ダイヤルMを廻せ!(1954年)

ヒッチコックによる密室犯罪劇の映画化は当時3D立体映像で撮られました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、アルフレッド・ヒッチコック監督の『ダイヤルMを廻せ!』です。製作当時のアルフレッド・ヒッチコック監督はワーナーブラザーズでもう一本映画を撮らなければならない契約になっていて、パスポートを盗んだ男がパスポートの持ち主が殺人犯であったために犯罪に巻き込まれるというシナリオを映画化しようとしたものの、うまく行かずに困っていました。それではとワーナーからブロードウェイの舞台で大ヒットしていた本作の企画を提案されたヒッチコックは、すぐにこちらに乗り換えてわずか35日間で撮影を完了させます。ワーナーからの要請で映像が飛び出して見える3D方式で撮影されましたが、3D自体が映画館で配布される色メガネをかけて見なければならないなどの煩雑さが不評となっていて、本作公開時にはほとんどの劇場で3Dではない通常のフィルムで上映されたそうです。

【ご覧になる前に】ヒッチコック作品にグレース・ケリーが初出演しました

元プロテニス選手のトニーはロンドンのアパートで妻マーゴと朝食をとっています。彼女が読んでいた新聞にはクィーンメリー号がアメリカから到着するという記事が出ていて、港に着いた船から降り立ったのは推理小説家のマーク。トニーがテニスツアーで留守がちだったことから、マーゴはマークと不倫関係になっていたのですが、マークから送られた愛を告白する手紙を何者かに盗まれてしまっていました。マーゴあてに届いた脅迫状を見てマークは憤慨しますが、そこへトニーが帰ってきて、三人で出かけるはずの芝居に行かれないことを告げます。マークとマーゴを見送ってひとりになったトニーは、ある男に電話をかけて自宅に来させることにしますが…。

ヒッチコック監督はお気に入りの女優に出会うと連続して主演に起用するクセがありまして、『三十九夜』『間諜最後の日』のマデリーン・キャロル、『レベッカ』『断崖』のジョーン・フォンテイン、『白い恐怖』『汚名』のイングリッド・バーグマンの三人はすべて二年連続してヒッチコック作品に出演しています。そして本作で登場したのがグレース・ケリー。1952年に『真昼の決闘』で注目されたグレース・ケリーは1953年の『モガンボ』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたところで、本作と同じ年には『裏窓』、翌年の1955年には『泥棒成金』と、なんとヒッチコック監督は三作品に連続してグレース・ケリーを登場させることになっていきます。

ある種背徳的なものを感じさせるグレース・ケリーのクールビューティさがヒッチコックのお気に入りになったのですが、『上流社会』を最後にモナコ王妃に収まって引退してしまったグレース・ケリーの残像をヒッチコックは追い求めることになります。『めまい』のキム・ノヴァク、『鳥』『マーニー』のティッピー・ヘドレンなどブロンドの髪の毛をもつ女優ばかりを起用したもののグレース・ケリーそのものではないわけですので、ティッピー・ヘドレンなんかはヒッチコックからのセクハラまがいの演出に辟易させられたと言い残しています。

ブロードウェイで人気になっていた舞台劇の映画化ではあったのですが、舞台になる前の1952年に英国BBCでテレビドラマとして放映されたのが大元のようです。脚本を書いたのはフレデリック・ノット。この人はのちに舞台化・映画化される『暗くなるまで待って』の脚本も書いていて、共通点は二作とも劇が室内のみで進行する密室ものだということ。両方ともに実によくできた犯罪ミステリーなのでよほど活躍した作家なのかと思ってしまいますが、実質的な作品はこの二作だけで、ほかはTVドラマを数本残しているだけのようです。

キャメラマンのロバート・バークスは『見知らぬ乗客』ではじめてヒッチコック監督と組んで以降、『マーニー』までの多くの作品で撮影を担当しています。『泥棒成金』ではアカデミー賞撮影賞を受賞していて、ヒッチコックの意図を映像化するのに長けていたのかもしれません。また音楽はディミトリ・ティオムキンで、『見知らぬ乗客』『私は告白する』と本作(三本ともワーナーブラザーズ製作)でヒッチコックに楽曲を提供しています。

