上流社会(1956年)

グレース・ケリー最後の出演作となったMGMミュージカルの傑作です

《大船シネマおススメ映画 おススメ度★》

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、チャールズ・ウォルタース監督の『上流社会』です。主演がビング・クロスビーとグレース・ケリーとフランク・シナトラという豪華な布陣で、しかもビングとシナトラは初共演で、そのうえモナコ大公レーニエ三世と結婚することになったグレース・ケリーの最後の映画出演作です。こんなデラックスなキャストに加えて、音楽はすべてコール・ポーターによる珠玉の名曲ばかり。MGMは数多くのミュージカル作品を世に送り出してきましたが、本作はその中でもトップクラスの洒落た傑作に仕上がっています。

【ご覧になる前に】元はブロードウェイの舞台劇で二度目の映画化になります

ニューポートでジャズフェスティバルが開催されるというのでサッチモ以下のジャズバンドが作曲家デクスターの屋敷に到着します。隣の屋敷に住むロード家の長女サマンサはデクスターの元妻で、翌日にはサマンサが金鉱王の跡取り息子ジョージと結婚式を挙げることになっていました。サマンサのことが忘れられないデクスターは、かつてハネムーンを楽しんだヨットの模型を結婚祝いに贈るのでしたが、かたやロード家では父親の浮気がゴシップ誌に掲載されるのやめさせるのと引き換えにサマンサの挙式の取材を許可しました。そして記者のマイクと写真家のリズが送り込まれてきたのですが…。

本作の元になったのはブロードウェイの舞台で、フィリップ・バリーという人が台本を書きました。その舞台を1940年に映画化したのがジョージ・キューカー監督の『フィラデルフィア物語』で、脚本はドナルド・オグデン・スチュワート。その『フィラデルフィア物語』をミュージカルにしたのが本作で、『慕情』を書いたジョン・パトリックが脚色を担当しています。なので本作は元の舞台の二度目の映画化にあたるんですね。

音楽はすべてコール・ポーターの作品で、コール・ポーターといえば「Night and Day」などジャズのスタンダードナンバーを数多く作詞作曲してアメリカのポピュラー音楽そのものを作った人です。本作の挿入歌の中で特に有名なのが「True Love」で、現在でもいろんなミュージシャンによって歌われている名曲です。そんなコール・ポーターの曲に彩りを添えるのがサッチモことルイ・アームストロング。大口を意味するサッチモという愛称でアメリカのジャズシーンを代表する人気者ですが、その名声が確立されたのは「Hello, Dolly!」や「What a Wonderful World」が大ヒットした1960年代のこと。なので本作に出演したときはこれからまだまだビッグになっていくという時期でした。なんとなく痩せて見えるのは、五十五歳という年齢のせいかもしれません。

そして主演の三人の豪華さ!まずビング・クロスビーは歌でも映画でも人気絶頂を極めた大スター。映画では1944年の『我が道を往く』でアカデミー賞主演男優賞を獲得し、ボブ・ホープとのコンビで「珍道中」シリーズをヒットさせました。かたやフランク・シナトラは言うまでもなくボビーソクサーのアイドルとして第二次大戦まではアメリカ音楽界の最も人気のあるシンガーでしたが、戦後は喉を傷めて声を出せなくなったり、エヴァ・ガードナーと不倫の関係に陥ったりして人気が凋落しスランプを味わいます。そんなシナトラが復活したのがフレッド・ジンネマン監督の『地上より永遠に』。マッジオ役でシナトラはアカデミー賞助演男優賞を獲得してカムバックを果たしました。この受賞は裏でマフィアが圧力をかけたのではないかと噂されまして、そのエピソードは『ゴッドファーザー』で取り上げられています。

