昭和二十年代

悲劇の将軍 山下奉文(昭和28年)

日本軍による真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争は、次第にアメリカ軍が攻勢を強め、敗戦とともにフィリピン防衛戦でも日本軍が降伏します。そのときに第14方面軍司令官だった山下奉文大将を主人公にしたのが本作です。
1940年代

東京ジョー(1949年)

太平洋戦争終結4年後の1949年にGHQの占領下にあった東京を舞台に、ハンフリー・ボガート演じる主人公が事業を起こそうとして旧日本軍の陰謀に巻き込まれるクライムサスペンス作品で、早川雪洲が黒幕となるバロン・キムラ役で堂々とした貫禄を見せます。
1950年代

戦場にかける橋(1957年)

原作はピエール・ブールが1952年に発表した小説で、プロデューサーのサム・スピーゲルが映画化権を獲得し、デヴィッド・リーンが監督することになりました。三つの国の将校たちによる戦争冒険アクション映画は、アカデミー賞作品賞をはじめ7部門で賞を独占しました。
外国映画

死刑台のエレベーター(1958年)

ルイ・マルは1956年にジャック・イヴ・クストーと『沈黙の世界』を共同監督していますが、単独での監督作品は本作が初めてで一般的には映画監督デビュー作とされています。音楽にマイルス・デイヴィスのジャズを使ったことでも有名です。
1940年代

第三の男(1949年)

グレアム・グリーンが自らの原作を脚色し、キャロル・リードが監督したサスペンス映画で、映画史上ベストテンでは必ず上位にランキングされる不世出の名作であり、映画史上の最高傑作のひとつです。
外国映画

ドクトル・ジバゴ(1965年)

デヴィッド・リーンの『アラビアのロレンス』に続く文芸大作で、1965年に公開されました。公開当初は批評家から酷評を浴び、興行収入も冴えませんでしたが、モーリス・ジャールの主題曲「ラーラのテーマ」がヒットするとともに映画の評判も上がりました。
昭和二十年代

この広い空のどこかに(昭和29年)

小林正樹は昭和27年に中編『息子の青春』で松竹で監督に昇格しました。本作は小林正樹監督にとって四番目の作品にあたり、佐田啓二が営む酒屋に嫁いだ久我美子と酒屋の家族との日常が描かれています。
1950年代

絶壁の彼方に(1950年)

シドニー・ギリアットはアルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』の脚本を書いた人で、ギリアットが第二次大戦中に温めていた原案を1950年に自ら映画化したのが本作で、ダグラス・フェアバンクス・ジュニアが主演を務めています。
1950年代

騎兵隊(1959年)

南北戦争は1861年から1965年まで四年間にわたって北軍と南軍の間で起こったアメリカ国内の内戦で、本作は1863年に実際に行われた「ヴィッグスバーグの包囲戦」をモデルにしていて、主演はジョン・ウェインとウィリアム・ホールデンの二人です。
外国映画

風とライオン(1975年)

1904年にモロッコ・タンジールで起きたアメリカ人誘拐事件に基づいて、ジョン・ミリアスが脚本を書いて自ら監督した作品で、ベルベル人のスルタン(首長)と第26代合衆国大統領セオドア・ルーズヴェルトの激突が描かれます。
外国映画

フレンチ・コネクション2(1975年)

1971年のアカデミー賞作品賞を獲得した『フレンチ・コネクション』の続編で、ジーン・ハックマン演じるポパイ刑事が単身フランスのマルセイユに乗り込んで、麻薬取引を仕切るシャルニエを追い詰めるストーリーになっています。
外国映画

フレンチ・コネクション(1971年)

フレンチ・コネクションとは、米国に輸入されるヘロインの密輸ルートのことで、ジーン・ハックマン演じるニューヨーク市警の刑事が麻薬密売を暴いていくストーリーになっており、1971年度のアカデミー賞では作品賞など5部門を独占しました。
外国映画

エル・ドラド(1966年)

ハワード・ホークスは『赤い河』以降、ジョン・ウェインを主演にした西部劇を作っていて、その一本である本作は1966年に製作されました。西部劇の製作本数が減っていた当時では、時代遅れだと評されたようです
日本映画

伊豆の踊子(昭和38年)

川端康成が書いた短編連作「伊豆の踊子」が出版されたのは昭和2年のことでしたが、以来何度も映画化された中で本作は四度目に映画化された日活版です。原作で十四歳と設定されている踊り子を演じたのは、当時十八歳の吉永小百合でした。
外国映画

ミニミニ大作戦(1969年)

イギリスを代表する大衆車ミニ・クーパーの車輛の小ささと小回りの良さを活かして、イタリアのトリノの街で金塊強奪を試みる軽快なアクション映画で、公開当時はイギリスで大ヒットを記録したものの、アメリカでは大コケに終わりました。
昭和二十年代

真空地帯(昭和27年)

昭和27年に河出書房から刊行された野間宏の長編小説「真空地帯」は評判を呼び、毎日出版文化賞を受賞しました。その小説を映画化して同年年末に公開させたのが東宝を退社して独立プロ新星映画社を立ち上げた山本薩夫でした。
外国映画

現金に手を出すな(1954年)

ギャング同士の抗争を描いたフレンチ・フィルム・ノワールの代表作ともいえる作品で、第二次大戦後になって目立った出演作がなかったジャン・ギャバンは本作で復活を果たし、以後ギャングの大物役を得意とするようになりました。
外国映画

ダラスの熱い日(1973年)

ケネディ大統領はダラスで暗殺され、事件はオズワルドによる単独犯行だとされました。本作はそのオズワルド単独犯説を真っ向から否定する陰謀説で描かれており、暗殺事件発生から10年が経過して、初めて事件の裏側に迫った作品として注目されました。
昭和二十年代

長崎の鐘(昭和25年)

長崎医科大学物理的療法科の永井隆助教授は、白血病と闘いながら原爆投下後の長崎で被爆者の治療にあたり、四十三歳で亡くなりました。永井助教授が残した手記をモチーフにした歌謡曲は大ヒットを記録し、早速松竹が映画化することになりました。
外国映画

何がジェーンに起ったか?(1962年)

ハリウッドの大女優ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードは犬猿の仲で互いを忌み嫌っていましたが、その二人に老姉妹を演じさせたのが本作で、共演が話題となって大ヒットを記録し、1962年の全世界興行収入ランキングで16位となるほどでした。
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