本陣殺人事件(昭和50年)

金田一耕助が初登場する横溝正史の小説を映画化したATG最大のヒット作です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、高林陽一監督の『本陣殺人事件』です。原作は横溝正史が昭和21年に雑誌「宝石」に連載した推理小説で、私立探偵として初登場したのが金田一耕助。以後、横溝正史作品で繰り返し活躍することになるキャラクターを生み出したのが「本陣殺人事件」でした。翌年の昭和22年には『三本指の男』というタイトルで東横映画が製作し大映で配給されていまして、そのとき金田一耕助を演じたのは片岡千恵蔵。本作はそれから30年近く経過して高林陽一が再映画化したバージョンで、角川書店が文庫本を売り出すために「横溝正史フェア」のキャンペーンを行ったこともあり、ATG作品としては珍しく配給収入1億円を突破するヒット作となりました。

【ご覧になる前に】金田一耕助は中尾彬、磯川警部は東野英心が演じています

岡山のとある村で畦道を葬送の列が通っていきます。年若く死んだ鈴子を見送りに来た金田一耕助は一年前に村で起きた事件を回想するのでした。かつて大名の本陣にもなった一柳家で長男賢蔵と克子の結婚式が執り行われ、妹鈴子が琴の演奏を披露すると小作農の娘克子との挙式に反対する叔父は弟の三郎に連れられて出て行きました。翌未明、離れで叫び声を聞いた克子の育て親銀蔵たちが閉め切られた扉と雨戸を破って部屋の中に入ると、賢蔵と克子が見まみれになって死んでいました。庭には血のついた日本刀が地面に突き刺さっていて、屛風に三本指で血の印が残されていました。県警の磯川警部が捜査に乗り出し、銀蔵は以前から懇意にしている私立探偵金田一耕助を呼び寄せ捜査に協力させるのでしたが…。

横溝正史は戦前雑誌の編集長をしながら創作や翻訳活動に取り組み、推理小説を発表するようになりますが、肺結核で療養生活になるとともに戦時下で推理小説が禁制となったため時代劇を書いて糊口をしのぐ暮らしを送ります。東京大空襲の後に疎開した岡山県で終戦を迎えたときには、やっと探偵小説が陽の目を見ることができると執筆を再開し、雑誌「宝石」から依頼されて連載小説として発表したのが「本陣殺人事件」でした。物語の舞台が岡山県になっているのも横溝正史の疎開生活の経験が活かされたわけですね。

この小説で初登場した私立探偵が金田一耕助。江戸川乱歩の明智小五郎、高木彬光の神津恭介と並んで日本三大名探偵と称される金田一耕助は、ボサボサ頭に絣の着物を着て袴を履くといういで立ちが特徴。昭和21年の「本陣殺人事件」で登場した後、翌年以降「獄門島」「夜歩く」「八つ墓村」「犬神家の一族」と毎年発表される横溝正史作品のレギュラー探偵となっていきました。横溝正史によるとA・A・ミルンの「赤い館の秘密」で出てくる素人探偵アントニー・ギリンガムから着想を得たんだそうで、外見は劇作家の菊田一夫をモデルにしたとのこと。名前は菊田一夫と言語学者金田一京助を混ぜ合わせて無断拝借されましたが、後に金田一京助の息子春彦から「小説のおかげでキンダイチと呼んでもらえるようになった」と言われて、横溝正史は胸をなでおろしたんだそうです。

映画化の際に金田一耕助を演じた俳優はたくさんいまして、片岡千恵蔵の後には岡譲二、河津清三郎、池辺良と続き、高倉健も渡辺邦男監督のニュー東映版『悪魔の手毬唄』で金田一耕助をやっています。本作で演じる中尾彬は羽織袴の和装ではなく、チューリップハットとジーンズのヒッピー風スタイルで登場します。中尾彬の次に演じた石坂浩二が原作に忠実な金田一耕助像を再現して、渥美清を除くと西田敏行、古谷一行、鹿賀丈史、豊川悦司はみんな石坂浩二スタイルを受け継くことになりました。最近ではNHK-BSでの吉岡秀隆が演じた金田一耕助が原作のキャラクターを反映しているのが話題になりました。

監督の高林陽一は自主製作映画出身で、記録映画として製作した『すばらしい蒸気機関車』が日本ヘラルド配給で劇場公開されてプロデビューを果たした人。自ら「たかばやしよういちプロ」を主宰して、映像京都・ATGと提携して製作した本作は、ATG配給で劇場公開されATGとしては最大級となる1億円の配給収入を上げました。というのも横溝正史の文庫本の拡販を狙った角川書店が本作の劇場公開に合わせて全国の書店で「横溝正史フェア」をキャンペーン展開したからで、映画『本陣殺人事件』公開とともに横溝正史の小説が再認識され、それが角川映画の創設と東宝と提携した『犬神家の一族』の製作につながるきっかけにもなったのでした。高林陽一は昭和56年には角川春樹事務所製作の『蔵の中』を監督することになります。