【ご覧になった後で】何度見ても巧みな脚本には引き込まれるのですが…

いかがでしたか?この映画は何回も繰り返し見ているはずなのですが、見るたびに巧みな脚本に引き込まれてしまって、しかも予想もしない展開があちらこちらへと変化するので退屈しないままに警部が仕掛ける終盤のトリックまで見入ってしまいます。まさに鍵がキーとなる物語で、密室劇に欠かせない「どうやって部屋に入ったか」を逆手にとって「部屋に入るための鍵はどこにいったのか」が最終的には完全犯罪計画を頓挫させることになる組み立ては、現在的に見ても神がかり的な鮮やかさで、何度見てもだまされてしまいますね。

もう何度も見ているのにアンソニー・ドーソン演じるスワンが部屋に忍び込むときに「殺人の後だと気が動転するから鍵は入るときに階段のところに戻しておけばいいのにな」なんて思いながら見てしまっていました。結果的にスワンはそのようにしていたわけで、スワン自身の鍵を部屋の鍵と思い込んむレイ・ミランドと観客は一体化したような気持ちになって、必死にコートのポケットから鍵を抜き取ってしまうのです。ここらへんの作劇法が本当に見事で、妻殺しが計画通りに行かず、なんとか取り繕おうとしているうちに、妻を犯罪者に仕立てることに計画を変更する展開に、観客は巻き込まれながらも共犯者のような気持ちでレイ・ミランドの行動を見守ることになります。

それもグレース・ケリーが夫を裏切って不倫をしているという設定だからで、裁判の陪審員たちも不倫相手からの手紙を隠していたことなどで心証を悪くしたでしょうし、観客もグレース・ケリーに同情するよりもレイ・ミランドの犯罪がうまく行ってほしいような気持ちになっているのです。当時のアメリカではまだ家庭のモラルみたいなものが重視されていたでしょうから、フレデリック・ノットの原作はそのような一般的なモラルによる偏見をうまく利用して、夫による妻殺しの犯罪が妻による脅迫者殺しの犯罪に転換していくのを楽しんでしまう仕掛けになっていたんですね。

というわけで本作が面白いのはまさに脚本のおかげで、ヒッチコック監督も舞台ものを映画化するときには、キャメラを外に出すなど映画的な撮り方をするのではなくあえて舞台に忠実に撮ったほうがリアリティが出るのだと言って、ヒッチコック風映像術を封印してきわめてベーシックな演出に終始しています。映画的に見事だったのは冒頭ところで、夫とキスをする妻、新聞を読む妻、新聞にクィーンメリー号到着の記事、港に着く船、船から降りる男、その男とキスをする妻、という風にショットをつないでいきます。このいくつかのショットで夫・妻・男の三角関係が観客に伝わってしまうのですが、なんとセリフはひとつもありません。まさにヒッチコック監督の映画術そのもののオープニングでしたね。

その港の場面やアパートの前の道路の場面などはすべてスクリーンプロセスで外の風景を合成して撮っていて、すなわち本作は100%スタジオセットでの撮影だけで出来上がっています。なので35日間の早撮りが可能だったんでしょうね。俳優たちも警部役とスワン役は舞台の配役そのままだったようですので、演技指導も手がかからなかったはずです。特に警部を演じたジョン・ウィリアムズの飄然とした演技は見事でしたね。まあレイ・ミランドの金遣いが荒くなる前にこのトリックに気がついてほしいところでしたが。刑務所から家に連れ戻されたグレース・ケリーが警部を見た途端にゲンナリする気持ちもよくわかります。

企画段階ではケーリー・グラントとデボラ・カーとウィリアム・ホールデンの三人が検討されていたそうですが、グラント側が犯罪者を演じることに抵抗してポシャッたらしいです。もちろんレイ・ミランドのほうが狡猾さがあって適役でしたし、派手な服が次第に地味になるグレース・ケリーのほうが魅力的だったでしょう。ちなみに夫の電話で起こされる場面で赤いローブを羽織らせようとしたヒッチコックに対してグレース・ケリーは「寝ているときに電話に出るだけならそんなものは絶対に着ない」と主張してネグリジェのままに変更させたそうです。ただ単にブロンド美人だからというだけでなく、そのような利発さがヒッチコック監督のお気に入りになった要因だったかもしれません。

ヒッチコックはトリュフォーのインタビューで話題が本作に移ったとき「さっさと飛ばして次に行こうじゃないか」とはぐらかしているので、本人としても良い脚本をそのまま映画にしただけで特に自分らしい仕事をしたとは思っていなかったんでしょう。それでも本作の面白さが損なわれるわけではありません。ミステリー好きなら絶対におさえておきたい映画のひとつですね。(V072022)

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