アカデミー作品賞・監督賞・主演男優賞を独占した麻薬密売を暴く刑事の物語
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ウィリアム・フリードキン監督の『フレンチ・コネクション』です。フレンチ・コネクションとは、トルコからフランスを経由して米国に輸入されるヘロインの密輸ルートのことで、ジーン・ハックマン演じるニューヨーク市警の刑事が麻薬密売を暴いていくストーリーになっています。1971年度のアカデミー賞では作品賞・監督賞・主演男優賞に加えて脚色賞・編集賞の5部門を独占していまして、全米興行収入でも第三位にランクする大ヒット作となりました。
【ご覧になる前に】実際にあった麻薬密売事件を扱った原作を映画化しました
フランスのマルセイユでパンを買った男が銃殺されます。殺し屋は沖合いに浮かぶ小島で麻薬密売の黒幕シャルニエと落ち合い、TV俳優のアンリにニューヨークへの密輸を手伝うことを誓わせます。ニューヨークでは、サンタの恰好をした刑事ポパイが相棒のクラウディとともに麻薬の売人を追い詰めて逮捕し、その夜ナイトクラブでマフィアの幹部たちと飲んでいるサルという男に目をつけます。張込みをしたポパイとクラウディは、下町で小さな料理店を営むサルとその家族に前科があり、麻薬取引の大物ワインストックとつながりがあることを突き止めるのですが…。
原作者ロビン・ムーアは、アメリカ陸軍特殊部隊を取材した「グリーン・ベレー」を書いたことで名声を確立した作家で、「フレンチ・コネクション」ではニューヨーク市警薬物対策課の刑事たちによる麻薬捜査の実態を描きました。この原作本は、フランスから密輸された40kgの麻薬をイーガン刑事とグロッソ刑事が押収した1961年の事件を追ったノンフィクションなんだそうで、その記録を映画化しようと、アーネスト・タイディマンがシナリオとして仕上げました。
タイディマンは、本作でアカデミー賞をゲットして、1973年にはクリント・イーストウッド監督・主演の『荒野のストレンジャー』のオリジナル脚本を書くことになります。とは言っても、タイディマンの脚本はプロデューサーのフィリップ・ダントーニと監督のウィリアム・フリードキンによって書き換えられたり、現場で俳優たちが違ったセリフに言い換えたりして、撮影を通じてかなりの改変がなされたという話もあります。
本作は20世紀フォックスの製作ですが、ダリル・F・ザナック会長が手元に200万ドルあるからこの予算内だったら映画を作っていいよとウィリアム・フリードキンに告げたことから製作がスタートしました。フリードキンはドキュメンタリー映画で注目されてハリウッド入りした人で、1970年に監督した『真夜中のパーティ』でやっと注目され始めたばかりの時期でした。少ない予算で映画を完成させるために、フリードキンはドキュメンタリー手法を導入しようと考え、お金のかかるセットは組まずにロケーション撮影のみで製作することにしました。
主人公のポパイことドイル刑事を演じたジーン・ハックマンは、1967年に『俺たちに明日はない』でウォーレン・ベイティの兄役をやったときには三十七歳だったという遅咲きの俳優でした。1970年の『父の肖像』で二作連続アカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、この『フレンチ・コネクション』で見事に主演男優賞を獲得して、ハリウッドのトップスターに昇り詰めていきます。相棒役のロイ・シャイダーも本作と同じ年に出演した『コールガール』で脚光を浴び、1973年の『ザ・セブン・アップス』で主役をつとめ、1975年には『ジョーズ』に主演することになりますから、本作はジーン・ハックマンとロイ・シャイダーの二人にとってのスプリングボードとなった作品でもあります。
【ご覧になった後で】臨場感とスリルとウィットが溢れた刑事物の傑作でした
いかがでしたか?低予算を逆手にとったドキュメンタリータッチが麻薬捜査の現場を臨場感とともに伝えていて、観客も事件を体感しているような気分にさせられますし、それがハードなだけの臨場感ではなくて、スリリングでもあり、たまにユーモアとウィットを交えた語り口が見事でした。もちろん脚本が良いからなのですが、そこにリアルかつユニークなキャラクターの存在感を加えたジーン・ハックマンの功績も大きいでしょう。フリードキンはザナック会長からドキュメンタリータッチといってもTVシリーズの亜流にならないように忠告されたそうで、主人公ポパイ刑事を善だけではなく悪を感じさせるキャラクターにしたんだとか。ジーン・ハックマンが、善も悪も超越したような強烈な刑事像を創り出すことに成功したことが、本作を傑作にする決定打になったのではないでしょうか。
