夜の大捜査線(1967年)

シドニー・ポワティエとロッド・スタイガーが殺人事件を捜査します

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ノーマン・ジュイソン監督の『夜の大捜査線』です。原作はアメリカ探偵作家クラブ新人賞を受賞したジョン・ボールの「In the Heat of the Night」という小説で、黒人刑事をシドニー・ポワティエ、白人署長をロッド・スタイガーが演じています。1967年度の第40回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞のほか、脚色・音響・編集の5部門でオスカーを獲得し、キネマ旬報ベストテン外国映画部門でも第8位に選出されました。

【ご覧になる前に】原題と同じタイトル曲の歌手はレイ・チャールズ

うだるような暑さの夜、ミシシッピ州スパルタに列車が到着してひとりの男が降りました。町のダイナーで休憩したサム巡査は、パトロール中に道路で撲殺死体を発見し、ギレスピー署長から指示されて駅の捜索に向います。駅で捕らえて署に連行された黒人男性はフィラデルフィアの殺人課の刑事ヴァージル・ティッブスで、夜明けになって州境に逃げようとしたハーヴェイが被害者の財布を所持していたことで殺人犯として逮捕されますが、ヴァージルは検死の結果から犯人は右利きのはずで、左利きのハーヴェイは財布を拾っただけだとギレスピーに忠告するのでした…。

1967年度のアカデミー賞は記念すべき40回目の開催となり、1968年4月8日にサンタモニカのオーディトリアムで行われる予定でした。しかし直前の4日に黒人解放運動の指導者マーティン・ルーサー・キング牧師がテネシー州メンフィスで暗殺され、アカデミー賞授賞式も二日間延期されました。当時のアカデミー会長は俳優のグレゴリー・ペック。式の冒頭でステージに登壇したペックは、キング牧師の冥福を祈るとともに、作品賞候補として人種差別問題に取り組んだ『夜の大捜査線』と『招かれざる客』の二本が入っていることがキング牧師の努力の現れだろうとスピーチしたのでした。

その二本に主演したのがシドニー・ポワティエで、1963年に『野のユリ』でアカデミー史上初めて主演賞に選ばれた黒人俳優がポワティエでした。バハマ出身のポワティエはブロードウェイで舞台俳優として活躍したのちに映画に進出し、1958年の『手錠のまゝの脱獄』で黒人として初めてアカデミー主演男優賞にノミネートされました。アーカンソー州リトルロック市が白人と黒人の共学に踏み切ったのを州知事が州兵を派遣した中止しようとした事件が勃発したのは1957年のこと。その頃から人種差別に反対する公民権運動が盛り上がりを見せ始め、白人が受賞者のほとんどを占めていたアカデミー賞も他人事にはできなくなっていました。

しかしシドニー・ポワティエは本作ではノミネートもされず、オスカーを獲得したのは白人署長を演じたロッド・スタイガーでした。スタイガーは1964年の『質屋』でベルリン国際映画祭男優賞を受賞して注目を浴び、1965年の『ドクトル・ジバゴ』では商人のコマロフスキーをやった演技派俳優でした。多くの作品で出演していますが、やっぱりアカデミー賞を獲った本作が代表作といえるでしょう。

本作のプロデューサー、ウォルター・ミリッシュは1940年代から西部劇を製作していました。TVの台頭によって経営不振に陥ったハリウッドのメジャー各社が配給に専念し、製作については資金リスクを分散させるために共同製作体制に移行すると、ウォルター・ミリッシュは「ミリッシュ・カンパニー」を設立して『荒野の七人』『ウエスト・サイド物語』『大脱走』などの大作をヒットさせていきます。本作は「ザ・ミリッシュ・コーポレーション」のクレジットで製作を担当し、ユナイテッド・アーティスツが配給した形になっています。

カナダ出身のノーマン・ジュイソンは、1962年の『40ポンドのトラブル』で映画監督としてデビューし、本作でアカデミー賞監督賞を受賞した後は『華麗なる賭け』『屋根の上のバイオリン弾き』『ジーザス・クライスト・スーパー・スター』といった大作を発表していきました。また本作の音楽監督はクィンシー・ジョーンズですが、主題歌を歌っているのはレイ・チャールズ。ソウルミュージックの第一人者でもある黒人のレイ・チャールズがタイトル曲を歌っていることも、人種差別問題を正面から取り扱った本作の製作スタンスを表していると思われます。

【ご覧になった後で】犯罪捜査ものというより男の友情物語でしたね

いかがでしたか?『夜の大捜査線』という邦題からするといかにも大掛かりな犯罪捜査が行われる映画のように思ってしまいますが、本編の中身は非常にこぢんまりとしていて、黒人差別が激しい南部の田舎町でシドニー・ポワティエがひとりで真犯人を探るストーリー展開はやや偶発的なこじつけが目立っているように感じられました。結局「帝王」と呼ばれる綿花業の実業家は事件に関係ありませんでしたし、妹を妊娠させたというゴロツキ兄貴が警察に訴えなかったらその相手のダイナーの男に結びつく線は見つけられなかったはずです。原作はどうか知りませんが、脚本はアカデミー賞受賞レベルには達していないような気がしますね。

犯罪捜査が今ひとつ盛り上がらない一方で、シドニー・ポワティエとロッド・スタイガーの友情ストーリーはそれなりにきちんと描かれていて、最初は明らかに黒人差別主義者的にポワティエを見下すスタイガーが徐々に刑事としての実力を認めていき、捜査に協力する展開にはそこそこ引き込まれました。最初から最後までガムを噛み続けているのはどうにかしてほしいところでしたが、いかにも南部にいそうな警官が黒人を家に招いて酒を飲み交わすという心情の変化をロッド・スタイガーがうまく表現していました。握手を交わすエンディングで互いに笑顔を見せる場面は胸に迫るものがあり、カッコよすぎてやや興覚めしてしまうポワティエよりも、ニヤリと笑うロッド・スタイガーの人間味に惹かれてしまう終幕でした。

編集賞の受賞したハル・アシュビーは1970年代には監督として『さらば冬のかもめ』『シャンプー』『チャンス』などの佳作を発表することになりますし、キャメラマンのハスケル・ウェクスラーは『バージニア・ウルフなんかこわくない』『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』で二度アカデミー賞撮影賞を受賞しています。ハーヴェイが逃げるところで超ロングショットで橋をとらえたショットがズームインして人物にせまるという画角の変化を見せるのが印象的でした。

サム巡査役をやったのがウォーレン・オーツだったとは実は最後まで気づきませんでした。髭がないと俳優の顔も見え方が変わるんですね。また殺された男の妻役で出てくるリー・グラントは1951年の『探偵物語』でカンヌ映画祭の賞をもらっているのですが、ハリウッドを席捲した赤狩りでブラックリストに載せられたことから映画に出演できなくなり、ずっとTVの仕事を続けていたそうです。本作で映画界にカムバックし、『シャンプー』で見事にアカデミー賞助演女優賞を獲得することができたのでした。(V070325)

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