そしてグレース・ケリー。オリンピックメダリストを父親にもつグレースはフィラデルフィアで何不自由なく育ったのですが、家族の反対を押しのけて女優の道を選択しました。端役での出演が目に留まり『真昼の決闘』でゲーリー・クーパーの相手役に抜擢されると、たちまちハリウッドのクール・ビューティとして注目を集めることに。特にヒッチコック監督のお気に入りになり、1954年にはビング・クロスビーと共演した『喝采』でアカデミー賞主演女優賞を獲得するまでになりました。ところがモナコ大公レーニエ三世のプロポーズを受けてモナコ公国の王妃になることが決まると世界中の話題をさらいました。1956年1月に婚約、4月の結婚式は広くヨーロッパでTV中継されるほどだったとか。本作はそのグレース・ケリーが王妃になる前に撮影された作品で、全米公開は結婚後の7月のこと。そんなこともありビングとグレースがデュエットした「True Love」は全米ヒットチャートでベスト5にチャートインするほどの大ヒットを記録し、グレース・ケリーは王族として初のプラチナレコードを受賞することになったのでした。

監督のチャールズ・ウォルタースはダンサーから振付師に転身し、MGMと契約してからミュージカルの振付師として活動していました。それが認められて監督になり、主演のジーン・ケリーが怪我をしたためフレッド・アステアが代役をつとめた『イースター・パレード』は、チャールズ・ウォルタースの監督作品です。アステア&ロジャーズの『ブロードウェイのバークレー夫妻』やジュディ・ガーランド主演の『サマーストック』などいろいろなミュージカルを作ってきたそのミュージカル職人としての演出が、本作では最高潮に達しています。

【ご覧になった後で】音楽・歌・演技・演出、すべてが豪華で上品でしたね

いかがでしたか?いやいや、これは数多いMGMミュージカルの中でも五指に入る傑作ミュージカルでしたね!コール・ポーターの中では間違いなくNo.1ですし、ダンスの見せ場がないのが玉にきず程度の欠点しか見当たりません。

このすばらしいミュージカル映画が成立したのは、まず脚本です。なんといっても元はブロードウェイの舞台劇ですし、それが『フィラデルフィア物語』という映画になって一度洗練されているわけです。なのでストーリーやキャラクターの基本型はすでに磨きがかけられていて、あとはミュージカルとしての劇にすればよいだけ。こんな好条件ならば、ジョン・パトリックという比較的作品数の少ない脚本家でも全くノープロブレムだったことでしょう。

そしてチャールズ・ウォルタースの演出がまさに職人芸でした。何が良いかって全く前面に出ることがない、でしゃばらない演出なので、音楽と歌と演技がじっくり堪能できるんですよね。ロード家の屋敷内にキャメラが入ると、以降ほとんど画面サイズはフルショットで撮られていて、部屋全体の中で俳優が演技するその全身を見ることができますが、これはほとんど舞台を撮影しているようなもの。つまり物語の導入部と登場人物が一通り紹介されるまでは、このフルショットで押し通しているのです。そしてあらかた観客に設定と人物が伝わったら、今度は俳優の演技を徹底的に伝える演出に変化します。だいたいミディアムショットかバストショットなんですが、それはビング・クロスビーとグレース・ケリーが「True Love」をデュエットするヨットの場面を思い返せばよくわかります。二人を横からミディアムでとらえたショットで歌が始まり、ビングの膝に頭を預けたグレースを上から見下ろすバストショットに切り替わる。「True Love」はこの二種類のショットの切り返しだけで構成されていて、本当に二人の真実の愛のシーンに没入できるような演出が施されていました。

さらにさらに。後半はコール・ポーターの名曲がこれでもかと目白押しに歌われる展開になりますので、こちらはミュージカル映画の基本原則に従って大半はフルショットで全体を映し、そこに人物を追う横移動かパンを絡ませます。しかし本作で見せたいのはダンスではなく歌。なのでミディアムショットをインサートして、キャメラが歌い手の歌をしっかりと伝える工夫がされています。このようにして画面サイズを完璧に使いこなせるのは、チャールズ・ウォルタースがダンサーであり振付師でありMGM専属であったからでしょう。ミュージカル映画を知り尽くしているからこそ、映画の流れに沿って、コール・ポーターの音楽と俳優の演技を一番にわかりやすく観客に伝える映像を構築できるんですよね。本当に見事でした。