ウィリアム・フリードキンはゴダールの『勝手にしやがれ』やコスタ・ガヴラスの『Z』を高く評価していたようなので、映像のつくり方は確かに即興的に現場の空気を重視した撮り方をしていたように思います。手持ちのキャメラだったり、移動には車椅子を使ったりと予算がない中で、現場の知恵と工夫が臨場感のある映像を生み出していました。キャメラマンのオーウェン・ロイズマンは本作が撮影監督としては二本目で、『エクソシスト』『サブウェイ・パニック』『コンドル』と1970年代を代表する作品で次々にキャメラを回すことになりました。
一番の見どころはもちろん高架を走る列車をポパイ刑事が車で追うシークエンスで、見ている観客たちも画面に合わせて身体を左右に振ってしまうくらい、リアリティのあるカーアクションが展開されました。この場面はニューヨーク市に正式な撮影許可を得ることなく非番の警察官が交通整理を手伝って撮影されたんだそうで、乳母車の母親が轢かれそうになるショットが演出された以外は、実際に起きた衝突や事故がそのまま本編で使われています。そんなスリルあふれた場面を作ることができたのも、高架の列車と道路の車というそれまでになかった追跡の関係性に着眼したところで、殺し屋のマルセル・ボズフィが階段で撃たれるまでの列車と車のカットバックは息もつかせぬスリルに溢れていました。
一方で地下鉄に乗りそうで乗らず、結局はポパイをホームに置き去りにして「バイバイ」するシャルニエの紳士的な狡猾さも本作の魅力のひとつになっていました。シャルニエを演じたフェルナンド・レイは、実はフリードキンが『昼顔』に出ていた別の男優と勘違いしてオファーを出してしまって、結局フランス語を話せないのにシャルニエ役をやることになったそうですが、逆にフェルナンド・レイこそが適役だったんではないでしょうか。余裕綽々といった感じのゆとりがあり、お洒落なフランス紳士といった風で、麻薬取引の黒幕に見えない上品さが際立っていました。そこには衣裳デザインも大きく寄与していたわけで、黒のセーターとグレーのジャケットのコーディネートやステッキを振りながら歩くロングコート姿もファッション雑誌に載せたいくらいにキマっていましたね。
シャルニエが船で運んできたリンカーン・コンチネンタルに麻薬50kgが隠されていたわけですが、この50kgという数字がヘロインの純度検査の場面でさりげなく提示されて、後半の車を全部解体するところで車体重量が50kg違っているというロイ・シャイダーの気づきにつながっていく展開は見事でした。それにしてもあれだけ徹底的にバラバラにされたリンカーンが数時間で元通りになって戻ってくるというのは、時間的にちょっと無理じゃないかなと思ってしまいます。
そのリンカーンに関してどうしても納得できないのが、なぜサルは麻薬を積んだリンカーンをわざわざ駐車場から出して港近くの路上に放置したんでしょうか。警察に目をつけられていることはわかっているわけなので、駐車場に隠したままにした方がはるかにリスクは少ないはずです。さらに最後の麻薬取引も昼日中に行われていて、警察に尾行される危険もある中であまりに不用心ではないかと思います。ポパイが殺し屋にライフルで狙われる場面も、マルセイユでやったようなアパートの入り口で待ち伏せするなどのほうがはるかに殺せる確率が高いのになぜ打ち損じたときに二の矢が放てない遠くからの狙撃を選んだのか理解できません。こういうディテールにもリアリティを徹底してほしかったところです。
エンディングの銃声一発と「シャルニエ逃亡」「ドイルとルソーは薬物課に復帰」のテロップは、まさにいつでも続編が作れますよという仕掛けになっていて、実際に製作費180万ドルで興行収入5170万ドルを叩き出した本作は、1975年に続編『フレンチ・コネクション2』につながっていくことになります。1970年代は『ゴッドファーザーPARTⅡ』や『エアポート75』など続編が大流行しますので、その流れはポパイとクラウディの活躍の続きを見たい観客にとっても好都合となったのでした。(V120524)
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