1970年代

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追憶(1973年)

70年代前半のハリウッドで最も注目を集めていた超人気俳優の共演ということだけで大いに話題になった作品ですが、その内容は単なる恋愛ストーリーではなく、第二次大戦前後の政治を動きを背景とした社会劇でもありまして、そこに監督のシドニー・ポラックと脚本のアーサー・ローレンツのこだわりが強く反映されています。
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シノーラ(1972年)

邦題になっているシノーラとは、本作の舞台であるメキシコ国境近い町の名前。原題はイーストウッドが演じる主人公「Joe Kidd」でして、なぜ日本公開にあたって誰も知らない町の名前にしたのか全く理解できません。
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ウエストワールド(1973年)

マイケル・クライトンは小説家でもあり映画監督でもあり脚本家でもあるオールラウンダー。1990年に書いた小説「ジュラシック・パーク」はスティーヴン・スピルバーグとユニバーサル・ピクチャーズに50万ドルで映画化権を売ることになるのですが、本作は公開当時、やや毛色の変わったB級大作といった感じでした。今見ると確かに『ジュラシック・パーク』につながる内容になっているところが興味深いです。
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エクソシスト(1973年)

エクソシストとは悪魔祓い師のこと。少女に取り憑いた悪魔とエクソシストの対決がクライマックスとなります。昭和49年に本作が日本で公開されるとオカルトブームが世間を席巻して、ユリ・ゲラーの超能力と相俟って超常現象に注目が集まりました。
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燃えよドラゴン(1973年)

ブルース・リーの登場によってカンフーブームは世界を席巻して、子どもたちはみんなヌンチャクもどきを振り回しながら「アチョー!」と叫ぶようになりました。それくらいインパクトがあった『燃えよドラゴン』ですが、プレミア上映の3週間前にブルース・リーは突然亡くなってしまいます。
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ブラック・サンデー(1977年)

原作は「羊たちの沈黙」などのレクター博士シリーズで有名なトマス・ハリスのデビュー作。パレスチナゲリラとモサドの戦いを描いていることから、日本では公開直前に映画館を爆破するという脅迫状が届き、上映中止に追い込まれたいわくつきの作品です。
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スティング(1973年)

主演のポール・ニューマンとロバート・レッドフォードは『明日に向って撃て!』で共演していて、ジョージ・ロイ・ヒル監督が再び二人の共演を実現させました。
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007死ぬのは奴らだ(1973年)

ショーン・コネリーは前作『ダイヤモンドは永遠に』でカムバックしましたが、かつての躍動感は失われていて激しいアクションはもう無理でした。そこでハリー・サルツマンとアルバート・R・ブロッコリのプロデューサーコンビは新しいボンド役にイギリス人俳優のロジャー・ムーアを指名しました。ショーン・コネリーとは全く違って軽い快さが持ち味のムーアは、この映画をきっかけにムーアらしいジェームズ・ボンド像をつくっていきます。
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タワーリング・インフェルノ(1974年)

1970年前後のアメリカは長期化するベトナム戦争の真っただ中で、ハリウッドも娯楽に徹した作品を打ち出しきれずにいました。そこに登場した新しいジャンルがパニック映画。戦う相手が自然災害や大規模事故なので、戦争賛成・反対などの政治色を出さなくて済みますし、困難に立ち向かう人びとをドラマチックに描くこともできます。たぶん最初のパニック映画は1970年の『大空港』だと思いますが、ブームの火付け役は1972年の『ポセイドン・アドベンチャー』。そしてその火を業火のごとく燃え上がらせたのが、この『タワーリング・インフェルノ』でした。
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トラ・トラ・トラ!(1970年)

「トラ・トラ・トラ」は日本軍による真珠湾攻撃の開始を伝える暗号文。映画の中でも、田村高廣演ずる淵田中佐がゼロ戦の機上から「トラトラトラや」と叫ぶ場面がありました。あくまで「奇襲」が成功したことを伝えるもので、攻撃の成功を報告するものではないんですね。日米合作にあたっては、大変な紆余曲折があり、中でも黒澤明の降板が大きな話題になりました。
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