華岡青洲の妻(昭和42年)

市川雷蔵・高峰秀子・若尾文子が三つ巴の演技合戦を見せてくれます

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、増村保造監督の『華岡青洲の妻』です。永田雅一が社長として君臨した大映も、観客をTVに奪われてからはジリ貧に陥っていました。大映の看板役者は「カツライス」と呼ばれた勝新太郎と市川雷蔵のふたり。その片翼である勝は勝プロダクションを設立して独立。大映に残った市川雷蔵は、本作に出演してこの年のキネマ旬報主演男優賞を獲得することになります。共演するのは早くからフリーとなって映画会社の枠を超えて活躍し続けていた高峰秀子と大映専属を貫き通した若尾文子。この三人の演技を見るだけでも、あっという間に時間が経ってしまう作品です。

【ご覧になる前に】有吉佐和子の原作はTV化・舞台化を重ねています

名家の娘加恵は、幼少の頃から父親のかかりつけ医の美しい妻お継に憧れを抱いていました。お継はその加恵を、華岡家を継いで医者になった長男青洲の妻に迎え入れます。自ら望んだ華岡家の嫁になることができた加恵ですが、姑としてのお継は加恵に冷たく当たるのでした…。

有吉佐和子の原作が発表されたのは昭和41年。女流文学賞を受賞した小説は翌年すぐに映画化されました。その後いくたびもTVドラマ化・舞台化されているのは、原作で描かれている嫁姑の争いがどの時代でもダイレクトに女性客にアピールする素材だからでしょう。その嫁姑が争い合う元となる華岡青洲(はなおかせいしゅう)は江戸時代に実在した外科医。干したまんだらげの花を調合して作った麻酔薬は、ドイツでクロロホルム麻酔が使用される四十年も前に開発されたもの。麻酔薬の歴史上では、日本が世界で初めて実用化に成功していたのだそうです。

その華岡青洲を演じるのが市川雷蔵。雷蔵は『眠狂四郎』のような虚無的な剣の達人や『炎上』のような屈折した観念的青年などのイメージが強く残っていますが、本作では患者のために医術を極めようとする高潔な志をもった求道者を全身で力強く表現しています。監督は、その雷蔵とは『陸軍中野学校』でコンビを組んだ実績のある増村保造。増村保造は東大法学部出身で在学時代から三島由紀夫とは知り合いだったとか。そんな縁もあり、三島由紀夫が主演した映画『からっ風野郎』の監督をつとめていました。モノクロのシネマスコープ画面をフルに使ったスタイリッシュな映像は本作でも健在で、量産型プログラムピクチャーとはひと味違った映画本来の醍醐味を味わうことができます。

【ご覧になった後で】演技は凄いですが、登場人物の造形がやや不足気味です

いやー、麻酔薬づくりのために自らを実験台にしろと迫る嫁と姑、怖かったですね。あんな嫁姑に囲まれてたら、普通の夫はつぶれてしまうと思うのですが、この華岡青洲という人物はよほど大物だったのでしょう、何の遠慮もなく「じゃ、やってくれ」と簡単にふたりを治験に使ってしまいます。

加恵とお継が実験台争いをする場面は本作の中でも特に緊張度が高く、演技の見せ所でもありました。というのは、セリフだけ見ると嫁も姑も互いのことを褒めると同時に思いやっているのです。しかしそれはうわべだけのお話。腹の底では、互いに相手よりも自分を青洲に認めさせたい一心で、先を越されたくなくて自らを実験台に差し出しているだけなのです。ここの高峰秀子と若尾文子の演技のつばぜり合いが素晴らしかったですね。口ではなんとでも言えるけれども、その気持ちは言葉とは違うところにある。シナリオを読むだけでは決して伝わらない嫁姑の精神上のバトル。たぶん撮影現場では、ふたりともお互い親しくしないようにしていたのではないでしょうか。それくらいに加恵とお継の間には冷ややかな火花が散っているようでした。

この時代、既婚女性は引眉・お歯黒が習慣化されていました。しかし、これはあくまでも当時の風習なので、映画の時代劇ではそこまでリアルにその風俗を映像化したものはあまり見られません。ところが本作では、引眉だけはしっかり再現されています。この引眉が特にハマっていたのが高峰秀子。『二十四の瞳』などで実に心温まる先生役をやった人とは思えないような氷のような冷たさで嫁に接する姑。自尊心の塊で、嫁に負けるなら死んだほうがマシとさえ思いこむ、その酷薄さが引眉の顔に表現されていて、見るのも怖いくらいでしたね。

しかしながら、嫁姑の対立軸が強調され過ぎてしまい、それぞれのキャラクターを単独で見たときにいろいろと疑問が浮かんできてしまいます。わざわざ華岡家に加恵を嫁にもらい受けたのはお継自身です。自分が望んだ嫁なのに、冷たく当たるその動機はなんなのでしょうか。また青洲が自分には効き目のない試薬を飲ませたのだと知ったとき(ここの高峰秀子の表情だけの演技も見ものでした)全身をもがくようにして悔しがり、麻酔薬開発での貢献度競争で明らかに敗北したにもかかわらず、麻酔薬の完成を素直に喜ぶのはなぜでしょう。また、加恵も死期が近づいた姑に対しては妙に優しく振舞い、ふたりは互いを許しあったように見えますが、互いに融和しあう機会はどこにあったのでしょうか。中途半端にいい人で描くのではなく、最後まで憎しみ合うライバル同士にしてもらったほうが、映画としてはすっきりしたと思うのですが…。

一方の市川雷蔵は堂々たる存在感で、どっしりとした威厳をもって青洲を演じています。けれどもこの映画が完成した約半年後、雷蔵は直腸がんに侵されていたことが判明。手術した後に映画出演に復帰しますが、すぐに体調が悪化し、癌の転移によって三十七歳の若さで亡くなってしまいます。そうした経緯を振り返ると、この『華岡青洲の妻』は市川雷蔵の晩年の代表作と言えるでしょう。増村保造の静謐で端正な映像が印象的な本作には、俳優として成熟した市川雷蔵の姿も記録されているのです。(Y102221)

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