バラキ(1972年)

現役マフィア構成員バラキの証言録を映画化したコーサ・ノストラ実録もの

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、テレンス・ヤング監督の『バラキ』です。ピーター・マーズが書いた「マフィア/恐怖の犯罪シンジケート」は原題を「The Valachi Papers」といい、現役マフィア構成員が証言した公聴会を題材にしたものでした。プロデューサーのディーノ・デ・ラウレンティスはいち早く原作の映画化権を手に入れたものの映画が完成するまで4年の歳月がかかったといわれています。劇場公開が『ゴッドファーザー』より後になったため、日本ではロードショーの再に「『ゴッドファーザー』は偉大な予告編に過ぎなかった」みたいなコピーで宣伝されました。

【ご覧になる前に】マフィアの妨害で撮影場所はイタリアに変更されました

刑務所に収監されたジョー・バラキが鉄球を拾うとかつてのマフィア仲間に睨みつけられ、シャワー中に殺されそうになったバラキは自ら独房入りを志願します。弁護士を通じて同じ刑務所に入っているかつてバラキのボスだったジェノベーゼと面会が叶いますが、「死の接吻」を受けたバラキはマフィアの道に入った昔を思い出します。窃盗で服役したバラキはトニー・ベンダー知り合い、出所すると仲間のギャップとともに運転手として殺しの仕事を手伝うのですが…。

1963年に上院議員マクレランによってマフィア構成員ジョセフ・バラキに対する公聴会が開かれました。アメリカ国内で活動するイタリア系マフィアの現役構成員が議会で証言する初めての機会で、秘密主義を保っていたマフィアの内実がTV中継を通じて人々の知るところとなりました。ニューヨークの五大ファミリーの存在やマフィアの組織構成、シチリア系マフィアを「コーサ・ノストラ」と呼ぶことなどが公にされ、『ゴッドファーザーPARTⅡ』でマイケル・コルネオーネが議会で証言するシークエンスはこの「バラキ公聴会」を参考に創作されたと言われています。

アメリカ司法省はバラキの証言内容を執筆するよう求め、結果的に1000ページを超える「The Real Thing」なる文書が作成されました。この文書の編集を任された作家ピーター・マーズはバラキのインタビューを行ったうえで1968年に「The Valachi Papers」という書物として出版されました。イタリア系アメリカ人による市民団体による出版差し止め運動が展開され、ジョンソン大統領まで巻き込んだ騒動になったそうですが、バラキ本人のものではなくピーター・マーズという第三者がまとめたものなら良いだろうという判断に落ち着いたらしいです。

この原作の映画化権を獲得したのがプロデューサーのディーノ・デ・ラウレンティス。カルロ・ポンティとともにイタリア映画界の独立系プロデューサーの大立者で、『道』や『カビリアの夜』でフェリーニ作品を世に送り出す一方で衰退期のハリウッドに進出してメジャースタジオとの共同製作体制で『天地創造』や『アンツィオ大作戦』などの大作を手がけていました。しかし1969年に本作の製作に取りかかろうとしたラウレンティスは正体不明の相手から企画を中止しろという脅しを受けることに。というのも当時はまだバラキもジェノベーゼも刑務所に収監中で、特にジェノベーゼは獄中から殺人の指示をだせる権力を持っていたそうなので慎重にならざるを得なかったようです。

1969年にジェノベーゼが、そして1971年4月にバラキが獄中死したことで本作の製作が進み出し、舞台となるニューヨークで撮影が開始されました。18日間が経過したところでディーノ・デ・ラウレンティスはマフィアからの妨害によって撮影を中止することになります。妨害したのはイタリア系アメリカ人公民権連盟を率いていたアンソニー・E・コロンボ。実はこの人の父親が『ゴッドファーザー』の製作中止を訴えたジョー・コロンボで、後にアルバート・S・ラディを支援したのですが、映画が完成する前に襲撃され植物人間状態になってしまいました。なので市民権連盟は息子のアンソニーが引き継ぐことになり、ジョー・コロンボのおかげでニューヨークで撮影できた『ゴッドファーザー』とは反対に『バラキ』は息子アンソニーによってニューヨークから退却しなければならなかったわけです。

イタリアでの撮影やシンシン刑務所で実際の受刑者をエキストラにした撮影を終えて本作が劇場公開されたのは1972年11月のこと。その年の3月に公開された『ゴッドファーザー』がメガヒットを飛ばしていましたので、企画自体は早かった『バラキ』はあきらかに『ゴッドファーザー』の後塵を拝していました。日本での配給でそれを逆手にとったのが日本ヘラルド映画で、「『ゴッドファーザー』は偉大な予告編に過ぎなかった」というコピーで派手な宣伝を打ち1973年国内配給収入で外国映画第4位にランクインする大ヒットを飛ばすことに成功しました。日本ヘラルド映画は名古屋の映画館を発祥とする映画配給会社で、ちなみに社長の古川勝巳は後に700万ドルを出資して黒澤明監督の『乱』を完成させることになります。

主演に起用されたチャールズ・ブロンソンは『さらば友よ』『雨の訪問者』『狼の挽歌』『レッド・サン』などヨーロッパで製作された作品で国際的スターになっていました。対するリノ・バンチュラは『現金に手を出すな』で売り出した以降フランス映画界の名バイプレーヤーとして活躍していて特に『冒険者たち』『シシリアン』でのアラン・ドロンとの共演が注目された時期。この二人のほかは4千人以上のオーディションで選ばれた無名の俳優たちが出演していますが、マランツァーノ役のジョセフ・ワイズマンは『007ドクター・ノオ』でノオ博士をやった人ですから、テレンス・ヤング監督とは10年ぶりの仕事になりました。

