稲垣浩・黒澤明が戦国時代の落ち武者を主人公に脚本を書いた波瀾万丈物語
《大船シネマおススメ映画 おススメ度★》
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、稲垣浩監督の『戦国無頼』です。原作はサンデー毎日の連載された井上靖の小説で、脚色したのは稲垣浩と黒澤明。信長による城攻めで主君を失った落ち武者三人を主人公にして、そこに盗賊の娘と官女がからんで波瀾万丈の物語が繰り広げられます。大谷友右衛門主演による『佐々木小次郎』三部作を撮り終えた稲垣浩が黒澤明との共同脚本を得て、ドラマチックな傑作時代劇を作り上げました。
【ご覧になる前に】三國連太郎の契約で騒動が起きるきっかけになった作品
天正元年、織田信長の軍勢に包囲された浅井長政の小谷城で、明日討ち死にしようと主張する弥平次がまだ死ぬ気になれないと言う疾風之介と組み合います。そこへ疾風之介を慕う官女加乃がやって来ると、疾風之介は信濃で落ち合うことを約束して、城を逃げ出そうとした十郎太に加乃を託します。戦に敗れ傷を負った疾風之介は盗賊の娘おりょうに助けられますが、おりょうは琵琶湖で海賊に捕らえられてしまいます。その海賊の首領となっていたのは傷跡で顔貌が醜くなった弥平次でした…。
昭和27年はサンフランシスコ講和条約が発効された年で、GHQの占領から解放されたメジャー映画会社は、制約を課されていた時代劇を自由に作れるようになりました。争議で映画製作に影響が出た東宝でも昭和25年に森田プロダクションと共同製作した『佐々木小次郎』を公開すると、翌年にかけて『続 佐々木小次郎』『完結 佐々木小次郎 巌流島決闘』を完成させます。大谷友右衛門(四代目中村雀右衛門)主演の三部作を監督したのが稲垣浩で、片岡千恵蔵プロダクションで映画監督となった稲垣浩は日活に移籍しても時代劇を撮り続け、戦時統制で統合された大映京都撮影所では伊丹万作脚本の傑作『無法松の一生』を生み出しました。
昭和27年正月に東宝で公開された『荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻』の脚本を書いたのが黒澤明。黒澤は『姿三四郎』で監督デビューする前から他の監督に脚本を提供していて、森一生監督の『決闘鍵屋の辻』は三十六人斬りとして有名な仇討ち伝説を徹底したリアリズムで再構築した意欲作でした。言うまでもなく黒澤明は昭和29年に『七人の侍』で初めて時代劇を監督することになるのですが、この『戦国無頼』は『七人の侍』の製作に取り掛かる直前に黒澤明が書いた脚本になるわけで、しかも時代劇の名手である稲垣浩との共同脚本は本作しか存在しません。東宝時代劇を支えることになる両巨頭ががっぷり四つに組んで井上靖の小説をどんな映画にしようとしたのかがわかる貴重な作品だと言えるでしょう。
主人公の落ち武者たちを演じるのは三船敏郎、市川段四郎、三國連太郎の三人。三船敏郎の時代劇初出演作は、時代劇とジャンル分けして良いのかどうかは別にして昭和25年の『羅生門』でした。その後、昭和26年に稲垣浩の『海賊船』の主演、『完結 佐々木小次郎 決闘巌流島』での宮本武蔵役と続き、昭和27年の『決闘鍵屋の辻』となるわけですが、『七人の侍』の菊千代役や稲垣浩の「宮本武蔵シリーズ」の前ですから、三船敏郎にとって時代劇はまだ日が浅い頃の出演作という位置づけになります。
市川段四郎は二代目市川猿之助の長男で、團子・段四郎と襲名してやがては猿之助を継ぐだろうと思われたところで病に倒れた役者でした。映画界においても本作出演の前後に東宝と松竹で時代劇に出演した程度であまり活躍することなく、高杉早苗との間の長男が三代目猿之助を継いだ昭和38年に五十五歳で亡くなりました。猿之助を襲名できなかった市川段四郎にとっては本作が後世に名を残す唯一の作品かもしれません。
