明です。黒澤は前年の昭和18年に『姿三四郎』で映画監督としてデビューしたばかり。脚本家黒澤明としては『姿三四郎』に続き四作目で、親方の娘との恋愛やライバル力士との勝負を実際の相撲の取組を織り交ぜて描いています。
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八つ墓村(昭和52年)

公開当時のTVコマーシャルでは、頭に懐中電灯を巻き付けて走って来る山崎努の映像と濃茶の尼の「祟りじゃー!」というセリフが使用されて、それが流行語になるくらい、松竹にしては珍しく宣伝に力を入れた作品でもありました。
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都会の横顔(昭和28年)

ルイ・マル監督の『地下鉄のザジ』ってこの映画のリメイクなんではないかと思ってしまうほどで、ストーリーはないけど銀座の街と人を点描していく手法は昭和28年において清水宏が実現していたのでした。再発見されるべき作品のひとつではないでしょうか。
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アルプスの若大将(昭和41年)

ーロッパロケを行っていることに加えて、国内でも苗場スキー場で撮影したり、スキー競技もヘリコプターによる空撮を行ったりして、非常にゴージャスな感じが加わっています。たぶん製作費もそれまでのシリーズ作より多く投下されたんだと思います。
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銀座化粧(昭和26年)

アメリカ巡業から帰ってバッシングを浴びていた時期の田中絹代が銀座の夜の街で働く主人公を演じています。女性を描くことを得意としていた成瀬巳喜男にぴったりの素材で、戦争の惨禍から復興したばかりの銀座が映像として残されているのも見どころになっています。
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