霧笛が俺を呼んでいる(昭和35年)

二十一歳で早逝した赤木圭一郎の代表作で元ネタはあの『第三の男』です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、山崎徳次郎監督の『霧笛が俺を呼んでいる』です。主演の赤木圭一郎は昭和35年に年間12本の作品に主演して、日活の看板俳優のひとりになっていました。本作はその赤木圭一郎の代表作とも言える一本でして、映画を見ているうちに自然と気がつくのですが、キャロル・リード監督の不朽の名作『第三の男』とほぼ同じキャラクター設定とストーリー展開になっています。翌年2月に日活撮影所内で起きたゴーカート運転時の衝突事故で赤木圭一郎は二十一歳の若さで亡くなってしまいますので、本作は赤木圭一郎の絶頂期の姿を残す貴重な作品になっています。

【ご覧になる前に】舞台となる横浜でのロケ撮影が当時の記録になっています

横浜港で船が停泊することになったので、一等航海士の杉は旧友の浜崎に会うために横浜の街に出かけます。ところが立ち寄ったバーで浜崎が海に入って自殺したと聞かされ、その現場を訪れた杉は、浜崎の恋人だったという美也子と出会います。警察の森本刑事は浜崎が麻薬の売人であったことを杉に告げますが、入院している浜崎の妹ゆき子を杉が見舞いに行くと、ゆき子は兄が自殺するはずはないと杉に訴えるのでした…。

本作は横浜が舞台となっているためいろいろな場面でロケーション撮影をしていて、横浜の街や建物が映像として記録されています。山下公園にはまだ氷川丸が係留されていませんし、公園越しに見える建物も横浜ニューグランドホテルくらいしかありません。また玄関車寄せの楕円形の屋根が特徴的な社会保険横浜中央病院は現在と同じ建物ですが、石川町側には運河が残っていてもちろん首都高もまだ建設前です。杉が宿泊するのはバンドホテルで、港の見える丘公園のふもとにあったホテルです。進駐軍に接収されていたのが返還されてまだ5年も経過していない時期の外観が本作では使われていますが、現在では取り壊され、その跡地はディスカウントストアになっています。

また横浜ではないのですが、クライマックスには日比谷にあった日活ホテルが登場します。日活ホテルは昭和25年に日活国際会館としてオープンした地上九階、地下四階のビルで、六階から上の上層階部分がホテルになっていました。皇居を眺めることができる都心の最新ホテルでしたから、来日したマリリン・モンローが宿泊したり石原裕次郎と北原三枝の結婚披露宴が行われたりと芸能関係者が集まるホテルでした。また地下には自走式の駐車場が作られ、当時としては地下に車が停められるビルは画期的だったといいます。眺望の良さも地下駐車場も本作では効果的に使われていますので、それも見どころのひとつと言えるでしょう。

赤木圭一郎は石原裕次郎・小林旭に次ぐ「第三の男」として日活からデビューしました。実家が鵠沼海岸にあり、デビューした後は同じ湘南出身だということで東宝の加山雄三と親交があったとか。日本人離れした風貌がトニー・カーティスに似ていたのでトニーの愛称で人気を集めましたが、日活の売り出し路線は俳優を馬車馬のように働かせることになり、いつも睡眠不足に悩んでいたのだそうです。本作が公開された昭和35年には年間12本の作品に出演したという記録が残っているので、現在でいえば労働基準法違反の超過勤務だったのでしょう。石原裕次郎が骨折して映画出演が不可能になったとき、代役として出演した『激流に生きる男』に出演中に事故死したのは、日活にとっては不幸で皮肉な結果となってしまいました。赤木圭一郎が生きていたら裕次郎を凌ぐスターになっていただろうという人もいて、赤木圭一郎を失った日活は次第に斜陽の波にのまれていき、日活ホテルを擁した日活国際会館も十年後の昭和45年に三菱地所に売却されることになったのでした。

