その場所に女ありて(昭和37年)

司葉子が広告代理店社員を演ずる当時では珍しいキャリアウーマンものです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、鈴木英夫監督の『その場所に女ありて』です。司葉子が演じているのは西銀広告なる広告代理店の営業部員で、大手代理店大通広告の宝田明とクライアントを取り合う広告業界の実態が描かれます。当時はまだ働く女性のことをBG(ビジネスガール)と呼んでいましたが、現在的にみれば日本映画におけるキャリアウーマンものの嚆矢ともいえる作品で、監督の鈴木英夫にとっての代表作でもあります。

【ご覧になる前に】東宝お得意のサラリーマンものとはかなり違うテイスト

銀座に本社がある西銀広告に出勤する矢田律子は入社7年目の27歳で、コピーライターから営業部に異動になってからは製薬業界のクライアントを担当しています。制作部の坪内チーフのもとにいる倉井がデザインしたラフ案をスカルノ目薬に提出したもののダメ出しをされた律子は、失業中の年下の夫を抱える姉から借金を申し込まれたり、同僚のミツ子が病気の男に貢いだりするのを見ると、真剣に男性と付き合う気が起きません。そんなときに難波製薬が強壮剤の新発売にあたって一大広告キャンペーンを打つという情報が入り、律子が予算枠を探りに行くとそこには業界最大手の大通広告から坂井という腕利き営業マンが来ていたのでした…。

西銀広告という社名の通り、本作は銀座が舞台になっていて、二年後に開催される東京オリンピックに向けての東京大改造が始まるか始まらないかの時期に銀座の街でロケーション撮影が行われています。屋上の場面で見えるのは左手に和光の時計台、右手にはレンガ壁に小さな四角い窓が並ぶ当時の朝日新聞本社ビル。街の交差点を渡る場面では、背景に「阪急」の文字が見えたりしますので、数寄屋橋あたりでもロケ撮影をしたようです。さすがに当時の銀座で一般の車両や通行人をストップしてエキストラのみの撮影は不可能でしょうから、街頭ショットはすべて望遠レンズで隠し撮りをしたのかもしれません。

鈴木英夫監督は、戦後すぐに大映で監督に昇進して『蜘蛛の街』というサスペンス映画で注目を浴びたんだそうです。スター俳優を使わずにロケーション撮影を多用した作品らしいので、当時からリアルな映像にこだわっていたようですね。新東宝を経て昭和29年に東宝に移籍してからは年に数本の作品をコンスタントに監督しています。フリーになってからはTVドラマに転じて、あのショーケンが主演した『傷だらけの天使』でも数話を担当しています。亡くなる直前の平成に入った頃にその実力が再評価されて、映画館で特集番組が組まれたこともあったとか。なにしろ本作を見るまでその存在すら知りませんでしたから、まだまだ未見のいろんな監督さんがいるんだなあと焦るような気分になりました。

脚本も鈴木英夫のオリジナルで、升田商二というほとんど無名の人との共同名義になっています。キャメラは逢沢譲で、黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』や岡本喜八の『独立愚連隊』で撮影を担当していますので結構有名なキャメラマンのようです。あと音楽もなかなか独自の雰囲気を持っていて本作のテイストに大きく影響しているのですが、池野成という人が担当しています。この人は伊福部昭のもとで民族音楽的な交響曲づくりを学んだという経歴をもっていて、本作と同じ年に川島雄三監督の『しとやかな獣』では能楽を効果的に使った映画音楽に挑戦していました。

主演の司葉子は東宝のイメージを代表するようなお嬢さんタイプの女優でしたから、本作の前年に小津安二郎が東宝に招かれて作った『小早川家の秋』のような父親思いの娘的な配役がぴったりくる存在でした。なので本作でのキャリアウーマン役は本人にとってもかなりのチャレンジングな役どころだったと思われます。対する宝田明はその『小早川家の秋』では司葉子の札幌に転勤になるという同僚で互いに意識しあうという役を演じていました。宝田明は東宝では恋愛ものから怪獣映画までなんでもこなす幅の広い俳優さんでして、本作でも広告業界のことを学ぼうと知り合いの電通関連会社の人に取材に行ったりしたそうです。

また、脇役も注目で、黒澤明の『天国と地獄』に出る前の山崎努、まだ大部屋役者的な時期の児玉清、主役を張る前の森光子、怪獣映画のヒロイン路線に行く前の水野久美など、後に有名になる俳優たちの姿が記録されています。また実力派では、悪役善人なんでもござれの西村晃、珍しく東宝作品に出た浜村純、相変わらず気の良さそうな稲葉義男、特撮ものの片隅にいつも出てくる伊藤久哉などが芸達者ぶりを発揮しています。