加えてサッチモ楽団の使い方がなんとも粋ですなあ。開巻の俯瞰ショットからバスの中にキャメラが移動してサッチモの歌になると、そこで本作のあらすじが歌詞を通して紹介されます。そして映画のラストには結婚式のBGMをテラスで演奏する楽団たちのショットに切り替わり、サッチモがひと言「The End of The Story」とやって「The End」の幕となります。要するに映画の表紙と裏表紙の役回りをサッチモがつとめているわけで、粋な進行役になっていました。

そしてこの映画の重心というか軸というか中心というかコアは、まさしくグレース・ケリーその人でしたね。彼女が出てくるだけで映画が華やぎに溢れて幸福感に包まれるようです。こんな華麗で高貴で美しい女優がかつてのハリウッドには存在していたんですね。彫刻のような美しさはもちろんですが、本作ではその所作や立ち姿に心底見惚れてしまいます。まず初登場するときのパンツルック。スラリとした長身が活かされていますし、このときのグレースは手に何も持っていないのです。ご存知の通り、演劇で最も難しいのが手の使い方。ブラブラさせておくわけにいかないし、手を組んだらそれが表現になってしまうし、自然に手を使える女優さんって少ないんですよね。ところがこのサマンサ初登場の場面で、彼女の手が気になった観客は皆無だったでしょう。それくらいに全身の使い方が巧いのです。

それはビング・クロスビーからもらったヨットの模型を浮かべるプールの場面でよりはっきりします。このときのグレースは白い薄いローブを脱ぐと、真っ白なスイムドレス姿になり、きれいなおみ足を見せてくれるのですが、この足の動かし方がきれいなこと。ちょっと膝を曲げたり、つま先を使ったり。こんなにエレガントに身体を動かせるのはグレース・ケリーだけではないでしょうか。もちろんそんなグレース・ケリーを引き立てるのが彼女のためにつくられた衣裳で、ブロンドと白い肌が映えるような見事な色彩とシルエットでグレース・ケリーの美しさが倍増されていました。デザイナーはヘレン・ローズ。グレース・ケリーはヘレン・ローズデザインのウェディングドレスで結婚式を挙げたのでした。

そしてコール・ポーターの曲はすべて魅力的でしたね。特に印象的なのは「You are Sensational」でしょうか。フランク・シナトラの歌がたっぷりと聞かれますし、酔っ払ったグレース・ケリーがこの歌をアカペラで歌う場面も出てくるので二度おいしい曲でした。楽しいのはビングとシナトラのデュエットによる「Well, Did You Evah!」。ダーウィンの本を押すとバースタンドが現れる書斎で、火星と衝突するという歌詞を身振り手振りで歌う名調子。この曲は全編を眺めてみたらビングとシナトラが二人で歌う場面がないぞということになって、後でつけ加えて作られたんだそうです。

くどくなってしまいますが、本作の中で最高にゴキゲンなのが「Now You Has Jazz」。もうこれしかないというビングとサッチモ楽団の共演が見事も見事、大大見事なエンターテイメントです。ここの場面だけは、MGMミュージカル映画の名場面集『ザッツ・エンターテイメント Part2』に収められていて、中学生の終わり頃にこの「Now You Has Jazz」のシーンを見て猛烈に感動して、本編を見てもいないのに「上流社会」のサウンドトラックレコードを買った思い出の曲です。とにかくビング・クロスビーのクルーナーヴォイスとサッチモのかすれたスキャットの掛け合いがすばらしくノリがよく、ジャジーなセンスに溢れているのです。確かに本作の中で一か所だけ抜いてこいと言われたら、ここを取り上げるのが必定でしょうね。

そんなわけでこんな傑作を見ない手はないですね。音楽・歌・演技・演出、どれをとってもデラックスですし、映画全編が品格に満ちています。今回は劇場で見たので、暗い画面のままオーバーチュアがまるまる聞けましたし、MGMのクレジットに出てくるライオンがいつもと違って弱そうだったのも印象的でした。MGMの黄金時代を象徴する作品で、グレース・ケリーの美しさを堪能できる歴史的な映像遺産として、末永く残していきたいものですね。(T041022)

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