カルメン純情す(昭和27年)

『カルメン故郷に帰る』の続編で高峰秀子演じるカルメンが恋をするお話です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、木下恵介監督の『カルメン純情す』です。昭和26年に公開された『カルメン故郷に帰る』は日本初のオールカラー映画でしたが、本作は高峰秀子のリリー・カルメンと小林トシ子の朱美の二人の後日譚になっていて、カルメンが前衛芸術家の男性に恋をするというストーリーになっています。公開当時の惹句に「天才木下恵介の滅法たのしいフランス土産」とあるように、渡仏していた高峰秀子に誘われてパリに行った木下恵介が帰国後に撮った作品でした。

【ご覧になる前に】斎藤達雄・日守新一・坂本武と小津映画の常連俳優が共演

舞台の上でスポットライトを浴びながらビゼーのカルメンを演じているのはリリー・カルメン。相方の兵士役にスカートをはぎとられたカルメンはストリップショーに出演していたのでした。舞台がはねた後にカルメンを追ってきた朱美は、剣劇の旅一座に加わったものの男に逃げられたと言い、その背中に赤ん坊が背負われていました。カルメンのアパートで話し合った二人は赤ん坊を捨てるしかないと思い詰め、ある晩立派な洋館の前に赤ん坊を置き去りにします。その家には前衛芸術家の須藤一とその両親が住んでいて、いつも原爆におびえているお手伝いが赤ん坊を家の中に入れるのでしたが…。

前作の『カルメン故郷に帰る』はカラーフィルムで撮影するために光量を確保する必要があり全編を屋外ロケで撮影したミュージカルコメディでしたが、本作は続編で予算もなかったのでしょうか、普通の白黒作品に戻っていて、スタジオ撮影中心の作りになっています。前作から共通したキャラクターは高峰秀子のリリー・カルメンと小林トシ子の朱美の二人だけで、故郷である長野の高原から東京に戻ったカルメンが相変わらずストリップショーに出ているという設定になっています。

カルメンが恋する相手役は若原雅夫という俳優が演じていて、戦前に新興キネマに入社して召集・除隊後はそのまま大映で映画に出ていましたが、昭和24年に松竹専属になった時期の出演でした。注目は小津安二郎監督の戦前の作品で常連俳優だった斎藤達雄、日守新一、坂本武が元気な姿を見せていること。斎藤達雄は前衛芸術家の父親役、日守新一はカルメンの下宿の大家役、坂本武はそのいとこで食堂の主人役という配役です。三人ともにそれなりに年齢を重ねて落ち着きを増した雰囲気ですが、本作の俳優陣の中ではやっぱり別格感が漂っています。

その他には国民座出身の三好栄子、俳優座の東山千栄子と村瀬幸子が芸達者なところを見せますし、淡島千景が映画デビュー三年目にも関わらずベテランのような貫禄で脇を固めています。また日活に移籍する前の北原三枝がちょっとやんちゃな若い娘役で出ているのにも注目です。

前作と違ってミュージカル色はぐっと薄くなっていますが、ビゼーの「カルメン」の曲をアレンジした音楽は黛敏郎と木下忠司の共作になっています。また撮影は楠田浩之で、助監督は川頭義郎と松山善三と木下組の常連スタッフが起用されています。

木下恵介は日本映画界の中では非常に多作な監督でしたし、ひとつのパターンに偏らず喜劇から悲劇、家庭劇から社会劇までさまざまなバリエーションの作品を量産していくタイプの人でした。昭和21年に『大曾根家の朝』で松竹に復帰してから本作は16作目にあたりますし、本作の次に発表したのが昭和28年の『日本の悲劇』で、昭和29年には『女の園』『二十四の瞳』と日本映画史に残る名作を連打していきます。キネマ旬報ベストテンでも『カルメン故郷に帰る』が4位、本作は5位、『日本の悲劇』は6位で、『女の園』と『二十四の瞳』で1位・2位のワンツーを決めていますから、昭和20年代後半の木下恵介は圧倒的な存在感のある大物監督だったんですね。

