黒蜥蜴(昭和43年)

三島由紀夫の戯曲を丸山(美輪)明宏主演で深作欣二が映画化した松竹版です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、深作欣二監督の『黒蜥蜴』です。江戸川乱歩の探偵小説を三島由紀夫が戯曲にしたのは昭和36年のことで、翌年には大映が京マチ子主演で映画化しました。本作は二度目の映画化となる松竹版で、舞台でも黒蜥蜴を演じた丸山明宏が主演をつとめました。監督の深作欣二は東映でアクションものを撮っていましたが、松竹製作作品での監督は本作がはじめてで、なぜ本作を深作欣二が監督することになったのかはよくわかりません。

【ご覧になる前に】溝口とコンビを組んだ成澤昌茂と深作欣二が脚色しました

深夜のビル街の一角、ある扉を開けてビアズリーの絵を壁にあしらった通路を進むと、そこは無数の男女が入り乱れるナイトクラブでした。探偵の明智小五郎は居心地の悪さを感じながら、店の女主である黒蜥蜴と会話を交わします。ナイトクラブから連れ去られた若い男が死んだという記事を目にした明智は、死体安置室でその死体が盗まれたことを知ります。黒蜥蜴は緑川夫人を名乗って大阪の宝石商岩瀬に近づき、岩瀬の娘早苗の誘拐を企みます。岩瀬が所蔵する時価1億数千万円の「エジプトの星」に狙いをつけてのことでしたが、岩瀬は早苗の警護を明智小五郎に依頼するのでした…。

江戸川乱歩の「黒蜥蜴」は、昭和9年に雑誌「日の出」に連載されました。宝石を狙う女賊黒蜥蜴と探偵明智小五郎との対決を描いた通俗長編小説で、本格推理ものが不振で一時期スランプに陥っていた江戸川乱歩は本作で人気を取り戻し、乱歩の代表作のひとつに数えられることになりました。主人公明智小五郎は乱歩の「D坂の殺人事件」で初登場したキャラクターで、当初はもじゃもじゃ頭で探偵小説好きの書生という設定だったのが、徐々に洗練されていき警察からも一目置かれる洋装の名探偵に変化していきました。

子供の頃から江戸川乱歩の小説を愛読していた三島由紀夫は、乱歩の「黒蜥蜴」を舞台上演用に戯曲化し、昭和36年に雑誌「婦人画報」で発表しました。舞台プロデューサー吉田史子のために書きあげられたとも言われていて、翌年サンケイホールにおいて水谷八重子と芥川比呂志の主演で上演されています。御多分に漏れずメジャー映画会社が映画化しようと、舞台の幕が上がる前からオファーが殺到したそうですが、吉田史子プロデューサーはその中から大映に映画化権を与えることにしました。それまで三島由紀夫のいろいろな小説は、松竹(『夏子の冒険』他)東宝(『潮騒』他)、日活(『美徳のよろめき』他)大映(『炎上』他)の四社で映画化されていましたが、昭和35年に三島が主演した『からっ風野郎』が大映東京撮影所製作だったことも影響したかもしれません。

初回上演の黒蜥蜴役は水谷八重子が演じましたが、昭和43年に松竹・東急提携15周年記念公演として再演されたときに主演をつとめたのが丸山明宏でした。在日米軍のキャンプで歌のアルバイトをしていた丸山明宏は、「銀巴里」でシャンソン歌手として登場するとその美貌で瞬く間に文化人たちに注目され、中でも三島由紀夫は「天上界の美」として丸山明宏と交流を持つようになります。本作出演時の丸山は三十三歳で、この二年後に三島由紀夫は割腹自殺を遂げます。丸山明宏は三島の死後、法要の際に頭に浮かんだという「美輪」に改名し、舞台俳優や歌手、TVタレントの美輪明宏として活躍することになったのでした。

脚色を担当したのは深作欣二と成澤昌茂の二人。成澤昌茂は、『噂の女』『楊貴妃』『新・平家物語』で依田義賢とともに溝口健二監督作品の脚本を書いた人で、溝口の遺作『赤線地帯』は成澤昌茂の単独脚本作でした。昭和30年代後半以降、東映を中心としてメジャー各社に多くの脚本を提供していますが、『四畳半物語 娼婦しの』『花札渡世』という東映作品ではメガホンをとって監督までやったことがあります。もっとも脚本家が監督業に手を伸ばしても橋本忍のように失敗することが多いようで、その後のキャリアでは監督作品は見当たらず、新藤兼人の『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』に出演して溝口健二に関してインタビューに答えるシーンが残されました。

