南條範夫の小説を鈴木英夫が脚本・監督した東宝では割と珍しい犯罪映画です
こんにちは大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、鈴木英夫監督の『悪の階段』です。南條範夫が昭和39年に出版した「おれの夢は」という小説を原作にして、大映出身で東宝に移籍した鈴木英夫が自ら脚色して監督しました。東宝は明朗快活なサラリーマンものを得意ジャンルとしていましたから、本作のような完全犯罪を狙って現金強奪を企てる四人組のお話は割と珍しい部類に入ります。しかし鈴木英夫はもとはサスペンスフルなフィルムノワールを撮るために映画監督になった人でしたので、鈴木英夫にとっては会心の作品となりました。
【ご覧になる前に】山崎努をリーダーとする男性四人組に団令子がからみます
夜の雑居ビルの階段を上った三人の男たちは部屋のドアの鍵をこじ開けると、金庫の錠を叩き壊して現金百万円を奪って、もう一人が運転する車ですばやく現場を立ち去ります。麻薬がらみの金で警察に被害届を出さないだろうというリーダー岩尾の目論見通り新聞沙汰になることもなく、四人は百万円を山分けすると次の大仕事として大企業の給与支給日前に金庫に一晩だけしまわれる4千万円の現金強奪を企てます。四人は建設現場で働く仲間で、現場監督の岩尾が町はずれの一軒家を借りて始めた不動産屋をアジトにすることにしました。その不動産屋で店番をするルミ子は岩尾が拾ってきた女で、岩尾から4千万円を奪った後からお前の仕事が始まると告げられるのですが…。
南條範夫は戦時中には大東亜帝国の経済統制計画の策定に携わり、戦後は一転して日本経済再建委員会の常務理事に就任した後に大学で銀行論や貨幣論の教授になった人物。昭和25年に週刊朝日の懸賞小説に入選してから小説を書き始め、昭和31年には直木賞を受賞。教授と小説家の二足の草鞋を履き、大学退官後に作家活動に専念し、吉川英治文学賞を獲得しています。柴田錬三郎らとともに剣豪ブームを起こすことになった時代劇小説をはじめ、経済小説や推理小説などその作品ジャンルは幅広く、十数編が映画化されています。昭和37年公開の小林正樹監督の『からみ合い』もそのうちのひとつですが、本作を最後に南條範夫の小説を原作とする映画は製作されることはありませんでした。
監督の鈴木英夫は大映でシナリオライターとして頭角を現し、自ら脚本を書いた『二人で見る星』で昭和22年に監督デビューしました。戦後すぐの日本映画界では時代劇製作がままならず、サスペンス映画をたくみに作る鈴木英夫は大映東京撮影所のホープと目されるようになるものの、大映では自分の好きな企画を映画にしてもらうことができないといって退社して、東宝に移籍してしまいます。東宝はプロデューサーシステムをとっていましたので、大映以上に好きな映画が撮れる環境にあるわけではなく、鈴木英夫は東宝得意のサラリーマン喜劇や文芸ものなどのプログラムピクチャーをこなしていくことになりました。
そんな中で鈴木英夫のサスペンス映画的センスが発揮されたのが昭和37年の『その場所に女ありて』で、広告代理店を舞台にした点では東宝っぽさがありましたが、デザイン盗用をめぐる営業担当者の競い合いと女性社員の様々な生き方をドライに描き出していました。この『悪の階段』ではその路線をさらに推し進めて、会社を辞めて犯罪者として生きていく男性四人組に謎の女をからませたクールなフィルムノワールに仕立て上げています。『その場所に女ありて』は共同脚本作品でしたが、本作は鈴木英夫がひとりで脚本も書いていますから、鈴木英夫にとって会心の作品だったといえるでしょう。
四人組を演じるのは山崎努、西村晃、久保明、加東大介で、そこに団令子がからみます。山崎努は『その場所に女ありて』でも野心家の若手デザイナーを好演していましたが、その翌年に黒澤明監督の『天国と地獄』で犯人役を演じてブレークし、本作の前には『赤ひげ』でも主要エピソードの主役をつとめたという時期でした。西村晃は戦時中は特攻隊員に配置されたものの奇跡的に生き残り、戦後は岡田英治や木村功が主宰する劇団青俳に合流して新劇俳優として舞台で活躍を始めた人。日活と契約して映画界に入り、悪役を中心とした貴重な脇役として映画会社の枠を超えて多くの監督から重用されました。久保明は東宝専属の若手俳優でしたが、怪獣映画などへの出演が多くなって、主役級になりきれなかったんでしょうか。よく似てるなあと思っていたら、山内賢って久保明の実の弟さんなんですってね。
