荒野の決闘(1946年)

OK牧場の決闘を描いた、ジョン・フォード監督の傑作西部劇

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・フォード監督の『荒野の決闘』です。ジョン・フォードといえばアカデミー賞監督賞を四度も受賞した名監督で、特に『駅馬車』や『黄色いリボン』などジョン・ウェイン主演の西部劇が有名ですよね。ジョン・フォードは、第二次大戦中にはアメリカ海軍の戦意高揚ドキュメンタリーを撮っていたので、この『荒野の決闘』は、戦後における劇映画への復活作品でもありました。そのためなのか、西部劇なのにドンパチやるガンファイトシーンが少なくて、ある意味で恋愛映画ともいえるようなロマンチックかつのどかな雰囲気を湛えた作品になっています。1881年にトゥームストーンのOKコラルで実際に起こった銃撃戦に向けて物語が進みますが、主役のワイアット・アープをやるのがヘンリー・フォンダ。相方となるドク・ホリディはヴィクター・マチュアが演じています。

【ご覧になる前に】ちょっと退屈かなと思っても1時間後に面白くなります

カリフォルニアに牛を運ぶためアープ四兄弟はトゥームストーンの町に立ち寄ります。しかし牛の番をしていた四男が射殺され、すべての牛が何者かに盗まれてしまいました。長男のワイアットは経験をいかして町の保安官の職につき、弟を殺した犯人を突き止めようとします。そこへ町の賭博場を取り仕切っているドク・ホリディが現れ、ワイアットと一触即発になるのですが…。

ジョン・フォード監督が西部劇の大家だと知っていても、はっきりいって映画が始まってから1時間はかなりオールドファッションな進み具合で、退屈な作品だなと感じるかもしれません。しかしご安心ください。残りの30分が俄然面白くなります。具体的には日曜午前の礼拝が終わったあとのダンスシーンあたりからが見ものです。そのジョン・フォードは、映画監督であると同時にアメリカ海軍の軍人でもありました。1951年には朝鮮戦争の記録映画を撮影するために日本に立ち寄ったことがあります。帝国ホテルにジョン・フォードが宿泊しているという情報を嗅ぎつけた映画評論家の淀川長治氏は、ホテルのルームサービス係からジョン・フォードの部屋番号を聞き出すと、思い切って部屋に電話をかけたそうです。すると電話口に出たのはジョン・フォード本人。ロビーで会うことになった淀川氏はついには部屋に招かれて、映画の話で大盛り上がり。そのせいでフォードと面会するはずだった海軍大将に隣室で30分も待ちぼうけを食わせたのだとか。そのときに一番のお気に入りの作品を淀川氏が尋ねると、フォードの答えは『わが谷は緑なりき』。『荒野の決闘』ではなかったのですね。

よく言われていることですが、「OK牧場」とは1957年のジョン・スタージェス監督作品『OK牧場の決斗』ではじめて使われた名称なのだそうです。”Corral”は「馬の囲い場」のような意味で、要するに「馬専用の駐車場」みたいなものでした。西部劇でよく馬に乗ったガンマンが酒場につくと、柵に手綱を巻いて酒場に入っていく場面が出てきます。鍵もかけずに馬を盗まれたりしないのかな、といつも思って見ていたのですが、たぶん実際には「馬駐車場」で馬を預かってもらうような仕組みになっていたのですね。そのOKコラルでの銃撃戦が本作のクライマックスとなっています。スタージェス監督の『OK牧場の決斗』をご覧になったことがある方は、その描き方における違いに注目していただくと良いかもしれません。