【ご覧になった後で】丸山明宏のプロモーションビデオを見ているようでした

いかがでしたか?本作はまさしく丸山明宏を美しく撮るために作られたのではないかと勘違いするくらい、全編丸山明宏のワンマンショーであり、プロモーションビデオを見ているような気分にさせられました。とにかく丸山明宏のクローズアップショットが多く出てきて、しかもソフトフォーカスなので丸山明宏の顔が美しくもあり幻影のようにも見えてきます。また場面ごとに変わる衣裳も見どころで、シックなワンピース、男装のスーツ姿、キラキラ光るゴージャスなロングドレスなど、丸山明宏のファッションショーが繰り広げられるかのようでした。

その中でも特に終盤の孤島にある人体美術館の場面での上から下まですべて毛皮の白いロングコートを着た丸山明宏が印象に残ります。深作欣二は数か所で天井から人物を捉えた俯瞰ショットを使っていますが、一番映像美として完成されていたのがこの場面でした。ソファに横たわる丸山明宏のコートの白くて長い毛先がパーっと広がるのを俯瞰で映しているため、丸山明宏の存在感そのものが画面いっぱいに華ひらくように感じられ、そこはかとない悲壮感も表現されていたと思います。

そしてエンディングにもこれでもかというくらいに丸山明宏がポーズをとるスティルショットが繰り返され、念押しするように丸山明宏がフィーチャーされていました。一方で丸山明宏の演技のほうは、映画なのに舞台向きの演じ方をしていました。たぶんそれは意図的にやっているんでしょうし、やや芝居がかった演技が黒蜥蜴というキャラクターを戯画化するような効果が出ていました。美しいものをそのままの形で自分のものにしたいという設定や明智小五郎が長椅子の中で死んだと思い込んで西陣織の座面に接吻を繰り返す行為などから、黒蜥蜴のネクロフィリアぶりがあぶりだされて、美しいんだけど同時に気持ち悪くもあるという丸山明宏の境界線のない魅力が十二分に引き出されていたと思います。

深作欣二はこのように丸山明宏を前面に押し出しながらも、他の場面では全体を映さない急激な移動ショットを多用して、本作の舞台となる大阪と東京を無国籍都市のように見せることに成功していました。冒頭のナイトクラブに潜入する移動ショットでも、ライオンのドアノッカーのクローズアップショットがそのまま移動ショットになり、壁面の暗赤色のモザイク模様を接写しながら舐めていきます。観客はナイトクラブに到達するまで、この暗い通路の全貌を見極めることができないので、非常に不安でどこかに迷い込んだような気分になります。

建物を映すときも、深作欣二は建物の全景を見せずに、遠い位置から非常階段を望遠レンズで狭く撮り、そのキャメラを急激に下方にティルトダウンさせます。建物全部が映り込むと普通の都会の景色にしかなりませんが、このように構造物の一部しか見せないので、観客にとっては逆にリアル感のない全体像への想像力が働いてしまうのです。埠頭での望遠ショットを使った圧縮されたような画角も同じように港全体を見渡せない効果が出ていて、こうした演出が無国籍感を醸し出す仕掛けにつながっていました。

丸山明宏の存在と深作欣二の演出でそこそこ面白く見られる探偵ものに仕上がっていたのですが、唯一の欠点は探偵明智小五郎をやった木村功でしょうか。ハードボイルドからはほど遠く、ちょっとネチネチと湿った感じのする俳優さんなので、木村功をあてたのは明らかに配役ミスだったように思います。初演の舞台の芥川比呂志はかなり腺病質な感じですし、大映版で京マチ子と組んだ大木実ではどうしても愚鈍な感じ(失礼!)が抜けません。丸山明宏主演の舞台では岡田真澄が明智小五郎をやったときがあり、確かに若いときの岡田真澄なら丸山明宏と一卵性双生児的な雰囲気が出たかもしれません。もう一人丸山明宏と組んだのが天知茂で、のちにTVの「江戸川乱歩の美女シリーズ」で明智小五郎を演じた印象も残っているので、木村功ではなく天知茂がやっていれば、すべての場面がしっくり来るような気がしました。

細かいことを言えば、岩瀬の娘に代わってベッドに入った黒蜥蜴がどのようにしてホテルの部屋から出たかとか、明智小五郎がせむしの男にいつ入れ替わったのかなど、映像的説明がつかない綻びがいくつかありましたが、あえてツッコまないのが礼儀でしょう。三島由紀夫の裸体像も当時としてはツッコミを入れられない状況だったかもしれないですね。後にTVの深夜バラエティ「11PM」で活躍する松岡きっこの美しい裸体のほうは、深作欣二が同様に超接写の移動ショットを使って撮っているので、ここだけは全身を映してほしかったような気もしています。(T100124)

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