死刑台のエレベーター(1958年)

ルイ・マル初の単独監督作品でマイルス・デイヴィスのジャズが使われました

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こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』です。ルイ・マルは1956年にジャック・イヴ・クストーと『沈黙の世界』を共同監督していますが、単独での監督作品は本作が初めてで一般的には映画監督デビュー作とされています。音楽にマイルス・デイヴィスのジャズを使ったことでも有名で、フランスではルイ・デリュック賞を受賞していますし、日本では1958年度のキネマ旬報ベストテン外国映画部門で第6位にランキングされました。

【ご覧になる前に】モノクロームの映像のキャメラマンはアンリ・ドカエです

電話で愛を語るフロランスの相手は夫の会社に勤めるジュリアンで、ジュリアンは秘書に気づかれないようビルの壁面をロープで上がり社長室に入ります。ジュリアンがカララ社長を射殺し自殺に偽装したのは、フロランスと示し合わせた計画でした。カフェで待つフロランスのもとに急ごうとするジュリアンは車に乗ろうとしたところでロープを置き忘れたことに気づき、ビルに引き返しますが、警備員が電源を落としたためエレベーターの中に閉じ込められてしまいました。花屋の娘ベロとその恋人ルイに盗まれたジュリアンの車を見たフロランスは、ジュリアンを求めて夜の街をさまよい歩くのですが…。

富豪の家に生まれたルイ・マルはソルボンヌ大学から国立高等映画学院に進み、海洋学者ジャック・イヴ・クストーと共同監督で製作した『沈黙の世界』でカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得します。『沈黙の世界』は海洋調査船によるサンゴ礁の調査活動を追ったドキュメンタリー映画で、ルイ・マルは同じ時期にロベール・ブレッソン監督の『抵抗』に助監督としてついていました。しかしブレッソンと意見が食い違って完成前に辞めてしまったそうです。

「その子を殺すな」などで知られているノエル・カレフのサスペンス小説が原作で、カレフは小説家になる前はモーリス・デルブレエの名前で映画界で助監督やシナリオなどの仕事をしていたそうです。ルイ・マルとともに脚色に参加したのはロジェ・ミニエルで、本作の後に2本ほどの脚本を残して三十六歳の若さで早逝してしまいました。プロデューサーのジャン・スイリエは製作時に三十七歳でしたから、若いスタッフが二十五歳で本格的に映画監督としてデビューするルイ・マルを支える体制だったようです。

モノクロームの映像はアンリ・ドカエのキャメラによるもの。ドカエはジャン・ピエール・メルヴィル監督の『海の沈黙』『恐るべき子供たち』で撮影監督の座についていましたが、1950年代は短編映画の仕事が中心になっていました。しかし本作でキャメラマンをつとめると、ヌーヴェル・ヴァーグの作品群に次々に関わるようになり、ルイ・マルの次作『恋人たち』やクロード・シャブロルの『美しきセルジュ』、フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』など若き監督たちをキャメラマンとしてバックアップします。カラー作品ではルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』もアンリ・ドカエの手によるものですね。

音楽を担当したマイルス・デイヴィスは言わずと知れたモダンジャズ界の帝王で、1954年に発表したアルバム「ウォーキン」でトップトランぺッターとしての地位を確立しました。「ワーキン」「スティーミン」「リラクシン」「クッキン」の4枚のアルバムを出したのちに、フランスに滞在中に本作の音楽を即興演奏で録音したと言われています。映画のラフカットを見ながら作曲したマイルス・デイヴィスは、フランスとアメリカのジャズミュージシャンを率いて夜中の11時から翌朝5時まで即興で挿入曲を演奏し、録音が完了するとジャンヌ・モロー、ルイ・マルとシャンパンで乾杯したというエピソードが伝えられています。

ジャンヌ・モローは1954年に『現金に手を出すな』の脇役で注目され、本格的な主演作は本作が初めてでした。本作撮影時二十九歳ですからやや遅咲きではあったものの、以降はヌーヴェル・ヴァーグの作品で次々に主演をつとめ、フランス映画界を代表する名女優になっていきます。一方のモーリス・ロネはジャンヌ・モローより一歳だけ年上で『七つの大罪』『宿命』などに出演していた程度でしたから、ジャンヌと同様に本作が初主演作品だったようです。モーリス・ロネは1963年にはルイ・マルの『鬼火』で再び主役を演じることになります。

【ご覧になった後で】サスペンスとリアルなタッチが融合したクールさが魅力

いかがでしたか?ジャンヌ・モローの超クローズアップで始まった瞬間から観客が映画のムードに引き込まれてしまう秀逸な導入部。社長殺しのプロセスを微細に描写し、エレベーターに閉じ込められ、かつ車を盗まれてしまう展開部。若いカップルの無軌道で無計画な殺人事件、エレベーター内の閉塞感、フロランスの夜の彷徨の見事なカットバック。そしてジュリアンが捕まりすべてが明るみに出る終幕。脚本の完成度もさることながら、観客をハラハラさせるサスペンス演出の巧さと夜の街の光だけで撮った白黒画面のリアルなタッチが融合していて、最初から最後までクールなテーストの作品でした。

