ジェラール・フィリップが演じた主人公ファンファンは彼の愛称になりました
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、クリスチャン・ジャック監督の『花咲ける騎士道』です。原題「Fanfan la Tulipe」のファンファンは主演のジェラール・フィリップが演じる主人公の名前。ハンサムで女性にモデる剣士ファンファンはジェラール・フィリップのイメージにぴったりで、本作以降このファンファンが彼の愛称というかあだ名になりました。共演したジーナ・ロロブリジータはイタリアの女優ですが本作で肉感的な存在感をアピールして、ハリウッドとヨーロッパを股にかけて活躍するきっかけを掴みました。
【ご覧になる前に】クリスチャン・ジャックはカンヌ映画祭で監督賞を獲得
ルイ十五世統治下のフランスでは隣国との戦いのため徴兵団が村民たちを広場に集めて新兵を募集しています。群衆の中にいた中年男は娘がよそから来た若者に誘われたという話を聞き血相をかえて広場を飛び出していき、草むらで娘と戯れていた男に殴りかかります。ファンファンという若者は娘と結婚させられそうになりますが、徴兵団兵の娘アドリアーヌから「あなたは兵士となって将来王女と結婚する運命だ」と占いで予言され、徴兵団の募集に応じて兵士に採用されることに。連隊に合流する途中、山賊に襲われそうになった馬車の乗客を助けたファンファンは、貴婦人からチューリップをかたどった装飾品をプレゼントされるのでしたが…。
クリスチャン・ジャックは1930年代から監督として活躍していたフランス映画界の重鎮で、1948年の『パルムの僧院』から1955年の『女優ナナ』、1964年のアラン・ドロン主演『黒いチューリップ』、1971年にブリジット・バルドーとクラウディア・カルディナーレが共演した『華麗なる対決』まで、長きに渡って注目作を作り続けた映画監督でした。本作もクリスチャン・ジャックの代表作のひとつで、1952年の第5回カンヌ国際映画祭では最優秀監督賞を受賞しています。元は美術監督からスタートした人で守旧派っぽいイメージがありますが、無名時代のジャック・ドゥミの才能に目をつけて学校に通わせてあげたりしていたそうで、後進を育てるという意識のある映画人でした。
ジェラール・フィリップは第二次大戦中ナチスに侵攻されたパリを逃れ南仏を拠点に演劇活動をしていましたが、戦争が終わるとフランス国立高等演劇学校に通い演技の腕を磨きました。端役で映画に出演するようになるとそのハンサムぶりが注目され、1947年に主役に抜擢されたクロード・オータン・ララ監督の『肉体の悪魔』で人気に火が点きます。翌年にはクリスチャン・ジャック監督の『パルムの僧院』、1950年にはルネ・クレール監督の『悪魔の美しさ』、1951年にはマルセル・カルネ監督の『愛人ジュリエット』とフランスの一流監督の作品への出演が続き、1952年に主演した本作でその人気は決定的なものに。主人公ファンファンの名前は終生ジェラール・フィリップの愛称となりました。1959年に三十六歳の若さで肝臓がんによって命を奪われてしまったのは本当に惜しいことでした。
一方のジーナ・ロロブリジータは1947年二十歳のときにミス・イタリアコンテストで三位に入選したのをきっかけに映画界に入ります。1949年に結婚した夫が撮った水着の写真がハリウッドのプロデューサーだったハワード・ヒューズの目にとまり、ヒューズの熱烈なアプローチを受けて映画出演の7年契約を結ぶことに。ハワード・ヒューズはRKOピクチャーズを買収したばかりだったのですが、この契約はかえってロロブリジータにとっては足かせになってしまったようで、ハリウッドでメジャーな映画に出演するようになるのは7年契約が解けてからになります。逆にヨーロッパでの映画主演は契約外だったようでフランス映画とイタリア映画で幅広いジャンルの作品で活躍しました。本作はロロブリジータにとっても初めてのヒット作となり、1956年にはジャン・ドラノワ監督作品『ノートルダムのせむし男』でアンソニー・クインがカジモドを演じ、ロロブリジータはエスメラルダ役をやることになります。
