眼の壁(昭和33年)

松本清張ブーム初期の隠れた一作。影のある佐田啓二もまた良しです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、大庭秀雄監督の松竹映画『眼の壁』です。昭和32年「週刊読売」に連載された原作は、前作の「点と線」とともに松本清張ブームを巻き起こしました。監督の大庭秀雄と主演の佐田啓二は、あの『君の名は』三部作のコンビ。恋愛ドラマ風な作り方から一転して、本作はなかなかハードな出来栄えになっています。予備知識ないままに、なんとなく見始めても、いつのまにか画面に引き込まれてしまう。佳作とまではいかないのですが、隠れた一作です。

【ご覧になる前に】じわじわ地味に盛り上がるサスペンス

三千万円の手形をパクリ屋に騙し取られた会計課長が自殺してしまいます。その経緯を遺書で知らされた部下の萩崎は、パクリ屋の正体を突き止めようと仲介した女性事務員に接近しますが、彼女の背景には黒幕が隠れていることに気づきます…。

清張ブームにいち早く目をつけたのは松竹。日本探偵作家クラブ賞を受賞した『顔』を映画化すると、橋本忍脚本の『張込み』に続き、この『眼の壁』を公開して先陣を切りました。もちろん他社も黙っていません。大映が『共犯者』、日活が『影なき声』、東映が『点と線』を映画化して、昭和33年の一年間だけで五本の清張映画が作られました。

『君の名は』の凡庸な作風とは違って、影を強調する照明や耳鳴りのような音楽など、大庭秀雄監督の演出はサスペンスをじんわり盛り上げる工夫に溢れています。一方で主演の佐田啓二。同じ年に小津安二郎監督の『彼岸花』に出演しているのですが、本作では影のある必要はまったくない役柄なのに、影があるように演じていて、垂れ下がった前髪も気障には見えず、これぞ美男俳優という存在感を見せています。また、映画の舞台が、前半は東京ですが、後半は地方の山の中へと変わります。そのコントラストが、松本清張的な世界の表現につながっているのではないでしょうか。

【ご覧になった後で】雰囲気は出ているけど「?」なところが多いかも

いかがでしたか?意外に松本清張っぽい感じが出ていて、「こんな映画があったんだな」と佳作を発見したような気にさせられますね。しかし、よくよく振り返ってみると、脚本はかなりズサンなところがあって、なぜこの殺人が起きたのかがはっきりしないところがありました。元刑事をいきなり銃殺してしまったり、誘拐した顧問弁護士を大勢で運んで谷底に突き落としたり。一番不可解なのは、山本(渡辺文雄がやっている役です)が殺されなければならない理由です。甥のことをそんなに簡単に殺して、溶解なんかしちゃいますかね?原作を読んでいないのでなんとも言えませんが、推理小説的なトリックはいまいちパッとしません。

俳優の中では、新聞記者の役者が結構いい味を出していますが、高野真二という人で、のちにテレビで活躍したようです。その新聞記者の新妻役の朝丘雪路が驚きの可愛さですが、新婚旅行先の熱海を通過して、実家がある岐阜に行くという設定は、今の視点ではハネムーン離婚にしか見えませんね。新聞記者は「大事にしなきゃな」なんて呑気に言ってますけど。あと会社の重役で、社長室の真ん中で椅子に座っているハゲのおじさんが十朱久雄。いつもあの顔が出てくるたびに「誰だっけな」と思うくらい、たくさんの映画に脇で出ています。そして、なんといっても左卜全。フガフガ言うだけの特別出演かと思いきや、クライマックスでは犯人の種明かしをするキーマンになっていました。意表を突く配役です。

飲み屋のテレビではプロ野球中継を放映中。映し出されるのは背番号3の長嶋茂雄。ライト前にヒットを打って活躍している様子ですが、長嶋は昭和33年にプロ野球入りしたばかりのルーキー。映画で当たり前に取り上げられるくらいの人気者だったことがわかりますね。別の場面では新聞記者が電話している背景に電光掲示板が映りこんでいて、「東京六大学 東4-明3」(なんと東大の勝利)という速報が表示されます。大学野球の結果が速報されていたなんて、時代の違いが出ています。

そんなわけで決して佳作ではないのですが、そこそこ引き込まれますし、佐田啓二もカッコいいので、見て損はない作品と言えるでしょう。『張込み』とともに清張ブームの端緒を開き、松竹映画においては、この流れが大ヒットした『砂の器』につながっていくことを考えると、もう少しスポットを浴びてももよい作品なのかもしれません。(A092121)

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