アメリカの影(1959年)

オールロケと即興演出ジョンによるジョン・カサヴェテスの監督デビュー作

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・カサヴェテス監督の『アメリカの影』です。俳優出身のジョン・カサヴェテスがニューヨークの街中で16mmキャメラによるオールロケーション撮影を行い完成させた作品で、台本もなく即興演出で作られたことからアメリカ映画で最初のインデペンデント映画とも呼ばれています。35mmにブローアップして公開されたものの観客の反応が悪く、ジョン・カサヴェテスが映画の半分を取り直して完成させたそうです。

【ご覧になる前に】音楽はチャールズ・ミンガスのベースが使われています

若者たちが踊り狂うマンハッタンのクラブからサングラスをかけて出てきたベニーは、仲間のトム・デニスとともに大通りの向こうにあるダイナーに入ると、三人の女に声をかけ親密に語り合います。ベニーの兄で歌手のヒューは踊り子を紹介する司会の仕事を渋々受けてフィラデルフィアに旅立ちました。妹レリアや文筆家デヴィッドと一緒にカフェで時間をつぶしていたベニーたち三人組は、美術館に出かけると彫刻の女性像に文句をつけるのでした…。

ギリシャ移民の両親をもつジョン・カサヴェテスは映画俳優としてデビューすると1956年にドン・シーゲル監督の『暴力の季節』に出演して注目を集めます。ロバート・アルドリッチ監督の『特攻大作戦』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたほか、ロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』では悪魔に取り込まれる夫役を演じるなど脇役として活躍を続けましたが、こうした俳優としての仕事は自ら映画を製作・監督するための資金集めのためだったと言われています。

ジョン・カサヴェテスは俳優業を始めた頃から演劇のワークショップに取り組んでいて、あるセッションで行った即興劇の中に映画化のアイディアを見つけました。ワークショップでそのプロットを練り上げたカサヴェテスは参加していた演劇志望の生徒たちをキャストに起用し、クラスメイトやボランティアで構成されたスタッフによって本作が製作されることになったのです。

当時製作資金の当てもないカサヴェテスは1957年にマンハッタンのラジオ番組に出演した際、パーソナリティのジーン・シェパードの協力を得てラジオリスナーから1-2ドルずつカンパを募ったのですが、驚いたことにラジオ局に数千ドルの現金が寄せられたのでした。映画監督のウィリアム・ワイラーやジョシュア・ローガンからも資金提供を受けたカサヴェテスは、製作費4万ドル・撮影期間42日という制限の中で本作を完成させることができました。

台本はなく俳優たちは即興で与えられた役を演じ、美術セットなどの用意もないオールロケーション撮影で16mmキャメラに映像が収められました。同時録音で採られた音はフィルムと同期していないテープ録りでしかも近くの騒音が入っていたりしたので、読唇術で書き起こしたセリフを俳優が再現するアフレコが行われたそうです。

また音楽もジャズベーシストのチャールズ・ミンガスによる即興音楽が使われていて、ニューヨークの乾いた空気感が表現されています。このようにして後に映画俳優として成功するジョン・カサヴェテスはそのキャリアの初期に映画監督としてデビューを果たし、アメリカ映画で最も早くインデペンデント映画を成功させたと言われるような作品を残したのでした。

【ご覧になった後で】ヌーヴェル・ヴァーグ以前という価値はあるものの…

いかがでしたか?本作の製作年度は1959年とされていますが、ジョン・カサヴェテスが撮影を開始したのは1957年のようで、最初のバージョンを撮り直して完成させたということからすると、少なくともジャン・リュック・ゴダールは『勝手にしやがれ』を作った1960年より数年早く世に出た映画であると言えます。すなわちきちんとした台本もなく撮影現場で監督と俳優たちによって登場人物たちが即興的に造形されていき、そのエピソードがつなげられることで映画にある兄弟たちのドラマが浮かび上がってくるという映画の作り方をヌーヴェル・ヴァーグよりも先に実践していたことになるわけです。これは映画史においては非常に重要なことだと思われますし、もしかしたらゴダールのほうで本作を参考にして『勝手にしやがれ』に転用していったのではないかとも考えられます。推測にしか過ぎませんけど。