【ご覧になった後で】ムード歌謡調無国籍アクションですが全体に凡庸でした

いかがでしょうか。見ているうちに、主人公の旧友が実は死んでいなかったり、旧友の恋人に思いを寄せるようになったりして、やっぱり『第三の男』のパロディだなと気づく方が多かったのではないでしょうか。ジョゼフ・コットンが赤木圭一郎でアリタ・ヴァリは芦川いづみ、トレバー・ハワードが西村晃、そしてオーソン・ウェルズは葉山良二。一度は船で旅立とうとする赤木圭一郎のもとに西村晃からの封筒が届き、そこに葉山良二の売薬に侵された娘の写真が入っているのを見て旧友を裁く決意をするというストーリー展開も『第三の男』そのものでした。もちろん『第三の男』では、駅に向かう途中に立ち寄った小児病院でベッドを見下ろすジョゼフ・コットンの表情を映すだけで、何が起きたのかを観客に想起させるキャロル・リードの演出は見事で、その映像的表現には本作は到底敵わないわけですけど。

さらには葉山良二ではオーソン・ウェルズどころか風船売りあたりが関の山という感じのボヨヨンさで、まったくのミスキャストでした。その登場シーンもダメダメで、洋館のソファで黒猫を抱いている後ろ姿をキャメラが寄って映すショットは、オーソン・ウェルズのハリー・ライムが白猫に導かれて闇から浮かび上がるという場面の本歌取りで良いかなと一瞬思わせるものの、次のショットではなぜか部屋全体を引きで映して、赤木圭一郎と葉山良二の二人を漫然と画面に配置させるだけになります。なんでここで葉山良二のアップに行かないんでしょうかねえ。あまりに凡庸な演出なので、観客は幻滅感で瞬殺されてしまう思いだったでしょう。

監督は山崎徳次郎という人ですが、本当に映画作りをわかっていたのか疑問に思ってしまいます。この人は日活専属だったようですが、本作くらいしか目に留まる作品は残していないようですね。また脚本を熊井啓が書いているというのもちょっとした驚きで、『帝銀事件死刑囚』で監督デビューするのが本作の四年後のことですから、本作製作時は会社に言われるままに適当に書き流していた時期だったのかもしれません。『第三の男』を意識したという点では、葉山良二がいきなり地下壕に降りて行って刑事に追跡させるという場面などに『第三の男』の地下水道を再現しようという心意気が感じられますが、設定上の必然性がなく猿真似くらいの意味しかない場面になってしまっていたのが残念なところです。

しかしながらクライマックスで日活ホテルを利用した外壁の場面は、ビルの上から地上を見下ろす構図などをふんだんに取り入れて、なかなかの盛り上がりを見せていました。窓ふき用ゴンドラのワイヤーが切れたりするところはスタントマンを使っているのだと思いますが、結構スリリングに撮られている反面、非常階段から葉山良二が落下するショットはなんだかダッチワイフ風のちゃちな人形を放り投げただけのように映っていて、もう少し丁寧さを持続させてほしいところではありましたね。

赤木圭一郎はバタ臭い容貌のわりには繊細さを醸し出していて、裕次郎や小林旭とは明らかに違う陰影の出し方ができる人のように見えます。また、芦川いづみは本作撮影時にはまだ二十四歳という若さなのになぜか落ち着き過ぎていて、ちょっとアリタ・ヴァリ役は向いていなかったかなという違和感が残りました。それよりも吉永小百合のはち切れそうな頬っぺたがすべての印象をさらってしまう感じで、クレジットには「新人」となっていますが本作は吉永小百合のデビュー四作目くらいにあたります。

最後に蛇足ながら「霧笛」とは灯台に併設されている「霧信号所」が発信する音のことをいい、霧や雪などで船舶が光を認識できないときに音で信号所の方位を知らせるために鳴らすサイレンやホーンのことです。船がボーッと鳴らすのは蒸気による「汽笛」で、蒸気機関車も危険を知らせるときなどに、船と同じように蒸気で汽笛を鳴らします。「霧笛が俺を呼んでいる」というとなんとなく船を思い浮かべてしまいますが、実際は霧の港に誘導するための霧信号所のホーンが霧笛なわけでして、本作においては船乗りの赤木圭一郎が港の信号所の音に呼ばれるようにして港に帰ってきたという意味合いだったのかなと思います。もっとも「汽笛が俺を呼んでいる」じゃサマにならないですもんね。(A041822)

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