そして本作で東宝と松竹の間で騒動が起きるきっかけを作ったのが三國連太郎。社員扱いの研究生として松竹に所属していた三國連太郎に目をつけたのは稲垣浩だったらしく、三船敏郎に三國連太郎をからませたいと考えた稲垣浩の要望を受けて東宝が松竹に出演依頼を出しました。もちろん松竹は拒否したのですが、三國連太郎と松竹の間には正式契約が交わされておらず、東宝から高額の出演料を提示された三國連太郎は松竹に無断で東宝と出演契約を結びます。松竹から解雇すると言われた三國は、詫びを入れて東宝での出演もご破算にすることにして騒動は収まったかに見えたのですが、なんと三國は『戦国無頼』の出演を強行してしまったのです。松竹は正式に三國を解雇し、東宝と年間4本の出演契約を締結した三國は「アプレ・スター」と揶揄されることになりました。
この騒動にはさらにオチがあって、昭和29年に東宝で『宮本武蔵』の仕事をしていた三國は日活で『泥だらけの青春』に出演すると発表し、日活の映画製作再開に伴って永田雅一主導で調印された「五社協定」の違反第一号となったのでした。三國連太郎は昭和30年に日活と専属契約を結び、翌年その契約期間終了とともにフリーとなり、五社協定で所属会社に映画俳優たちが拘束されるのを横目にして、メジャー各社から独立プロまで幅広い作品で活躍することになっていきます。
【ご覧になった後で】明快なキャラクターとスピーディな展開が絶妙でした
いかがでしたか?三船敏郎が『七人の侍』や『宮本武蔵』以前にこのような時代劇活劇に出演していたことを全く知らず、稲垣浩と黒澤明の共同脚本作品だということも東宝時代劇を振り返る書籍を読んで認識をあらたにしたのですが、ステレオタイプな時代劇とは一線を画した面白さに圧倒されまして、このような作品こそ大船シネマの「おススメ映画」にふさわしいと得心した次第です。たぶん井上靖の原作が大衆小説として面白く出来ているんだとは思いますが、本作では三船敏郎、市川段四郎、三國連太郎の三人が演じたキャラクター像が非常に明快に描かれていて、個性的で魅力的な登場人物が観客にダイレクトに印象付けられることになりました。
三船敏郎は、忠義心を持ち義理堅く、誰にでもオープンマインドな疾風之介を体現するような存在感があって、山口淑子演じるおりょうが参ってしまうのもむべなるかなという男性的魅力に溢れていました。この時期の三船敏郎は、黒澤監督の『静かなる決闘』や『醜聞』では社会課題に立ち向かう勇敢な主人公を演じてはいますけど、時代劇でのヒーロー像はまだ確立していませんでした。弥平次を見捨てられないといって討ち死に覚悟で城に残る潔さをもつ疾風之介に三船敏郎を当てたのは、『決闘鍵屋の辻』で演じた荒木又右衛門役がヒントになったのかもしれません。どの配下に入っても仲間たちから信頼される疾風之介のキャラクターを三船敏郎が存分に膨らませたことで、クライマックスで香川良介の兵部が縄梯子を引き上げて疾風之介に生き延びろと告げる展開にも納得感が出たのだと思います。
市川段四郎は深手を負って醜い顔になったことで盗賊の首領でありながらもコンプレックスをぬぐい切れないという弥平次の複雑な心境をうまく表現していて、荒くれ者の手下からおりょうを守る筋立ても観客にとっては素直に受け取ることができました。派手な立ち回りはなく、疾風之介と取っ組み合うシーンも剣戟には発展しないですし、市川段四郎でなければやや滑稽な人物になってしまうところですが、肚が座ったどっしり感があるので、丹波の八上城にいる疾風之介のもとにおりょうを連れて行く保護者っぽい行動も見ていて不自然ではありませんでした。