【ご覧になった後で】ワイアットがクレメンタインにキスする不思議

建設中の教会の前で繰り広げられるダンス。ワイアット・アープのステップがいかにも東部出身のクレメンタインとマッチしない田舎男風なところで笑わせておいて、その後に続くたたみ込むような急展開には思わず引き込まれます。例えばドク・ホリディが馬車で町を去ろうとするのをワイアットが追いかけるシークエンス。ワイアットは途中で馬を取り変え、馬車道ではないところを近道していくのですが、映像の組み立て方(馬車の走る方向やキャメラが左右どちらにパンするかなど)が優れているので、ものすごい勢いで爆走する六頭立ての馬車にワイアットが追いつく過程が観客によく伝わってきます。またクラントン一家が待つOKコラルへとワイアットたちが向かっていく場面。保安官詰所を出た次が、OKコラル側から縦方向に町全体をとらえた超ロングショットになります。明るい空の下の乾いた町の、その奥にワイアットたち数人が豆粒のように歩き始めるショットは、この映画の中でのいちばん強烈な印象を残すのではないでしょうか。そしてOKコラルでの銃撃戦の場面では、駅馬車が走り去るときの土埃と、柵の中で暴れまわる馬たちが効果的に使われていました。単純な撃ち合いではなく、相手が見えないときの焦りというかもどかしさというか、そんなリアリティに溢れたガンファイトになっていて、たぶん黒澤明がジョン・フォードを好きだったというのは、こんなところだったのかなと思ったりします。

ラストシーンでワイアットがクレメインタインの頬にキスするショットが出てきますが、ちょっと変だと思われませんでしたか。なんだか背景の空が書き割りのようで、明らかに光の感じも違っていました。実はあのショットだけ、後撮りでインサートしたものだったのです。ジョン・フォードはキスシーンなどは撮影せず、最後までワイアットを奥手の内気な田舎者として描いていました。ところが映画が完成したあとで、プロデューサーのサミュエル・G・エンゲルがキスシーンの追加を指示したのだとか。ワイアットは別れ際にクレメンタインに向かって「クレメンタインっていい名前ですね」と言い残していきますが、キスをした後でこのセリフはあまりに変ですよね。キスもできない男だからこそ、好きであることを「いい名前」としか言えないわけで、このキスシーン追加は大失敗だったのではないでしょうか。ちなみにこれらの改変がなされる前の、尺の長い「試写版」というバージョンがあるようで、それが日本公開時に映画館にかかったのではないかという説もあるようです。映画評論家の小林信彦は、ワイアットがキスなんかするはずないと思い込んでいて、本作を再見したらやっぱりキスシーンがあったので驚いた、とエッセイに書いていますが、実は本当にキスシーンがない「試写版」を見ていたのかもしれません。

ドク・ホリディ役のヴィクター・マチュアが本当にハンサムで、『OK牧場の決斗』のカーク・ダグラスとは全く違ったイメージをつくっていました。特に芝居役者を連れ戻そうとする場面で、「ハムレット」の有名なセリフを諳んじるところ。当時の西部の田舎町でシェイクスピア劇なんかが上演されていたのかどうかわかりませんが、少なくともドクはシェイクスピアを暗記するほど読んでいるわけで、そこにワイアットとの生まれ育ちの違いが際立ってくる効果がありました。そんな感じはヴィクター・マチュアだから醸し出せたのだと思います。ちなみに字幕では省略されていましたが、クレメンタインははるばるボストンからドクを追いかけてきたことになっています。もちろん鉄道を乗り継いできたのでしょうが、そのはるかな距離を思うと、『荒野の決闘』は東部と西部が埃っぽい町で出会う異文化邂逅の映画だったと言えるでしょう。

この映画には酒場の楽団が演奏するBGM以外にはほとんど音楽が流れません。ジョン・フォードは音楽を使わない西部劇をつくってやろうと挑戦したようです。『OK牧場の決斗』においてフランキー・レインが歌う「OKコラルには悪党がいて最後の決戦に立ち向かおうとしているところなのさ」みたいな講談調の説明はいっさいありません。だから、銃撃戦があるにもかかわらず見たあとの印象は椅子に座ったヘンリー・フォンダとイコールで、長い足を柱にもたせかけている姿がなんとなく思い出されるのです。西部劇の傑作と呼ばれているものの、今見るとそれほどでもないかなとも思える一方で、その静かな印象が消えない作品であることは確かです。(A100621)

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