突破口!(1973年)

喜劇が得意なウォルター・マッソー主演による地味で渋いアクション映画

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ドン・シーゲル監督の『突破口!』です。主演のウォルター・マッソーはジャック・レモンとのコンビで知られる喜劇俳優でして、1970年代にはアクション映画で主演をつとめるまでになりました。ベトナム戦争を経てアメリカ映画ではアンチヒーロー路線が主流となっていたので、ウォルター・マッソーのうだつが上がらないとぼけた表情が時代にフィットしたのかもしれません。彼が演じる主人公の名前がチャーリー・ヴァリックで、それが映画のタイトルになっています。「Charley Varrick」ってどんな映画なんだかわからないようなタイトルで興行的には大丈夫だったんでしょうか?なんて心配をよそにこの地味で渋めのアクション映画にはファンも多く、クエンティン・タランティーノもその一人らしいです。

【ご覧になる前に】プロペラ式複葉機が活躍する銀行強盗顛末記です

ニューメキシコ州の田舎町にある小さな銀行の前に、女性が運転するリンカーン・コンチネンタルセダンが停車しました。車を降りた中年男は窓口でいきなり銃を出し、客を装った仲間とともに金庫から現金の入った麻袋を奪います。強盗たちはリンカーンで逃走しますが、警官の発砲を受けて運転手の女性は息絶えてしまいました。残された中年男チャーリーとハーマンは作業用バンに乗り換えて、アジトであるトレーラーハウスに戻りますが、そこで麻袋の中に75万ドルもの大金が入っていることを知り、田舎町の銀行にふさわしくないこの金がマフィアの隠し資産だと気づくのでした…。

原作はジョン・H・リースという人が書いていて、この人は1960年前後に数本の西部劇の原作を書いている程度のキャリアしかないようです。脚色したのはハワード・ロッドマンとディーン・リーズナーの二人で、『マンハッタン無宿』の脚本家コンビ。リーズナーは『ダーティハリー』の共同脚本にも参加していますから、ドン・シーゲル監督作品では常連のシナリオライターたちです。たぶん原作からは基本プロットだけを拝借して、ロッドマンとリーズナーの二人が面白くまとめたという経緯ではないかなと思います。

監督のドン・シーゲルはハワード・ホークスの助監督などをつとめた後で短編映画の監督からスタートしてTVドラマの演出などで食いつなぐような演出家の一人でした。そのTVドラマの中にリー・マーヴィン主演の『殺人者たち』があって、放送コードの関係でTVではなく映画館で公開されることになりました。そんなドン・シーゲルに注目したのがクリント・イーストウッド。イーストウッドから指名を受けたドン・シーゲルは『マンハッタン無宿』を監督することになり、そこから『真昼の死闘』『白い肌の異常な夜』『ダーティハリー』と続けてクリント・イーストウッド主演作の監督をつとめ、一気にメジャーになったのでした。大ヒットした『ダーティハリー』の続編の監督をオファーされたのですが、その話を蹴って自らプロデュースに乗り出したのが本作で、ドン・シーゲルとして初めて製作・監督を兼務したのがこの『突破口!』なんです。

ウォルター・マッソーはオードリー・ヘプバーン主演の『シャレード』で印象的な悪役を演じましたが、ビリー・ワイルダー監督の『恋人よ帰れ!わか胸に』でジャック・レモンと共演して以来、『おかしな二人』『フロントページ』でコンビを組んで喜劇俳優としての地位を確立しました。その一方で、そのヌボーっとしていながらインテリジェンスを感じさせるキャラクターが逆にアクション映画で重用されることになり、本作以降は『マシンガン・パニック』『サブウェイ・パニック』など喜劇とは真逆の映画で主演をつとめるようになりました。

【ご覧になった後で】ヒネリが効いていてなかなか楽しめる一編でした

いかがでしたか?あまり期待しないで見ると、なかなかストーリー展開にヒネリが効いていて、最後まで引き込まれてしまうような映画でした。やっぱり脚本がいいんでしょうね。たぶん小金稼ぎのための田舎の銀行強盗がたまたまマフィアの闇金を盗んでしまうというプロットだけが元の原作のアイディアで、それをもとに複葉機なんかを小道具に使って膨らませたのがシナリオライターの二人なんだと思います(推測ですが)。加えて主人公チャーリーにウォルター・マッソーをハメたキャスティングが勝因でしょうか。チャーリーだけを見ると、目端が利いて先を読む頭の良さがあり、一見クールのようだけど仲間思いでもある、という設定なので、ここに二枚目系俳優をもってくると、スキがなさ過ぎて嫌味な主人公になってしまうところです。そこへウォルター・マッソーですよ。キレがあるけどボンヤリもしている、というとぼけた愛嬌が加わって、切れ味が後ろに引いていくんですよね。こういう主人公ならば、その誠実さと有能さを観客も応援したくなるもんです。

そしてジョー・ドン・ベイカー。殺し屋である配達人モリーにこの人をもってきたのもベストな配役でした。カウボーイハットで大柄な容姿は、殺し屋にはふさわしくない上品さがあって、でも表情には底知れない残忍さが潜んでいるという感じがよく出ていました。この人は本作に出る前に『ジュニア・ボナー』でスティーヴ・マックイーンのお兄さん役をやっていて、それからしたら正反対の配役ですから、役者として上手いんでしょうね。また相棒ハーマンをやったのが『ダーティハリー』でサイコキラーを演じたアンディ・ロビンソン。本作でもすぐにキレるサイコパス的な若者を演じていて存在感抜群ですが、そのイメージが強くなり過ぎてしまい、殺人鬼役しかオファーがないことに本人も嫌気がさして、一旦俳優業をやめてその後はTVドラマで活躍するというキャリアを歩んでいます。

本作はドン・シーゲルのドキュメンタリータッチな演出が冴えていると思いますが、それを支えているのが犯罪に使われるリアルな小道具が全編に巧みに配置されていること。火薬や着火装置を扱う販売店、ライフル銃の店主が情報屋でもあること、旅券偽造を専門にする女性。こういう普通の日常にある世界が裏で犯罪につながっているという見せ方ですよね。また秘書の名前だけ聞き出してバラの花で本人を特定するというやり方などに、犯罪のプロフェッショナル的アプローチが描かれていて、そこにリアリティが醸し出されているのです。こういうディテールを大切にした映画が、まだ1970年代には存在していたんですね。

この『突破口!』は地方都市では『バッジ373』というB級警察映画と二本立てで公開されていまして、他に見る映画もなくて仕方なく見に行ったという覚えがあります。中学生だったので、教師との個人面談でひとりで映画館に映画を見に行っていることをなぜか問題視されて「そのー、なにかハレンチな場面は出てくるのかな」みたいな質問をされたことがありました。たまたま『バッジ373』には性描写があったのですが、『突破口!』はほとんどなかったので、そのときに本作の感想だけを述べて事なきを得たという、そんな思い出の映画でもあります。(V040622)

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