高林陽一が脚色も手掛け、撮影は大映京都撮影所のベテラン森田富士郎が担当しています。森田富士郎は「座頭市シリーズ」や「眠狂四郎シリーズ」のほかに『大魔神』『あの試走車を狙え』などでキャメラを回していて、勝新太郎主演作を多く撮ったことから『人斬り』など勝プロの作品にも起用されています。注目なのは音楽を大林宣彦が書いていること。大林宣彦が劇場公開作品で監督デビューするのは昭和52年の『HOUSE ハウス』なのですが、高林陽一とは以前から「フィルム・アンデパンダン」という実験映画グループで一緒に活動していて、『すばらしい蒸気機関車』でも音楽を担当していたのです。結果的には大林宣彦のほうがたくさんの監督作品を残すことになるのですが、本作製作の時点では高林陽一が先行していたのが興味深いところです。

【ご覧になった後で】クローズアップを使い過ぎですが雰囲気は出ていました

いかがでしたか?金田一耕助ものは市川崑監督の角川映画第一作版『犬神家の一族』がターニングポイントになったというのが日本映画史としての基本認識だと思います。片岡千恵蔵をはじめとする戦後すぐのスーツ姿の探偵像を一気にボサボサ髪の和装スタイルに変換したのは角川春樹と市川崑の功績だと言ってよいでしょう。『犬神家の一族』の二年前に製作された本作は、その意味では中途半端な立ち位置にあって、中尾彬はスーツ姿ではなく和服でもなく、コットンセーターにデニム素材のロングベストを羽織り、ジーパンにチューリップハットというファッションで登場します。長髪でたまに頭を掻くもののフケが飛ぶほど不潔そうではありませんし、サングラスをかけたりタバコを吸ったりする現代的な若者スタイルの金田一耕助でした。

それでもどこかに市川崑の『犬神家の一族』を予感させる雰囲気が出ていたのは、緑豊かな田舎でロケーション撮影されたからではないでしょうか。原作で舞台となっているのは岡山県の総社市や倉敷市あたりで、本作のロケ地は奈良県明日香村なんだそうです。初冬という原作の設定を映画化にあたって4月に変更したおかげで、遅い雪と新緑という天候が映像化に見事にハマることになりました。降雪は事件当夜のアクシデントとして欠かせない要素ですが、映像的に視覚を支配するのは山々の緑であって、それもまだ初々しい新緑なので、緑を背景にしながらも画面全体が明るくなるような印象でまとめられています。この緑が事件が起きる未明の部屋の暗さや事件現場の真っ赤な血と対比されていて、カラー映像がくっきりと観客の目に届くように映されていました。映像面ではベテランキャメラマンの森田富士郎の貢献度が大きいのかもしれません。

一方で高林陽一の映像演出はクローズアップを多用し過ぎて、やや見ているのが疲れるというか序盤から入れ込み過ぎな感じがしてしまい、1時間45分の映画全体の流れが乱れてしまったように思えます。メリハリが効いていないため金田一耕助による事件解明のクライマックスがいつ始まったのかわからないんですよね。新田章演じる三郎の回想が先に出てくるので、どこからが金田一耕助の推理なのかはっきりしないですし、事件の成り行きを語ることで登場人物の心理状態が描写されるはずなのに、そこが不足するので、田村高廣がやる賢蔵のプライドや完璧主義、嫉妬心などが今ひとつ伝わってきませんでした。

しかし密室殺人ケースを田舎家の離れで実現したのは、推理小説作家としての横溝正史の実力によるものだとわかりました。これは小説がもつ本来の力なわけですが、映画として見ると、明け方に回り始める水車に琴糸が巻き付けられることによって日本刀が部屋の欄干から外に出て琴柱が外れると地面に突き刺さるという仕掛けが実に巧妙かつリアルに設計されたトリックだということが視覚的に理解できます。ただし、水車が明け方になると回り出すというのはセリフで説明されるだけなので、川の水量で水車が回り出すインサートショットが必要だったと思いますし、弾かれた琴糸が叢竹を鳴らすのを誤魔化すために琴を鳴らしたというのがちょっとわかりにくくて、琴を掻き鳴らすのはそのちょっと前にしかできないわけですから、ここらへんは映像化に向かない部分だったと思われます。

中尾彬はそれなりに熱演していて、こういう金田一耕助もありかなと思わせますし、東野英心の磯川警部も権威的ではなく人の良さが出ていて好感が持てました。田村高廣は本作では最も難しい役柄なので、三郎といっしょに密室トリックの仕掛けを完成させるところの喜び方などはちょっと余計な感じがしてしまいますね。一方で女優のほうはアーカイブ的な貴重さがあって、宝塚出身の水原ゆう紀にとって本作は日活ロマンポルノ『天使のはらわた 赤い教室』や東映の『ナオミ』に主演する前の映画デビュー作にあたります。色白の肌に赤い口紅がちょっと妖艶な雰囲気の女優さんでした。モデル出身の高沢順子は松竹で『新・同棲時代』で主演に抜擢されたあとなので、高林陽一がわざわざオファーしたということなんでしょうけど、やっぱり演技はほぼ素人に毛が生えた程度にしか見えませんでした。(A061425)

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