キャメラマンの完倉泰一は東宝でプログラムピクチャー中心に撮影を担当してきた人のようで、有名なのは千葉泰樹監督の『大番』と若大将シリーズの第二作『銀座の若大将』くらいでしょうか。キャメラマンに比べると音楽の佐藤勝先生は、こんな映画までやってたの?という意外な感じもする大御所ですが、もちろん手を抜くことなくサスペンスムードを盛り上げる楽曲を提供しています。
【ご覧になった後で】閉塞感漂う中でクローズアップショットが印象的でした
いかがでしたか?とても東宝映画とは思えないくらいに本格的犯罪映画になっていて、しかも世間を見返すような痛快な犯罪ものではなく、仲間内で殺し合いを始めてしまう陰惨な犯罪映画で、全編に閉塞感が漂う暗いトーンの作品になっていました。現金強奪を成功させる序盤は金庫をバーナーで焼き切るあたりにサスペンス演出が冴えていて、夜間撮影のせいもありクールでドライなタッチが心地よい感じさえしたのですが、現金を奪った後はどんどんとどんよりしてきて、不動産屋のアジトが内ゲバの修羅場になっていきダークでウェットなべっとり感が作品全体を覆うような感じになってしまいました。
まあ原作がそうなんでしょうけど、加東大介が社長の妾に手を出すあたりがちょっと通俗的過ぎてしまって、山崎努以下統制のとれた犯罪チームが簡単に瓦解してしまうのが脚本的に弱いところだったような気がします。もう少し綻び方を工夫して、細心の注意を払っていたんだけど思わぬところから水が漏れるみたいな展開が理想的だったかもしれません。加東大介を西村晃が殺して、久保明は団令子に籠絡されるみたいなストーリーは、山崎努の計画だとしてもあまりに出来過ぎですし、団令子の「金を盗んだ後がお前の仕事だ」というのが仲間を殺し合いに導くことだというのも、ちょっと無理筋ではないかと思ってしまいます。
そんな陰惨な雰囲気の映画なのですが、鈴木英夫の演出はクローズアップショット主体で押し切るようなスタイルにこだわっていて、それが結構ハマっているんでカッコよい映画に仕上がっていたのは事実でした。どのクローズアップショットも非常にタイトな構図になっていて、顔のアップが多いのですがほとんど余白がないような撮り方をしています。これが作品全体の閉塞感を醸成することにつながっていて大変効果的でした。
さらに4千万円を金庫に収めてからは映画はほとんど不動産屋の中で進行します。序盤で外の世界を見せておいて中盤以降は不動産屋での内ゲバに集中するので、映画自体が非常に内向きになって閉塞した感じが強まります。不動産屋の一軒家も奥行きが狭くて二階と地下があるという縦構造の圧迫感があって、ここらへんは美術さんの貢献もあったことでしょう。そんなこんなを総合的に考えると、ストーリー的にも映像的にも空間設計的にもどこにも逃げ場がないような閉じ込められたような感じを強調しようとしたのが、鈴木英夫の狙いだったかもしれません。
そしてなんといっても笑わない団令子が本作を象徴したような存在でもありました。団令子といえば「お姐ちゃんシリーズ」で健康的な現代っ娘のイメージで売り出された東宝専属女優でして、「若大将シリーズ」の初期では「アンパン」とあだ名で呼ばれるような学友役で登場していましたし、クレージー映画でもマドンナ役として起用されていました。なのでハキハキした活発な女性というポジショニングにいましたので、本作のような何を考えているのかわからないが、絶対に腹の中に何かを秘めているという悪女役はかなり意外な配役でもあります。けれどそれがなかなかハマっていて、平気で久保明と交情を交わしてしまいますし、西村晃には案外簡単に犯されてしまって、事が終わってからは西村晃をどう利用しようかと考えを巡らせている感じさえ見せる役どころがぴったりとキマっていました。
もちろん山崎努の皮肉な笑みを浮かべる怜悧なリーダー役も良かったのですが、本作に限っては団令子に軍配が上がったなという感じでしょうか。山崎努も自分で注いだ毒薬入りウィスキーを飲んで死んでしまうのがかなりアホでしたよね。また、奪った金額が4千万円というのも、本作の3年後に発生した三億円事件を考えるとやや小ぶりな犯罪に思えてしまいました。結局のところ、砂丘をニヤリとしながら歩く団令子が映画のいいところを全部ひとり占めしてしまっていたような気がします。できれば最後はそのままひとりにしておいてあげたかったので、刑事が後を追うというエンディングはちょっと蛇足かなと思われたのでした。(T062023)
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