夜の街をさまようジャンヌ・モローを撮るためにアンリ・ドカエは高感度フィルムを使用し、クリアではなく画面の粒子が粗くなるよりも、照明なしの自然光で即興的に撮影することを優先したそうです。ジャンヌ・モローが歩くシーンではキャメラを乳母車にくくりつけて移動撮影を行うなど、街灯やショーウィンドウの照明やレストランの店内灯を頼りにリアルな夜の雰囲気が映像化されているのが、リアルでありつつもクールな感じを醸し出していました。加えてジャンヌ・モローはほぼノーメイクだったそうで、髪の毛も風に吹かれるままにして、行方のわからない恋人を探す茫然自失とした表情には真実味がありましたね。

モーリス・ロネがエレベーター内に閉じ込められるシークエンスは、本当にエレベーターの中で撮影されていたようで、必然的に被写体とキャメラが近くならざるを得ないのでそれが逆に圧迫感のある狭さの表現に直結していました。こういうところで妙に天井を抜かして俯瞰で撮ったりするとウソっぽい絵になってしまったでしょうから、セットを使わない撮影方法がエレベーターから出られないという本作の基本設定にぴったりマッチしていました。

そして何といっても本作のクールなムードを高めているのがマイルス・デイヴィスのジャズでした。基本的に華やかな音色を特徴とするトランペットはクラシック音楽では祝祭感を高める旋律で本領を発揮するのですが、マイルス・デイヴィスのトランペットはその真逆で、けだるく憂鬱であり夜の孤独さを音楽で表現していました。

その音楽をバックにしてモーリス・ロネを探し続けるジャンヌ・モローは絶品の美しさでした。けだるいトランペットと同化したような気配がするとともに、画面に映る他の誰よりも品があり凛としていて強い意思が感じられます。ほとんど無表情のままだというのはルイ・マルの演出だと思われ、それが鉄面皮ではなく一途な恋心として伝わってきます。何よりもジャンヌ・モローの歩き方の綺麗さは他の誰も及ばないでしょう。ヒールを履いた足もスラリとしていますし、本当に類まれな艶のある女優さんでしたね。

小道具にも凝っていてドイツ人夫妻がもっていた小さな写真機はミノックス社のもの。本体を横に引っ張るとフィルムが送られシャッターチャージもされるスグレもので、スパイカメラとしても有名だったそうです。この小さなカメラで映した写真がラストにつながるのも巧い脚本でした。ドイツ人夫妻といえば、乗っていた車はメルセデスベンツ300SLガルウィング。本作と同じ年に石原裕次郎が大金をつぎ込んで中古の300SLを購入したのは有名な話です。

本作の面白さは犯人がエレベータから抜け出せなくなった間に車を盗まれ、犯人の名前をかたって別の殺人事件を起こしてしまうという設定にあります。モーリス・ロネは社長殺人ではなく、ドイツ人夫妻殺人事件の犯人として逮捕されます。最初は飲んで酔っ払っていたとウソをつくモーリス・ロネがドイツ人夫妻事件の嫌疑から逃れるためにエレベーターの中にいたと真実を告白し、なぜエレベーターにいたかはミノックスの写真で夫人との不倫関係によって明らかになります。このどっちに行っても殺人犯になるというアンビバレントなシチュエーションがサスペンス映画としてはよくある設定なんでしょうけど、社長殺人が発覚することになぜか観客は安心してしまいます。無計画な殺人よりも愛のための殺人のほうが納得感が感じさせるのかもしれません。

とは言え、前半の社長殺しの場面はやや迂闊な描写が目立ちました。都心のビルの壁面をロープで昇っていたら誰かに見られてしまうことは必至で、モーリス・ロネが下の道路を見下ろすショットでも街行く人が映っているくらいですから目撃者が出てこないのが不思議なくらいです。また回収し忘れたロープがいつのまにかビルの入口付近に落ちていて少女が拾うショットが出てきますが、手すりにきっちりと引っかかっていたロープが自然に落ちるなんてあり得るでしょうか。風にあおられて落ちてしまったとしても、少女は親からどこで拾ったかを聞かれることでしょう。どちらにしての完全犯罪を敢行しようとするには、あまりにロープの使い方がズサンでした。

これは本作を☆☆☆☆と高評価している双葉十三郎先生の指摘でして、サスペンス小説の大家でもある双葉十三郎によるとノエル・カレフの小説ではロープで壁をよじ登る設定にはなっていないそうです。映画的なアクション効果を狙ったルイ・マルが演出としてプラスしたようですが、これはマイナスでしかありませんでした。しかしこの点を除けば、本作は1時間32分というコンパクトな尺の中にクールなムードをギュッと押し込めたサスペンス映画の佳作になっていました。二十五歳でこのような映画を作るルイ・マルは早熟型の天才だったんでしょう。癌で六十三歳で亡くなったのが惜しまれます。(T021125)

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