本作は18世紀が舞台になっていて、中世ヨーロッパの騎士が登場する映画はイギリス映画をはじめとしてフランス映画でも人気のジャンルだったようです。ブルボン朝の国王ルイ十五世はフランスを統治していた時代にはポーランド継承戦争、オーストリア継承戦争、プロイセンとオーストリアが戦った七年戦争に介入して、年がら年中どこかしらと戦争を繰り広げていました。その結果としてプロイセン王国の台頭を許し、戦争に明け暮れたフランスは財政的にも苦境に立つことになります。後を継いだルイ十六世の時代にフランス革命が起こり、ルイ十六世は退位を迫られ最終的には処刑されてしまうのでした。
【ご覧になった後で】軽快な活劇ですが紙芝居のように薄っぺらい映画でした
いかがでしたか?ジェラール・フィリップがハンサムで剣の腕前もあり女性にモテる中世の騎士を演じるというだけで大ヒットを約束されたような映画だったんでしょうね。ほぼ全編にわたってジェラール・フィリップが画面の中央にいて大活躍しますし、ストーリーラインもロロブリジータの占いの通りにお話が進行していき、最後にはロロブリジータが国王の養女になって「王女と結婚する」という予言通りのエンディングを迎えるというおめでたさです。観客たちは何も考えずに冒険映画の夢の世界に浸れるので、1時間40分を映画館で楽しむための作品としては十分満足のいく仕上がりになっていました。
しかしながら当時の娯楽映画を現在的な覚めた目で見るとなかなか気持ちが映画の中に入っていかないのも事実です。というのもロロブリジータの予言通りにお話を運ばなければならないので、そこかしこでご都合主義の展開が続き、そこに何の工夫もなされていないので非常に薄っぺらい映画に感じられてしまうのです。なぜポンパドゥール夫人と王女はジェラール・フィリップたちが連隊に向う道で馬車を走らせていたんでしょうか。あるいはジェラール・フィリップはどうやって兵舎の牢獄を抜け出して屋根の上に行くことができたんでしょう。敵国の背後に回ったジェラール・フィリップ以下三名はたまたま地下道を見つけ、その地下道がなんと敵国本部の抜け穴だったなんてことがあるでしょうか。こういうありもしない偶然の積み重ねの設定が紙芝居みたいに見えてしまい、きちんと作られた映画のようにはとても思えませんでした。
クリスチャン・ジャックが本作でカンヌ映画祭の最優秀監督賞を受賞したというのも本当なのかと疑いたくなるような演出でしたね。なんだかサイレント映画を見ているような、いかにもよくあるパターンの繰り返しで、ロングショットで剣劇シーンをとらえるのも平凡ですし、屋根から飛び降りたショットの次にはたぶん馬の背に飛び乗る絵が来るんだろうなと思ったらまさしくその通りで、観客の想像する範囲で映像が流れていきます。観客が先読みできてしまう映画ほどつまらないものはないわけですけど、もしかしたら当時としては観客を安心させるためにあえて予想通りの範囲にとどめ、観客の度肝を抜くなんてことはしないのがトレンドだったのかもしれません。
たぶんフランスとプロイセンの戦争を取り上げているのだとは思うものの、悪人がひとりも出てこずジェラール・フィリップの仲間はみんないい奴ばかりですし、恋敵となる軍曹も口ひげを剃ってしまうような間抜けキャラで、敵国の兵士たちは誰一人攻撃もせずに降伏してしまう平和志向の人たちです。ここらへんののんびりさが本作の魅力だと言える部分はあるでしょう。安心できる展開と善意あふれたキャラクターたち。家族で見に行くには最適の娯楽映画だと言われれば否定はできませんね。
本作をカイエ・デユ・シネマの評論家たちがどのように評価したのかはまったくわかりませんが、この手の映画が1950年代のフランスを代表していたとすると、カイエの批評家たちが我慢できすにヒッチコックやハワード・ホークス礼賛に動いたり、自らキャメラを持つようになったりした気持ちも理解できるような気がしてきます。本作みたいな映画で映画館が占領されてしまったら、やがては誰も映画に見向きもしなくなってしまうことでしょう。現在にあてはめるとTVがつまらないバラエティ番組を毎日垂れ流すことでほとんどの視聴者を失っている現象に近いものがあるかもしれません。確かにジェラール・フィリップのハンサムぶりとジーナ・ロロブリジータの豊満な肉体が映像として残されたことに意義はありますが、決してそれ以上にはならない映画であることもまた確かです。ちなみに「ロロ」というのはフランス語で「おっぱい」のことをいうんだそうです。芸名にしてはあまりに工夫がなさすぎですよね。(A102923)
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