盲獣(昭和44年)

江戸川乱歩の小説をベースにして増村保造監督が映画化した大映の作品です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、増村保造監督の『盲獣』です。昭和6年(1931年)に江戸川乱歩が発表した小説「盲獣」を白坂依志夫が大胆に脚色、増村保造が監督しました。TVに観客を奪われた日本映画界が凋落する中で大映は昭和46年末についに倒産してしまうのですが、本作は大映末期に製作された作品でもあります。若い女性を誘拐して幽閉するという設定がネックになっているのか、これまでに「盲獣」が映画化されたのは本作のみになっています。

【ご覧になる前に】出演者は船越英二、千石規子、そして緑魔子の三人のみ

ファッションモデルの若い女が自分を撮った写真の展覧会会場へ行くと、展示されていた自分をモデルにした彫像を両手でまさぐっている男を見かけ、自宅のマンションに逃げ帰ります。マッサージを呼ぶと新人だという盲目の按摩がやってきて、女をクロロホルムで気絶させた按摩は中年女の助けを借りて、人里離れた倉庫の中に女を運び込みます。目や唇など様々な彫刻が無数に展示されたアトリエに閉じ込められたことを女は知るのでしたが…。

明治27年に生まれた江戸川乱歩は日本の推理作家の草分けで、探偵小説だけでなく怪奇ものから猟奇ものまで幅広いジャンルの作品を発表しました。大正12年に当時のモダニズム文化を代表する雑誌「新青年」に探偵小説を書いてデビューすると、その二年後にはフェティシズム色の強いスリラー小説「人間椅子」を発表しています。戦時中にはそれらの作品は発禁扱いとされてしまうものの、戦後に「少年探偵団シリーズ」で文壇に復帰すると、雑誌「宝石」で海外のミステリー小説を紹介すると同時に日本探偵作家クラブの創設に尽力することになります。

「盲獣」は昭和6年(1931年)から翌年にかけて雑誌「朝日」に連載された犯罪小説。浅草の踊子が盲目の男によって無数のオブジェに囲まれた地下室に連れ込まれるというストーリーをもつ「盲獣」について、江戸川乱歩は「ひどい変態もの」と自己嫌悪的評価を下していましたが、当時はかなりの話題の作品となりました。というのも本作の連載が終了した昭和7年3月に「玉の井バラバラ殺人事件」が発生して、現実の猟奇殺人事件を呼び起こしたのは江戸川乱歩であるという論調さえ語られたんだそうです。

江戸川乱歩の映画化代表作は東映による「少年探偵団シリーズ」で、明智小五郎と怪人二十面相が対決する中編ものが多く作られました。一方でこの「盲獣」などの小説は猟奇的な内容が敬遠されたせいかあまり映画化されておらず、本作も小説発表の四十年後になって初めて映画化されたものです。ちなみに『屋根裏の散歩者』(田中登監督)が昭和51年、『陰獣』(加藤泰監督)が昭和52年といずれも本作の後。本作以前では、『黒蜥蜴』はどちらかと言えば三島由紀夫の戯曲の映画化ですので、昭和33年の『蜘蛛男』(なんと藤田進が明智小五郎!)くらいしかありません。

脚本を書いた白坂依志夫はシナリオライラ―の大御所である八住利雄の実子で、大映東京撮影所に入社すると『永すぎた春』『青空娘』『暖流』と立て続けに話題作の脚本を担当します。大映から独立した白坂依志夫は大映を本拠地としながら映画会社の枠を超えて、東宝の『野獣死すべし』(須川栄三監督)、日活の『われらの時代』(蔵原惟繕監督)、松竹の『山の讃歌 燃ゆる若者たち』(篠田正浩監督)などの脚本を次々に発表。また石原慎太郎、大江健三郎、寺山修司、谷川俊太郎など同世代の文化人たちとの交流もさかんだったそうです。

その白坂依志夫が大映でコンビを組んでいたのが増村保造で、『青空娘』以降『巨人と玩具』『最高殊勲夫人』『好色一代男』など多くの作品が生まれています。増村保造は東京大学法学部を出て大映に助監督として入社した後に東大文学部哲学科に再入学したというインテリで、昭和27年にはイタリアに留学してイタリア国立映画実験センターでフェリーニやヴィスコンティに学んだ人。昭和46年末に大映が倒産すると白坂依志夫やプロデューサーの藤井浩明とともに独立プロダクション「行動社」を設立して、『大地の子守歌』『曽根崎心中』を製作しました。

大映の主軸監督として年四本のペースでコンスタントに作品を発表した増村保造でしたが、日本映画界の不況は作品の企画にも影響を及ぼすことになりました。TVに奪われた観客を映画館に呼び戻すためにはTVでは放映できないことをやるしかないということで、東映はエログロナンセンス路線、日活はロマンポルノへと舵を切っていきます。大映はそこまで振り切ることはなかったようですが、当時としては珍しく江戸川乱歩の小説を取り上げたのも、猟奇趣味を前面に出すことで集客しようと考えたのかもしれません。ちなみに本作と同じ週に併映されたのは田中徳三監督の『秘録おんな寺』でした。

