レイ・ハリーハウゼンのダイナメーション技術が楽しめる特撮冒険映画
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ネイサン・ジュラン監督の『シンバッド 七回目の航海』です。監督はともかく本作の実質的な演出家はレイ・ハリーハウゼン。1933年の『キング・コング』に影響されてから独自のストップモーション・アニメ(ミニチュア模型を1コマずつ動かしながら撮影する実写型アニメーション)を確立した人です。アラビアン・ナイトを素材とした本作では、想像上の怪物や魔法のランプが登場するアドベンチャーファンタジーになっていて、ストーリーは他愛のないものですが、「ダイナメーション」と呼ばれる実写+アニメの合成テクニックが存分に楽しめます。
【ご覧になる前に】ジョージ・ルーカスが子どもの頃に影響を受けたそうです
謎の島に上陸したシンバッド一行は巨大な遺跡から出現した一つ眼の巨人サイクロプスに襲撃されますが、遺跡から逃げ出してきた魔術師ソクラが魔法のランプを使って巨人を立ち往生させ、やっと島から逃れることができました。母国に帰ったシンバッドはパリサ姫との結婚式にのぞみますが、ソクラの魔術によって姫は小人にされてしまいました。ソクラは島で巨人に奪われた魔法のランプを取り戻せば、姫を元の大きさに戻すと言うのですが…。
アラビアン・ナイトとは、中東地域で語り継がれてきた「千夜一夜物語」のこと。ペルシャやインド、ギリシアなどの民話が元になった説話集は、フランス人アントワーヌ・ガランの手によって18世紀初めにヨーロッパに紹介されました。その過程でヨーロッパでもさまざまなエピソードが書き加えられて、シェーラザードが語り手となる「千夜一夜物語」として定着していったのだそうです。その物語のひとつがシンドバッドの冒険譚で、英語表記だと「Sinbad」なので読み方は「シンバッド」ですが、アラビア語では「sindibad」となり「シンドバッド」の読みが近くなります。本作も1958年の日本初公開時には「シンバッド」のタイトルでしたが、後になって「シンドバッド 7回目の航海」または「7回目の冒険」に改題されました。
特殊技術担当のレイ・ハリーハウゼンは、1953年の『原子怪獣現わる』でメジャーデビューし、この映画は東宝の『ゴジラ』に大きく影響を与えた作品なのだそうです。数本の白黒作品に携わったあとで、はじめてカラー作品として取り組んだのが本作で、ストップモーション・アニメーションが俳優たちの演じる実写撮影と見事にシンクロしていることが観客を驚かせました。『ゴジラ』でもそうでしたが、それまでの特撮映画では特撮と実写の映像を合成する際には「光学合成」と呼ばれる手法が採用されていました。オプティカル・プリンターを使う手法で、例えば画面下半分に逃げる群衆の実写フィルム、上半分に山間から出てくるゴジラの特撮フィルムを合成するやり方です。それに対してレイ・ハリーハウゼンが開発したのが「ダイナメーション」。これは実写の俳優の演技とミニチュア模型をスクリーンプロセスを使って一緒に撮影してしまう技術。よく車の運転シーンで、運転する俳優を手前におきながら窓外の風景は後ろのスクリーンに実写撮影したフィルムを投影して、車が動いているように撮影する手法がありますよね。そのスクリーンプロセスをコマ送りで撮影すると、実写撮影の背景にコマ送りで動くミニチュア模型が融け込むように一体化させられるのです。本作でシンバッドと骸骨の剣士が戦う場面が出てきますが、骸骨の骨の間にも背景がきちんと映っているのはこのダイナメーションだからです。以前の光学合成ではここまで細かい合成は不可能でした。
この技術に驚いたのが、子どもの頃のジョージ・ルーカス。レイ・ハリーハウゼンの訃報を聞いたとき、ルーカスはレイ・ハリーハウゼンがいなかったら『スター・ウォーズ』は生まれなかっただろうとコメントしたそうです。『エイリアン2』や『アバター』の監督ジェームズ・キャメロンもレイ・ハリーハウゼンに影響されたひとりだそうなので、2013年に亡くなったハリーハウゼンはハリウッドにさまざまな影響を残したのでした。
【ご覧になった後で】ちょっと笑えるけど、手作り感にワクワクさせられます
前半はなんともモタついていて、見ていても早回ししたくなるような展開でしたが、後半が結構盛り上がりますね。サイクロプスにつかまってシンバッドたちが食料用の檻に入れられるところなどは光学合成もうまく使っていました。人間の動きもストップモーション・アニメで撮影しているところでは、ミニチュアをコマごとに動かしているアナログ感が出ていて、ちょっと笑えてきてしまうのです。しかしその手作り感がなんとも心地よくて、次第にワクワクしてきます。洞窟に入っていくと鎖に縛られたドラゴンが待ち構えているところ。滑車を回すと鎖が締まっていく仕掛けが非常に利いていて、火を噴くことができるならそんなの関係ないじゃんとか思いますけど、結果的にはその鎖を断ち切ることでドラゴンがサイクロプスをやっつけてくれることになるあたりが面白かったと思います。
で、骸骨剣士との戦いは「ダイナメーション」そのもので見どころではあるのですが、やっぱり画質の落ち感が目立ってしまい、現在の鮮明な映像を見慣れてしまうとちょっと劣化画面は気になってしまいました。この骸骨はストップモーション・アニメでも不自然には見えず、逆にコマ送り的なギクシャク感がいかにも骸骨であることを強調していてよいのですが、サイクロプスやドラゴンのような生の生物にはどうなんでしょうか。いくら精密に1コマずつ動かしたといっても生の動きを再現するのはなかなか難しいことで、滑らかさという点ではやっぱり実写には敵わず、つまり「着ぐるみ」特撮には動きでは劣っているように見えるのです。日本でも『JUNK HEAD』のようなストップモーション・アニメの大傑作が製作されていますけれども、あれも主役がロボットなのでストップモーション・アニメがハマっているんではないでしょうか。現在ではCGでどんな生の動きも本物以上に再現してしまえる技術があって、しかし考えてみればそのCGにおいても動きの元にしているのは、生の人間の動きをモーション・キャプチャーで寸分たがわずデータ化したものです。すなわちCGの動きは、ストップモーション・アニメの手法ではなく「着ぐるみ」に近いわけです。なんて結論づけたものの、ここらへんの議論は、たぶん両派相譲らずで常に引き分けの千日手になるしかないのかもしれません。
というわけで、監督も出演者もほとんど目に入らない作品でした。唯一魔術師ソクラを演じたトリン・サッチャーに注目する程度でしょうか。トリン・サッチャーはムンバイ出身のイギリス人でのちにハリウッドに渡った俳優だそうで、ムンバイ出身は関係ないかもですが、なんとなくそんな雰囲気を漂わせていました。まあそんなようなスタッフ・キャストの中で唯一の大物は、音楽のバーナード・ハーマンでしょうか。ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』『サイコ』などの作曲家ですね。レイ・ハリーハウゼンは当初、ミクロス・ローザ(1960年に『ベン・ハー』で三度目のアカデミー賞)かマックス・スタイナー(『風と共に去りぬ』で音楽を担当)を使いたかったようですが、結果的にバーナード・ハーマンが気に入ったようで、のちに『アルゴ探検隊の大冒険』でもハーマンに音楽を依頼しています。(A12132021)
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