【ご覧になった後で】働くことが辛く思えるような暗いトーンが支配的でした

いかがでしたか?池野成の音楽が真綿で徐々に首を絞めるような倦怠感を誘いますし、キャメラと照明の関係なのか画面全体に突き抜け感がなくどうにもすっきりしない色調で、見ているうちにどんどんと気分がどんよりしてきてしまいました。広告業界を舞台にしているものの全く派手さはなく、職場のメンバーも誰一人として楽しく働いている人物は出てきません(稲葉義男は楽しそうでしたけど)。姉の森光子はいつも借金しに来るし、同僚の原知佐子は月3分の社内金貸し業に余念がないし、東宝のサラリーマンものにしては貧しさから抜け出せない感じが強調され過ぎていたのではないでしょうか。

司葉子演じる「矢田ちゃん」のセリフに「初任給8000円、入社7年目で2万1300円」と出てきますが、短大卒で広告業界に就職した女性社員の処遇としてはどんなレベル感かを調べてみますと、昭和37年の年次経済報告によると、全産業の常用労働者の平均賃金は2万7329円だったと記録されていますので、入社7年目の矢田ちゃんはまあまあなんじゃないでしょうか。それより7年で給与が2.7倍になっているということが驚きで、昭和37年の平均賃金増加率は前年に対して12.6%の増加だと記されています。当時は高度成長期の真っ只中ですから、毎年20%アップだと矢田ちゃんクラスでも月給がどんどんあがっていく時代だったようです。まあその分物価もあがっていくから決して楽な生活ではなかったんでしょうけど。

西銀広告はバックに毎朝新聞がついているという設定で、宝田明の大通広告が電通をモデルにしているとすると、西銀広告は読売広告社とか朝日広告社みたいな新聞広告を主に扱う準大手という位置づけでしょうか。本作の中でもデザインコンペはすべて新聞広告案での争いになっていて、まだTVのCMではないんだなと思いますし、でも新聞広告は映画的に一番ビジュアル化しやすい題材だったんだなーと感心してしまいました。

それにしても浜村純演じる坪内がライバル社からのオファーがあったにしても同じコンペにひとりで二種類のデザインも出すなんてアリですかねえ。百歩譲ってアリだとしても、なんで本名で大通広告とやりとりしているのかあまりに迂闊過ぎます。あとコンペのラフを見て、なぜ矢田ちゃんは坪内の作品だと気づいたのでしょうか。宝田明が「実は」とゲロってしまったのかそこらへんがよく描けていませんでした。まあ余計なお世話ですが、例えば坪内がペンネームで広告批評かなんか業界紙に寄稿していて、それを矢田ちゃんだけが知っていて、麻雀店でもその名前で呼び出しがあることを気にしつつ、コンペの場でラフ案にクレジットされているADの名前を見て、坪内の裏切りに気づく、みたいな伏線が用意されていてもよかったかなと思います。本当に余計ですけど。

しかしながら司葉子ってほとんど色気を感じさせず、タバコをふかしたり麻雀したりする姿は無理をして演じてはいるんでしょうけど、広告業界でバリバリやっていくためのキャリアウーマンの武装スタイルがなかなかハマっていたことは確かです。難波製薬課長の石田茂樹から酒の席でほんの少しだけ足を触られる場面はありますが、本作の中のセクハラシーンはここのみ。当時の女性社員に対するハラスメントはセクハラ、パワハラ、モラハラなどなんでもありが現実だったと想像されますので、西銀広告は働きやすいかどうかは知りませんが、当時の観客にすれば割と女性活躍に理解のある社風に映ったのではないでしょうか。まあ低レベルでの比較をして、他よりは良いと褒めるのもお叱りを受けるかもしれません。

本作はなんとサンパウロ映画祭で審査員特別賞を受賞しています。しかしそのブラジルの映画祭で、本作を筆頭に三年連続東宝の映画(『妻という名の女たち』『けものみち』)がグランプリないしそれに近い賞を受賞しているそうで、どうもサンパウロには東宝の支社があって、その影響力が強く受賞作に及ぶ賞だったようです。現地在住の日系人がたくさんいるからということで、藤本真澄あたりが宝田明と草笛光子に指示を出して、東宝作品を10本くらいもってハワイ、ロサンゼルス、サンパウロを回ってプロモーションさせたというエピソードがあるようです。

というわけで鈴木英夫の演出はサラリーマンものにしては暗めで、脚本もかなり雑な部分が目立ちました。肝心の司葉子と宝田明の関係が、営業のライバルからいつ恋愛に変化したのかが全く描けていないので、主人公二人のキャラクターがボヤけてしまったのが最大の欠点だったのではないでしょうか。しかし昭和37年当時に女性が社会進出することを正面切って描いた作品は他にはなかなか見当たりません。現在的にいえばTVドラマで頻繫にキャリアウーマンものが放映されているわけですので、女性を主人公にしたキャリアウーマンもののフロンティアとして、日本映画史に名を残すべき作品であることは確かだと思います。(T062822)

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