小津安二郎監督初のカラー作品。小津ワールドは完璧なレベルに達します
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こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、小津安二郎監督の『彼岸花』です。前年の『東京暮色』までずっとモノクロしか撮っていなかった小津監督による初めてのカラー作品。小津安二郎はトーキーが出てきたときも、サイレントにこだわってなかなか音に手を出しませんでしたが、『彼岸花』は「色」に手を出したことで、小津ワールドがより一層完璧なレベルで表現されています。基本的には、いつもの通り、嫁に行く行かないといった父と娘の物語なのですが、『彼岸花』では母親役の田中絹代がとってもよいアクセントになっています。
【ご覧になる前に】見合い結婚が当たり前だった昭和三十年代のお話です
大企業常務の平山は、妻と娘ふたりの四人家族。婚期を迎えている長女の節子には特定の恋人もいないようなので、見合い相手を探そうとしています。そこへ平山家とは昔なじみで、京都で旅館を営んでいるおかみとその娘幸子が上京してきました。節子と幸子は互いに結婚については自分の意思を通そうと指切りをして同盟関係を結びます。節子の見合い相手が見つかった頃、平山のもとに谷口という青年が面会に来ました。谷口から「節子さんと結婚させてほしい」と言われた平山は、いきなりの話に驚き、節子を問いただすのですが…。
現在では想像もできませんが、この映画がつくられた昭和三十年代の前半では、見合い結婚55%に対して恋愛結婚は35%と、圧倒的に見合いで結婚するのが普通でした。そして見合いの相手は、親や親戚、親の知り合いなどが紹介してくるので、子どもの立場ではなんとなく決まっていくその流れにあらがうことはかなりの勇気が必要だったのです。この『彼岸花』でも有馬稲子演ずる節子は、両親に紹介することもなく谷口(佐田啓二)と将来を誓い合っていて、父親が進める見合い話など見向きもしません。普段なら仲良く楽しい家庭が、娘の結婚話をきっかけに、ぎくしゃくとしたその本性をあらわしていきます。
出演しているのは、小津組といわれる俳優たちばかりですが、佐分利信は『戸田家の兄妹』『お茶漬けの味』に続き三作目の主演。戦前の小津作品にはたくさん出ている田中絹代は『風の中の牝鶏』『宗方姉妹』以来の主演で、歳を重ねてさらにチャーミングです。『東京暮色』に続いて有馬稲子が娘を演じていて、前作では一切笑わなかったのが、本作では少しだけ笑います。その妹役は桑野みゆきは、『淑女は何を忘れたか』で小津作品に出ている桑野通子の実の娘。三十一歳で夭逝した母親を偲んでなのか、このあと『秋日和』にも出ることになります。小津安二郎は身内の俳優を大切にしていたんですね。
【ご覧になった後で】まるでバッハの音楽のような規律が心地よい映画
いかがでしたか?カラーになったことで、小津安二郎の色へのこだわりがさまざまなところに表現されていましたね。特に印象的なのは平山家の赤いヤカン。完璧な構図の画面でアクセントとなっていました。そしてカット割りのリズム。デヴィッド・ボードウェルが書いた「小津安二郎 映画の詩学」という研究書の巻末には、小津映画の全作品についてワンショットの平均の長さが一覧で示されています。『彼岸花』はワンショット平均4.2フィートで、時間にすると7秒。実は戦後作品では、『彼岸花』以降ずっとこの平均ペースは崩れません(実際に見ている感覚では7秒よりもずっと短い気がしますけど)。ある一定のリズム感が小津監督の中には完成されてしまっていたのでしょうか。娘の結婚、平山と同級生、京都の母娘、ゆったりした妻。心地よいリズムにのって、これらのメロディがそれぞれに奏でられ、何重奏にも聞こえてくる。まるでバッハの音楽を聴いているような気分になってきますね。小津映画は、ほかのどの監督の作品よりも音楽に近い感覚をもっていると思います。
そして誰より美しく優雅なのが山本富士子。小津監督が「女優がきれいなのは4~5年だが、山本富士子の美しさは別格だ」というようなことを言っていたらしいです。山本富士子は当時は大映の専属女優で、大映から借りてきてこの映画に出演させたので、小津はお返しに翌年大映で『浮草』を撮ることになります。また、山本富士子の母親を演じたのが浪花千栄子。本当に見事な京都弁を早口でまくしたてますが、それがきちんとしていて品もあるのです。京都を舞台にするのも一興と感じたのか、『小早川家の秋』で小津監督は、メインの舞台を丹後と京都に設定した関西の映画をつくることになります。
佐分利信の同級生では、中村伸郎と北竜二は『秋刀魚の味』でも同じような役で出てきます。また、同窓会に出てくる白髪で鉤鼻の俳優は江川宇礼雄。戦前の小津のサレント作品『青春の夢いまいづこ』『東京の女』の主役でしたね。父親がドイツ人だけあって、本当に彫の深い顔立ちです。そして相変わらず笠智衆が出ていて、それだけで安心してしまいますが、同窓会での詩吟は世の中のはかなさが滲み出ていて、リズム感のある映画の中で唯一長音符のような場面でした。
さて佐分利信は娘が好きな男と結婚しようとするのを「とにかくお父さんは不賛成だね」と言ってへそを曲げてしまいます。この「不賛成」というセリフが、野田高梧のうまさで、「反対」と言ってしまうと、もう折れようがありません。「不賛成」であれば「反対ではない」とも言い換えられるので、結局は娘の結婚を認める父親の心境を、見事に言い表しているのではないでしょうか。小津と野田高梧は書きあげたセリフをひとつずつ野田の妻と娘に見せて「こんな言い方しないわよ」と校正してもらっていたらしいので、そのようにしてひとつひとつを研ぎ澄ませていくことが、小津作品の完成度を高めていったと言えるでしょう。(A091321)
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