衣笠貞之助

昭和二十年以前

狂った一頁(大正15年)

衣笠監督が横光利一や川端康成らと結成した新感覚派映画聯盟の第一回作品で日本初の前衛映画と言われています。長らくフィルムが消失したと思われてきましたが、衣笠邸の蔵からフィルムが発見され復元されました。
昭和二十年以前

十字路(昭和3年)

『狂った一頁』に続いて衣笠貞之助が松竹京都撮影所で作ったのがこの『十字路』で、映画が完成すると衣笠は松竹を辞めてロシアを経由してヨーロッパに渡り、本作を「ヨシワラの影」という題名にして公開することになりました。
日本映画

地獄門(昭和28年)

永田雅一社長の指示の結果採用されたのは室内での露光でも撮影が可能なコダック社のイーストマンカラーシステムで、大映初のカラー作品は平安時代を描いた『地獄門』に決まり、アメリカ産ネガフィルムによって撮影されることになったのでした。
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