その点で非常に価値のある映画ではあるんですが、では見ていて面白いのかと言われれば全然そんなはなく、82分という短めの尺なのに上映時間が長く感じられてしまいました。というのも主人公三兄妹のキャラクターが観客にとってそれほどリアルに迫ってこないからで、三人の生活を支えている兄ヒューのドサ回りの売れない歌手稼業であんな広いアパートに住めるのかと心配になってしまいますし、友人を集めたパーティなんか開けるのも不思議に感じられてしまいます。

それでもまだMCまでやらされるヒューの立場はマネジャーとの関係も含めて面白く描くことができていましたが、弟ベニーは一体何をどうしたいのかがよく理解できませんでした。いつもつるんでいるトム・デニスの二人も特に友人として魅力のあるキャラではないですし、ちょっかいを出して男たちと喧嘩になるところも映画の中での盛り上がりにつながっていません。また実質的な主人公である妹レリアはたぶんナイーヴで未成熟な女性という位置づけなのだとは思いますが、パーティで初対面のトニーにいきなりキスをしたりその晩にすぐ寝てしまったりデートに行く前に長々と相手を待たせたりという行動がなんだかバラバラ過ぎてしまい、観客としては親近感をもつことができません。別に一貫性は必要ありませんし相手や場面ごとに違う人格になるなんてのも当たり前ですからバラバラでも良いのですが、見ていて違和感を抱かずにはいられませんでした。

キャメラは16mmなのにきちんと三脚を使用しているようで比較的カチッとした画角が使われていましたし、大胆な移動ショットも少なくて、映像的には実験性を感じるところはなかったですし、カッティングにも特徴は見られません。その意味では演劇のワークショップから発想を得たというジョン・カサヴェテスは、映像よりも台本なしとか俳優による即興演技とかいう面を重視していたのかもしれません。チャールズ・ミンガスのベースは非常に映像にマッチしていたので、映像にもひと工夫加えてもらいたかったなという印象でした。

たぶんジョン・カサヴェテスが一番撮りたかったのは、レリアに会いに来たトニーが兄ヒューを見て急に帰ると言い出すシーンだったんでしょう。トニーのセリフはないのですが「ゲ、こいつ黒人だったのかよ」という心の声が画面に書いてあるかのように観客に伝わってきたのが本作の一番の見どころでした。レリアはいわゆる「Light Skinned Black」で、トニーはパーティで出会ったレリアを白人女性として見ていたことが明らかになります。人種差別を扱った本作のテーマは非常に根深く、まさに「アメリカの影」ともいえるアメリカ社会の暗部でもあります。なにしろ白人と黒人の婚姻は法律的には1967年の「ラヴィングvsヴァージニア州裁判」で違憲判断が出るまで認められなかったのですから、本作でトニーが「やべぇ」と思ったのも無理のないことだったんでしょう。

そんなトニーを兄ヒューがアパートから追い出し、さらに再度訪問したトニーに二度と妹に近づくなと拒絶するところで本作の重いテーマがじわじわと浮かび上がってきます。そこを起点として本作を振り返ると、曖昧なキャラクターに見えたベニーとレリアの二人も根っこのところではこの人種問題という大きな壁に押しつぶされそうになり抗おうとしていたのかなと思い当たるのでした。たぶんレリアがデートに出かける黒人男性を2時間半も待たせるのはしょせん白人のトニーとは付き合えないのだという鬱憤をぶつけていただけだったのかもしれませんし、ダンスクラブで最後には二人が抱擁するのも黒人同士で生きていくしかないという諦めの象徴かもしれません。そんな重いテーマに後になって気づかされるのでしたが、できればそれをもっと映像的に表現して、映画を見ている観客のエモーションを動かしてほしかったなというのが正直な感想であります。(U100726)

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