雪之丞変化(昭和34年)

繰り返し映画化されている「雪之丞変化」の東映による大川橋蔵主演版です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マキノ雅弘監督の『雪之丞変化』です。昭和10年に朝日新聞に連載された三上於菟吉の小説「雪之丞変化」は歌舞伎役者に身をやつした主人公が親の仇を討つというシンプルなストーリーから幾度となく映画化されてきました。本作はサイレント映画時代から大量のプログラムピクチャーを量産してきたマキノ雅弘が監督し、歌舞伎出身の大川橋蔵が主演した東映版で、淡島千景が演じるお初がクローズアップされているのが特徴です。

【ご覧になる前に】他社の三部作に比べると1時間半の短いコンパクト版です

江戸の中村座に上方歌舞伎の人気役者である中村雪之丞が出るというので芝居小屋は満員御礼の大盛況です。話題の舞台を見に来た客の中には、盗賊を稼業としている闇太郎や軽業お初がいましたが、雪之丞の眼は、桟敷席にいる将軍家斉の北の方浪路とその父土部三斎を追っていました。実は雪之丞の父松浦屋は長崎奉行をしているときの三斎の計略にはまり処刑され、母も自害。雪之丞は親の仇を討つために歌舞伎役者に姿を変えて江戸に下ってきたのでした…。

三上於菟吉の新聞小説は話題となり、すぐに松竹で映画化されます。それが衣笠貞之助監督、林長二郎主演による『雪之丞変化』三部作。初代中村鴈治郎の門下に入って長男林長三郎に預けられた長谷川一夫はそのとき林長二郎と名乗っていて、松浦屋の息子雪太郎が両親の仇を討つために歌舞伎役者となり、かつ副主人公である盗賊闇太郎との二役を演じることも可能ということで、まさに早変わりを得意とする歌舞伎役者には雪之丞はもってこいの役だったのです。この三部作は現在では「総集編」として一本にまとめられた版を見ることができます。

歌舞伎役者向きということでその後も映画化が繰り返され、昭和14年には坂東好太郎主演の松竹版、昭和29年には東千代之介主演の東映版、昭和32年には美空ひばり主演で『ひばりの三役 競艶雪之丞変化』が三部作として新東宝で作られました。本作のあとにも昭和38年に長谷川一夫を再度引っ張り出した大映の永田雅一が市川崑に監督をさせたバージョンが作られました。そうした各社の映画化作品に比べると、この大川橋蔵主演の東映版は上映時間が1時間半にまとめられており、他社に比べるとエッセンスをギュッと詰めたコンパクト版「雪之丞変化」になっています。

大川橋蔵は養父が歌舞伎役者で、四代目市川男女蔵の部屋子になりました。市川男女丸を名乗って子役をやっていたところ、かの有名な六代目尾上菊五郎に素質を見込まれてなんと六代目の妻の養子となって二代目大川橋蔵を襲名します。この大川橋蔵という名前はかつて一旦は引退した三代目菊五郎が舞台復帰したときに名乗った由緒ある名跡。それほど六代目に期待されていたんですね。しかしその六代目が亡くなって後ろ盾を失くすと、所詮は傍流ですから役に恵まれなくなり、ちょうど歌舞伎から映画界へ転身した市川雷蔵が大映で成功を収めていたことから、大川橋蔵も東映に入社して映画で活躍するようになったのでした。けれども大川橋蔵といえば、やっぱりフジテレビで水曜の夜8時からやっていた「銭形平次」のイメージが強烈に残っています。チャリーンで始まる人気時代劇は18年間放映されてまして、全888話というのはギネス記録なんだそうです。しかし大川橋蔵は残念ながらテレビシリーズが終了した1984年の暮れに病魔に侵されて五十五歳の若さで亡くなりました。当時はそんなに気にしませんでしたが、まだまだ若かったんですね。

監督のマキノ雅弘は早撮りの名人だったそうで、とにかくたくさんの作品を残していますが、その中でも特に印象的なのは『鴛鴦歌合戦』でしょうか。時代劇の衣を着たミュージカルになっていて、ディック・ミネが歌いながら江戸の町を練り歩く場面がいかにも粋な音楽劇でした。また牧野省三を父にもつマキノ雅弘の牧野家は芸能一家としても有名で、妻が轟夕起子、姉の夫が沢村国太郎、その妹が沢村貞子で弟が加東大介、国太郎の子供が長門裕之と津川雅彦。まだまだ他にもたくさん映画界に関係した親類が出てくるのですが、もうキリがないくらいの芸能一家なのでした。