【ご覧になった後で】斜めの構図とアニメ風ワイプが印象的な実験作でした

いかがでしたか?まず驚かされるのがドリーで横移動しながら右肩下がりから左肩下がりに変化するキャメラワークでしたね。斜めの構図というのは不安感を醸し出す場面やショック効果を出したいときに使用するのが映画の文法であって、キャロル・リード監督の『第三の男』なんかがその代表例になるわけですが、大半が斜め構図という映画は本作が映画史上で初めてであり最後かもしれません。不思議なことに斜め構図や移動やパンで画面の傾きが変化するショットも見ているうちになんだかそれに慣れてきてしまって、逆に斜めの方がその場面の切り取り面積が増える効果もあるので観客に提示される情報量が倍増するような感覚になりました。つまり木下恵介は斜め構図を演出的な意味のある使い方をしているわけではなく、映画全体のアトモスフィアを安定しないフワフワとした浮遊感で統一しようという意図で採用したように思えます。

加えて印象的だったのはシークエンスの切り替えでワイプを使うところのアニメーション的処理でした。ワイプといえば黒澤明というくらい黒澤映画は場面転換をワイプで表現することが多いのですが、そのワイプとて左から右へのシンプルなものです。本作のワイプは画面中央から左右や上下に割れるようなワイプを多用していて、しかもそれがストリップ劇場の舞台幕や前衛芸術家一家が着る洋服の水玉模様をモチーフにしたアニメーションで加工されていました。ほんの1秒にも満たない処理なのではっきりとはディテールはわからないのですが、映画全体にちょっとマンガ的というかおとぎ話的な雰囲気を加味するような効果があったと思います。

ストーリーは高峰秀子が若原雅夫に恋をするという展開になるものの、どこでどう恋するきっかけがあったのかが描けておらず、なんとなくモデルとして裸を見せるのに恥じらいが出てきたという程度にしか思えませんでした。木下恵介の脚本にしてはそこらへんがいい加減でしたけど、その反面コミカルな設定が冴えていて、小津映画常連俳優たちや舞台出身女優たちのキャラクターがどれも面白くなかなか笑える映画になっていましたね。特に三好栄子演じる日本精神党の女性候補者は圧巻で、ギョロ目に大きな口の三好栄子にヒゲまで生やして、再軍備を主張する保守派政治家を徹底的にカリカチュアライズしていました。

本作は昭和27年11月に公開されていて、昭和25年に設置された警察予備隊が保安隊に改組されたのが前月の昭和27年10月のことでした。保安隊は第一から第四の四つの管区隊によって編成され、北海道から九州までの日本全土に配備された実質的な防衛軍組織で、昭和29年には防衛庁設置とともに保安隊の名称が自衛隊に変更されることになります。背景には昭和26年9月のサンフランシスコ講和条約があり、そこでアメリカによる占領の終結と日本の独立が西側諸国から認められることになったのですが、同時に漸増的に自国の防衛力を強化することが規定されていたのです。昭和27年4月に平和条約が発効されてGHQが引き上げていったのを契機に、朝鮮戦争勃発で在日米軍が空になったあとを急遽埋めるために設置された警察予備隊を保安隊に格上げすることになりました。

当然ながら独立を勝ち取ったあとでしたので、国民の間では再軍備反対の声が強く、本作でも再軍備を主張する三好栄子は悪者キャラとして描かれていました。木下恵介自身は絶対的に反戦の立場でしたが声高に再軍備反対を唱えるのではなく、そうした風潮を徹底的に戯画化することで再び戦争に傾いていく世相を皮肉ろうとしたのでしょう。そんな政治的背景があるせいか、本作はどうも突き抜けた明るさやおかしさがやや足りず、時勢に囚われ過ぎた感じがしてしまいます。

参考ながら昭和27年10月には衆議院議員選挙が行われていて、吉田茂率いる自由党が議席を減らしながらも辛うじて第一党を守る結果となりました。また占領終結後の選挙だったため公職追放が解除されて、追放されていた政治家たちが一斉に立候補して国政に復帰した選挙だったそうです。(U040223)

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