【ご覧になった後で】運転手から見たマフィア抗争はスケール感に欠けます

いかがでしたか?1972年の劇場公開前に予告編などでさかんに宣伝されていまして、なにしろ『ゴッドファーザー』を見逃していたのでこれは絶対見に行かなくちゃとワクワクしながらロードショー館に駆け付けた思い出の作品で、地方都市では珍しい一本立てでの上映でした。で、当時も確かそんな感想をもった記憶があるのですが、正直なところ安っぽいというかチマチマしているというか、マフィアの抗争ものとしてはスケール感に乏しくプロットも平板なので、大々的な宣伝に反して期待外れだった記憶が蘇ってきました。

テレンス・ヤング監督は細かくキャメラマンに指示だししないのかもしれませんが、なにしろキャメラがきちんとフィックスされておらず、中途半端に人物を追って微妙に動くので画面に緊張感がありませんし、たぶんビスタビジョンだと思われる横長の画角もうまく活用しきれず映像にキレが感じられません。カッティングもフルサイズからミディアムサイズくらいの絵を繰り返すだけで、クローズアップを挿入してショック効果を出したりということがないので、映像作品としてのユルさが気になってしまいました。

またバラキ回顧録を原作としているから当然なのですがバラキの視点で描かれていきますので、「ジョー・カーゴ」のあだ名の通り、しょせん下っ端運転手が見たマフィア抗争史に過ぎないわけです。例えばドンと呼ばれるジェノベーゼがどんな人物で五大ファミリーの中でどのような影響力をもっていたかなどのパワーバランスはあまり伝わってこないのも運転手の視点からしか見ていないからではないでしょうか。前半の最大のヤマ場であるマランツァーノ暗殺シーンも事前に屋敷に来るように指示されたバラキが同僚のギャップから中止を伝えられ、家宅捜索に来たニセ警官によるマランツァーノ刺殺は誰がどのように暗躍して仕組んだのかそのプロセスは描かれずに暗殺現場だけが出てきます。観客はバラキ同様に結果だけを目撃するだけで、そこに至るサスペンスだとかマフィア幹部がいかに暗殺計画を立てたとかを味わうことができません。バラキ視点でしか描写できない制約条件が、作品全体の「安っぽさ」につながったのかもしれませんね。

共同で書かれた脚本にはこれといったシナリオライターが参加しているわけではないのでピーター・マーズの原作をそのまま流用しているんでしょう。観客を引き込むシナリオ構成が弱く、映像で見せるようなキャメラワークやショットのキレがないとするとあとは俳優に頼るしかないのですが、バラキをやったチャールズ・ブロンソンがなぜか本作では凡庸な感じで、構成員として初めてマフィアの内実を告白するに至る苦悩や話してしまった後の後悔や元の仲間からの復讐への恐怖などのエモーションが伝わってこなかったのは残念でした。

もともと『さらば友よ』ではアラン・ドロンの相方という立ち位置でしたし『狼の挽歌』では寡黙なスナイパーという役どころで複雑な感情表現は不要だったんでしょうけど、本作では正真正銘の主役でありバラキの回顧そのものを描く映画ですのでチャールズ・ブロンソンの存在感や演技力に観客の目が当然ながら集中します。本作の中でブロンソンが演技らしい表現があったのは陰茎を切られたギャップから懇願されて銃を撃つ場面くらいで、リノ・バンチュラの仲介でジル・アイアランドに求婚する場面で焼き菓子に手を出すコミカルな演技などは本作の雰囲気に全くそぐわないもので滑稽な感じさえしてしまいました。

それに比べるとジェノベーゼ役のリノ・バンチュラは面構えも良く重量感があってマフィアのボスにふさわしい貫禄を見せていましたし、マランツァーノをやったジョセフ・ワイズマンは実務家マフィア的なキャラクターづくりに成功していたと思います。そのほかの登場人物はあえて無名の俳優を配役したらしく、トニー・ベンダーの金髪俳優やギャップのお人好しっぽい俳優などはそれなりにリアリティがあって違和感なく見られました。特にジェノベーゼ不在中にボスになるアナスタシアを演じたファウスト・トッツィはいかにも凶暴な顔をしていて印象に残っています。

そのアナスタシアも床屋で暗殺されるわけですが、ここでもテレンス・ヤングの演出は出来が悪く、バーバーチェアに座ったアナスタシアの顔に床屋が蒸しタオルをかけてしまうので、観客に印象付けられた凶悪な顔貌が観客には見えなくなります。なので従業員が逃げ出して無数の銃撃を浴びて殺されるという状況はわかりますけど、殺されたのがアナスタシアだったんだなというのはあとのセリフでやっと理解できます。本作が期待外れだったというのはこういうところでして、映画ははっきりとした映像で語ってもらわないと伝わりませんし、登場人物が多くなればなるほど誰が誰にという関係を明確に映像化してもらわないと話がつながりません。床屋の真っ白なフロアが真っ赤な血で染められるというイメージが鮮烈なだけに演出のまずさで台無しになっていました。

リズ・オルトラーニが作曲したテーマ曲は劇場公開時にラジオで繰り返し流された名曲で、今でもすぐに脳内再生できるほどです。でも本編ではほとんど聞くことはできず、さきほどの求婚シーンとあともう一か所くらいでかすかなBGM的に扱われただけだったのも意外でした。もう少し音楽をうまく使えば、チャールズ・ブロンソンの演技を補うくらいの効果が出たかもしれなかったですね。(U080626)

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