【ご覧になった後で】大川橋蔵より淡島千景のお初に目が行ってしまいます

いかがでしたか?衣笠貞之助版の『雪之丞変化 総集編』を見たことがあるのですが、それに比べるとお初の扱いが全く違っていることに驚きました。衣笠貞之助版では伏見直江という女優がやっていまして、このお初が雪之丞に横恋慕しながらともかくいろんな邪魔をする蓮っ葉ないかさま女という位置づけなんです。それが本作における淡島千景のお初は江戸っ子っぽく啖呵を切りながらも情に厚く義理にも固い頼りになるキャラクターになっていて、義賊の闇太郎を食ってしまうほどの存在感があります。さらには淡島千景が美しいのに艶があって、ちょっとエロを感じさせると同時に爽やかさも醸し出していて、映画を見ていると自然と淡島千景に目が行ってしまうほど魅力的でしたね。本当に全盛期の淡島千景は美女というだけでない輝きがあって、こういう女優が日本映画の宝物だったんだなあと改めて感心してしまいます。

淡島千景に比べると大川橋蔵はちょっと中途半端な感じで、雪之丞も闇太郎もしっくりきませんでした。まず闇太郎として登場しますが、なんだかセリフ回しがゴロゴロしていて聞き取りにくいですし、雪之丞の女形としてのきれいさが今ひとつ伝わりません。舞台上での女形姿はともかく楽屋での雪之丞はとても立女形には見えず、せいぜい腰元って感じですもんね。まあコンパクトにまとめられているので、活躍する場面が少ないせいかもしれませんが、淡島千景が切れ味よく要所要所を締めてくれているのに比べると、本作の大川橋蔵はなんとも凡庸に見えてしまいます。

鈴木兵吾の脚本もちょっと端折り過ぎていて、たぶん原作では門倉平馬など雪之丞の別の敵役がそこかしこで絡んでくるのだと思うのですが、本作ではほとんど活躍の場がありません。よって雪之丞の剣の師匠である脇田一松斎の登場が非常に唐突に見えてしまいます。逆に衣笠貞之助版の「総集編」では削られていた北の方浪路が、意外にも行動的で物語を転換させる重要な役回りになっていました。大川恵子はなかなかの美人さんでしたが、名古屋の名鉄百貨店で勤めていたところをスカウトされたんだそうです。余計な話ですが、三越出身の池内淳子とはデパート対決とか言われなかったんでしょうか。

マキノ雅弘の早撮りのせいか、1時間半のコンパクト化のせいか、映画としてのディテールが結構いい加減に作られていたのが減点でして、例えば団扇太鼓を鳴らしながら練り歩く宗教団体が随所で出てくるところで、バチの動きと「ドンドン」という音が全く合ってなくてズレまくりなんです。これが気になって気になって仕方なかったですね。モブシーンを盛り上げる役回りであっただけに、音響さんももう少し頑張ってほしかったです。また随所に橋の場面が出てきて、最初のうちは橋とそのたもとを俯瞰でとらえて空間的な奥行きを出す撮り方がうまいななんて感じたのですが、次に出てくる橋の場面も同じセットで、さらにもう一か所このセットを使いまわした場面が出てきます。ひとつの作品で三回も同じセットを使うならキャメラマンがもっとアングルや構図を工夫して同じだと気づかせない撮り方をしないとダメですよね。こういうところが安普請に見えてしまい、たぶん公開に間に合わせるために効率重視で作ってしまった結果なんでしょう。

しかし中村座の前のオープニングと江戸を出立するエンディングでの、ちょっとジャズっぽい音楽の使い方などセンスを感じさせる演出が印象的だったのも事実です。早撮りマキノ雅弘としては、その良いところとマズイところが両面出てしまったようですが、そこを補って余りあるほど魅力的な淡島千景を見られたということで、結果的に好印象の作品ではありました。(T011322)

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