マルタの鷹(1941年)

ハンフリー・ボガードの出世作かつジョン・ヒューストン初監督作品です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』です。原作はダシール・ハメット。推理小説においてハードボイルドタッチのスタイルを確立した人で、レイモンド・チャンドラーなどに大きな影響を与えた小説家です。この『マルタの鷹』は小説が発表されるとすぐにワーナー・ブラザーズが映画化権を獲得し、1930年代に二度映画化されていたんだそうです。あえて三度目の映画化に挑戦したのが、初めて監督をやることになったジョン・ヒューストン。そしてそのヒューストンの推薦で主役のサム・スペードを演じたのがハンフリー・ボガードでした。この『マルタの鷹』が大ヒットして、ボガードは翌年にはあの有名な『カサブランカ』に主演。さらに『三つ数えろ』でフィリップ・マーロウを演じて、ハードボイルドのシンボルになっていくのでした。

【ご覧になる前に】セリフをよく聞かないと展開がつかめないお話です

サンフランシスコの探偵事務所「スペード&アーチャー」にブリジッドと名乗る女性が、妹を駆け落ちした男から連れ戻したいと相談に来ました。そこでアーチャーが男との面会に立ち会うことにしたのですが、アーチャーは何者かによって銃殺されてしまいます。サム・スペードはアーチャーの妻と不義の関係にあり、警察から疑いをかけられますが、サムはブリジッドが怪しいと狙いをつけます。ブリジッドを問い詰めたサムは、彼女がイスタンブールからあるものを運んできたことを知るのですが…。

開巻後すぐに探偵事務所でブリジッドの相談が始まりますが、そこからほとんどセリフを中心にしてストーリーが展開されるので、セリフをよく聞かないと、というか字幕をよく見ないと話についていけません。そこらへんが要注意です。しかも登場人物が話すことには、嘘と真実が入り乱れていますし、本音と建て前、実力とこけおどしなどの見分けがつきにくく、プロットを追うのとキャラクターを把握するには集中力が求められます。けれどもだいたいを把握できてくれば、あとは大丈夫。サム・スペードはここではこうやってくるんじゃないか、みたいな予測がついてくるので、だからこそサム・スペードのキャラクターがハードボイルドの典型になったのだろうと思います。

ハンフリー・ボガード以外の脇役も個性的な俳優が揃っています。まずはピーター・ローレ。ヒッチコックのイギリス時代の作品『暗殺者の家』や『間諜最後の日』の印象が強烈でした。「大男」役のシドニー・グリーンストリートはイギリスの舞台俳優。本当に身体のサイズが巨大で、この映画でも彼が座る椅子は彼専用の特注品。わざわざ巨大なものをしつらえたのだとか。あとクレジットタイトルには出てきませんが、ジョン・ヒューストン監督の父親ウォルター・ヒューストンが特別出演しています。ハンフリー・ボガードとウォルター・ヒューストンは、後に『黄金』で共演することになります。

【ご覧になった後で】ハードボイルドにはタバコが必須なんでしょうか

いやー、わかりにくい話でしたね。肝心の「マルタの鷹」がいつどこから誰によって船長(これがウォルター・ヒューストン)の手に渡ったのかがよくわかりませんでしたし、なぜ船長は瀕死の状態でサムの事務所に届けにきたのでしょうか。大男とカイロの関係だとか、不義相手のアーチャーの奥さんが途中で存在感をなくすとか、脚本もジョン・ヒューストンなのですが、結構いろんなところを端折ってしまっているように感じました。また、基本的にはセリフ劇なので、映像で観客に訴えるような表現がなく、見ていてもワクワクさせられる場面がほとんどなかったのが残念です。唯一、ハンフリー・ボガードとシドニー・グリーンストリートの対面場面で、「視線の一致しない切り返し」が用いられていたのが注目すべきショット構成でしたけど。ハンフリー・ボガードとウォルター・ヒューストンが共演して、ジョン・ヒューストンが監督した『黄金』は1948年の作品ですが、こちらは見事に映像表現で押し切っていくタイプの映画。そういう意味では、『マルタの鷹』はハンフリー・ボガードによるサム・スペードのキャラクターが炸裂した、登場人物の個性が売りの作品だと言えるでしょう。

ブリジッド役のメアリー・アスターはサイレント映画時代からの女優らしいですが、なんとなく胡散臭い感じで、嘘で固めた女性という役どころがぴったりでした。また、リー・パトリックという女優がやった秘書のエフィー。サム・スペードに惹かれているという設定だとしても、サムに足を触られても抵抗もしないし、ブリジッドを匿ってくれと指示されれば実家に連れて行くし、深夜の電話で荷物を受け出してこいと言われても笑顔でやってくるし、本当にこんな秘書っているんでしょうかね。ハードボイルドの世界ではお決まりの女性像なのかもしれませんが、キャリアウーマンである秘書業の描き方があまりに古いと言わざるを得ません。

そして重要な小道具がタバコです。サムはいつでも紙の上にタバコケースから葉っぱを振って均等にならし、紙の一辺を舐めてからくるくる巻きにします。原作ではどうなのかわかりませんが、そんな手間のかかる紙巻タバコにこだわりがあるというのがサムの性格設定。大男の部屋では勧められるままに葉巻をプカプカやっているので、お金の問題だけかもしれませんけど。あと興味深かったのがライター。マッチを擦っているように見えますが、あれはマッチ型のライターで、他の映画ではなかなか見られないものでした。調べてみると、「ロンソン・オクテット・タッチチップ・テーブル・シガー」という商品のようです。右側の凹部にささっているマッチの形をしたスチールストライカーの先端で、中央部の突起した発火ボタンを押し下げると、アルコールランプの芯状になったストライカーの先に火が点く構造です。ボチっと押すたびにジュポっと火がつくのが、白黒画面の中で光が明滅してハードボイルドな雰囲気づくりに貢献していました。このRonson社の製品は、アメリカの中古品売買サイトで「1930年代」のものとして出品されています。ひょっとしたら『マルタの鷹』の製作年度を考えると、ちょっと流行遅れっぽい感じを出すために使われたのかもしれません。

映画のラストで、マルタの鷹を前にして警官が「これは何なんだ」と訊くとサム・スペードは「欲望の塊さ」と答えます。この名セリフは、和田誠が1970年代後半にキネマ旬報誌に連載していた「お楽しみはこれからだ」で取り上げられていました。しかも連載が始まったばかりの回でだったと思います。映画ファンにとって最も有名なセリフのひとつを確かめることができるのも、本作を見る楽しみのひとつでしょう。(A100921)

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