そして本作出演で騒動を巻き起こした三國連太郎は、三船敏郎・市川段四郎と並んでも一歩も引けを取ることのない個性を打ち出していて、しかも三人の中で最も功名心が高く自己中心的な十郎太にぴったりハマっていましたね。加乃と一緒に逃げるとかおりょうとばかり出会うとかいう展開になると、どうしても艶話になりがちなところを三國連太郎の演技には色気より出世だという方向に引っ張っていく力があり、本作を余計な脇道に迷い込ませることなく、ストールー展開にスピード感を与える一因になっていたと思います。そして自分の仕掛けた罠にはまって火縄銃の弾を浴び、配下に見捨てられて絶命するところも当時の新人俳優としては十分過ぎるほどの悪役ぶりだったといえるでしょう。
稲垣浩と黒澤明の共同脚本は、まさに二人の個性が良い方向に相互作用していて、本作を単なる講談調の活劇ではなくキャラクターが立った群像劇に仕立て上げていました。稲垣浩も黒澤明も観客を楽しませることにおいては職人の腕がなるところで、小谷城落城から落ち武者三人それぞれの顛末を描き、そこにおりょうという女性をからませて再び三人が丹波八上城で相まみえるというストーリー運びに全く綻びは見当たりません。そこにやや高邁とも思える理想を加えて、それを伏線にしてクライマックスに高めていったのはたぶん黒澤明の筆のなせる技だったんでしょう。「空に向って飛んでいきたい」というような理想を語る疾風之介のセリフはややわざとらしいですし青臭くも感じられますけど、疾風之介を追い求めるおりょうは加乃の存在を目の当たりにすると自らの恋心を封印して自ら「高みから跳ぶ」ことを実践して崖から飛び降りる自死を選びます。歯の浮くようなセリフが結末になってズシンと響いてくる構造は黒澤明ならではのシナリオづくりだと思われます。
しかしながらおりょうが理想論をつぶやくのはほんの1シーンだけであって、本作におけるおりょうは勝気でお転婆で男勝りで人恋しい激情型の女性として描かれています。山口淑子の熱演もあっておりょうが疾風之介を拾う中盤からは、本作は落ち武者三人とおりょうの四人を追いかける構成を取るようになり、物語の牽引役になるのはおりょうです。このような力強い女性の描き方はたぶん稲垣浩によるものでしょう。黒澤明の作品で女性を主人公にしているのは『一番美しく』と『わが青春に悔なし』くらいですし、おりょうは黒澤明の手に余るようなキャラクターのように思えます。
このようにして黒澤明と稲垣浩の共同脚本は互いの長所が最大限に発揮されて見事な群像劇を生み出すことになりました。稲垣浩の演出は数少ない戦の場面でやや落ち着かないショットが続いたりカッティングのまずさが垣間見られたほかは、俳優の演技を損なわない画角と適切な長さのショットを的確に配置していて安定感がありました。キャメラマンの飯村正にとって本作は撮影技師昇格後4作目にあたり、大勢のエキストラを使って田舎道を蛇行しながら歩く軍勢をとらえたロングショットなど印象的な映像を見せています。また團伊玖磨の重厚な音楽も本作にマッチしていましたね。
そんなわけでアクションあり忠誠心あり友情あり三角関係ありすれ違いありのゴッタ煮時代劇の本作は、東宝が『七人の侍』を世に出す前にオリジナリティ溢れた時代劇を作り出そうとした意欲作であって、日本映画史的にあまりスポットを浴びていないのが惜しまれる佳作でもありました。プロデューサーの田中友幸にとっても初めて本格的に製作した時代劇だったようですし、トラブルを乗り越えて三國連太郎をわざわざ出演させたわけですから東宝にとっても大きなチャレンジだったのでしょう。サブスクでは視聴リストに見当たらず、中古DVDも高価で今回YouTubeにアップされた映像で見たのですが、デジタルリマスター化が望まれる一本であることは間違いありません。また各種記録では上映時間135分となっているものの、YouTube配信は105分しかなかったので、完全版でしっかり再見したい作品でもあります。(Y103025)

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