予算の関係なのか出演者もわずか三人だけというのが驚きで、大映を支えてきた功労者である船越英二と東宝に入社して一時期東映に移籍したもののまた東宝専属に戻った千石規子、そして昭和39年に東映でデビューした緑魔子が共演しています。緑魔子は東映時代に出演していたプログラムピクチャーの低レベルさを訴えて昭和43年に解雇されたばかりの頃。しかし独特の美貌や納得すれば裸にもなるという女優根性が買われて他社からオファーが殺到したそうで、増村保造作品には『大悪党』に続いての出演でした。

【ご覧になった後で】おどろおどろしい地下室の美術セットが主役でしたね

いかがでしたか?白坂依志夫の脚本は江戸川乱歩の小説をかなり改変しているらしく、原作では主人公道夫は女の四肢を切断したのちに都内のあちらこちらにその部位を曝し、その愉しみを繰り返すようになるという顛末になるんだそうです。映画では盲目の船越英二が緑魔子ひとりだけに執着してついには互いの快楽のために身体を切るという究極のマゾヒズムで終幕になっていましたけど、緑魔子の手足を切断するたびに彫刻(映画では彫刻と言っていましたがあきらかに塑像でしたね)の同じ部位が崩落するというイメージ的な表現が直截的過ぎてちょっと辟易してしまいました。加えて切られるたびに緑魔子が「楽しい!」と叫ぶのがややニュアンスが違うような気がして「キモチいい」とか「すごい」とか「イク~」とかいった性的興奮そのものをセリフにしたほうがよかったのではないでしょうか。

プロットが極めて単純ですし、登場人物が三人だけということもあり、84分という短尺ですら長いなあと感じさせるトロい展開でなかなか見続けるのはツラかったですね。逃げ出そうとする緑魔子がやがて千石規子の嫉妬の対象となるあたりまではそれなりに見ていられますけど、いつのまにか緑魔子が船越英二を愛し始めてしまうという心の動きには全く共感できませんし、互いの触覚を楽しむことがなぜ傷つけあうことに変化していくのかが理解できませんでした。要するに四肢切断というエンディングに持っていきたいだけの設定なので、人物が描けていないと単なる状況変化だけでは観客はついて行かれないと思います。

とは言っても本作の見どころはおどろおどろしい美術セットで、巨大なスタジオセットで目・鼻・口・耳・乳房をつくり上げた美術スタッフの仕事には感服してしまいました。美術でクレジットされているのは間野重雄で『宇宙人東京に現る』なんかを手始めとして『黒蜥蜴』『鯨神』『白い巨塔』などの映画のプロダクションデザイナーを担ってきた人。壁に無数に張り付いた身体の様々なパーツのオブジェは一見するとダリ風のシュールレアリスムが感じられて、その非現実感が本作全体に通底していました。そしてそれらの中央を占める巨大な女体像は、肉や肌を表現したかったのか表面がクッション仕様になっていたようで、妙な淫靡さを加える効果がありました。

緑魔子によると撮影が真冬に行われ、しかも裸の場面も多くものすごい寒さだったとのこと。巨大な女体のセットを見たときには他のスタッフとともに監督は何を考えているんだろうと首を傾げたそうです。それくらいにこの美術セットは異様な雰囲気があり、奇作とも言える本作を象徴していたのかもしれません。

ウィリアム・ワイラー監督の『コレクター』は1965年に日本でも公開されているので、たぶん若い女性を誘拐してペット化するという設定において影響を受けていると思います。緑魔子も『コレクター』に主演したテレンス・スタンプが大好きで「相手役がテレンス・スタンプならよかったのに」とコメントしています。でもテレンス・スタンプのような繊細さと狂気が入り交じったような美男子を想像してしまうと、本作の船越英二はあまりに落差があり過ぎて、大映の全盛期の船越英二であればまだしも、撮影時に四十五歳の中年男優にはマザコンで芸術家気取りの狂気の男役はちょっと無理がありました。もっと痩せていて腺病質で透明感のある男優がやるべきところ、貫禄があってお腹も出始めている船越英二では、なおさら緑魔子が惹かれていく設定には納得が行かないのでした。

キャメラマンの小林節雄も照明の渡辺長治も増村組の代表選手ですから、奇妙な本作にも根気よくつき合ったんでしょう。音楽は林光が担当していましたが、あまり音楽が効果的に使われるシーンがなく、ちょっともったいなかったなという感じです。しかし日本映画界が凋落して経営状態が悪化するばかりだった大映において、こんな映画を自社製作で作っていたわけですから、ある意味では大したもんだというか、マーケットをわかっていないというか、裸が出てくりゃ何でも良いというシンプルな発想だったんでしょうか。よくわかりませんけど、全国の大映系列映画館にプリントを焼いて配給できたのですから撮影所レベルではまだ平和だったのか、換言すれば危機感が不足していたということなのかもしれないですね。(A012626)

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