リチャード・ブルックスの小説をRKOが映画化した兵士による犯罪映画です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、エドワード・ドミトリク監督の『十字砲火』です。原作は後に『熱いトタン屋根の猫』や『プロフェッショナル』の脚本・監督を務めることになるリチャード・ブルックスが書いた小説で、RKOラジオピクチャーズのエイドリアン・スコットがプロデューサーとなって映画化されました。主演の三人がロバート・ヤング、ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアンと名前が一緒なのはたまたまのことだったようです。
【ご覧になる前に】被害者の設定が同性愛者からユダヤ人に変更されています
真夜中のアパートの一室で殴り合いがあり、二人の男が立ち去った後に背広を着た男性が床に倒れます。殴り殺されたサミーと待ち合わせしていたという女性から連絡を受けたフィンレイ警部が部屋を捜索するとミッチという兵士の財布を発見しました。そこにモンゴメリーと名乗る兵士が現れ、サミーとバーで一緒に飲んでいたミッチが帰らないので探していると言います。モンゴメリーは仲間のミッチやフロイドたちとバーで飲んでいるときにサミーと出会ったと証言し、警部は同じ部隊の兵士たちが泊まっているホテルからキーリー軍曹を呼び出してミッチを匿っていないか取り調べます…。
リチャード・ブルックスが書いた「THe Brick Foxhole」は「レンガ造りの塹壕」というような意味のようですが、同性愛の男性が殺されるという内容なんだそうです。RKOラジオピクチャーズのプロデューサーだったエイドリアン・スコットが映画化しようとしますが、当時ハリウッドに存在した自主規制条項「ヘイズ・コード」では同性愛は「性的倒錯」に当たり、映画製作に際して用いてはいけない要素であるとされていました。
この「ヘイズ・コード」は検閲制度ではなくハリウッドの映画を安心して上映してもらうために自主的に導入したガイドラインのようなもので、1968年まで効力を発揮していました。「性的倒錯」のほかに「冒涜的な言葉」や「挑発的なヌード」「薬物の違法取引」があるのはまだ理解できますが、「異人種間混交」「出産シーン」などが含まれているのはアメリカで旧弊で保守的な価値観が支配的であったことを物語っているように思われます。
脚色したジョン・パクストンは本作以外目立った作品を残していませんが、製作のエイドリアン・スコットと監督のエドワード・ドミトリクの二人は、マッカーシズムによって赤狩りが横行した際に非米活動委員会の召喚を拒否して議会侮辱罪で有罪判決を受けた「ハリウッド・テン」のメンバーでした。半年から1年の実刑が下された中で、エドワード・ドミトリクは転向してエイドリアン・スコットから共産主義的要素を映画に入れろと強制されたなどと証言して早期に釈放されたそうですが、エイドリアン・スコットは証言拒否の姿勢を崩さず、RKOを解雇されたうえに懲役刑に処され、TV業界やイギリス映画での活動を余儀なくされたそうです。
非米活動委員会への召喚とRKOからの解雇は1947年10月のことですから、1947年7月にニューヨークでプレミア上映された本作は、プロデューサーのエイドリアン・スコットにとっては最後のメジャー作品になってしまいました。監督のエドワード・ドミトリクも一度は有罪判決を受けていますからRKOを解雇され数年間は不遇をかこったものの、転向して証言台に立ってからはハリウッドに復帰して1954年の『ケイン号の叛乱』で大作を任され、以降は『愛情の花咲く樹』『ワーロック』などの作品を残していきます。その後のキャリアは証言台に立つかどうかで正反対になってしまったんですね。
警部役を演じるロバート・ヤングは映画主演作として有名なのは本作くらいしかなく、1954年から始まったTVシリーズ「パパは何でも知っている」の父親役で全米に知られる俳優となりました。兵士役のロバート・ミッチャムはMGMで端役で出ていたのが目に留まりRKOと専属契約を交わした直後くらいの時期。またロバート・ライアンは舞台俳優から映画界に入りRKOと契約して数本目の出演作ですから、本作は1950年代から60年代にかけてハリウッドで活躍するロバート・ミッチャムとロバート・ライアンの駆け出し時代の作品と言っても良いでしょう。
【ご覧になった後で】全編すべて夜という設定が犯罪映画っぽさを強調します
いかがでしたか?ファーストシーンの照明が割れて真っ暗になる部屋から始まって、夜のバー、夜の警察署、夜のホテル、夜の映画館、夜の町とすべてが夜の時間帯で進んでいきますので、全編がいわゆる「フィルム・ノワール」の雰囲気一色になっていましたね。キャメラマンはJ・ロイ・ハントという人で、サイレント映画時代からキャメラを回していたので本作撮影時はもう六十歳を超えています。1950年代半ば以降の作品歴はありませんから、本作は夜を表現する照明を含めて老練な腕前を示した最後の作品だったのかもしれません。
犯罪映画のムード作りは成功しているものの、脚本の展開にはちょっと納得しかねる部分もありました。特にロバート・ライアンが警部の罠にひっかかるトリックは住所の番地を見間違えたという言い訳が通用してしまいますし、逃げ出しただけで抵抗するわけでもないロバート・ライアンを警部が射殺して「片付けろ」のひと言で終幕となるラストは、ロバート・ライアンよりも警察側の残虐性を強調するだけの結果になってしまっていました。銃を発砲するにしても足を狙う程度にしておいたほうがよかったのではないでしょうか。
エドワード・ドミトリクの演出は特にロバート・ヤングが犯罪の真実に迫る場面やロバート・ライアンが第二の殺人を犯す場面などでトラックアップして人物をクローズアップでとらえるショットが冴えを見せていました。冷静な警部役のロバート・ヤングは何を考えているかわからないところが良かったですし、ロバート・ライアンはこの時代から心の底からの悪役を演じていたんだなと思わせるほどの適役でした。ロバート・ライアンがやるといかにも偏執的なユダヤ嫌いという感じがしますけど、私生活ではマッカーシズムに反対するリベラリストだったらしく、『史上最大の作戦』では右寄りのジョン・ウェインと共演するということでスタッフが政治ネタを持ち出さないように気を遣ったという話も伝わっています。
同性愛者という設定が映画では反ユダヤ主義者に変更されたのは、第二次大戦でのナチスドイツによるホロコーストが明るみに出たことが影響しているのかもしれませんけど、ハリウッドではユダヤ人排斥感情や排斥運動を題材とするのは長い間タブーとされてきたそうです。本作公開の4ケ月後には20世紀フォックスが製作した『紳士協定』が公開され、同じく反ユダヤ主義に反旗を翻した『紳士協定』は翌年のアカデミー賞で作品賞に輝き、監督のエリア・カザンと助演女優のセレステ・ホルムがともにオスカーを獲得しています。実は『十字砲火』も同じ年のアカデミー賞では作品賞・監督賞・助演女優賞(グロリア・グラハム)・助演男優賞(ロバート・ライアン)にノミネートされたのですが、すべて『紳士協定』に奪われてしまいました。エリア・カザンは非米活動委員会に協力的で、エイドリアン・スコットとエドワード・ドミトリクがともに証言を拒否したことがオスカーに影響したと噂されたそうですけど、実際はどうだったんでしょうかね。
「ヘイズ・コード」が長く存在していたことや反ユダヤ主義や黒人差別などのレイシズムを映画の題材に出来なかった事実は、ハリウッドというかアメリカ社会の闇の部分を垣間見るような気持ちにさせられます。そもそもハリウッドはヨーロッパで迫害されてきた多くのユダヤ人が仕事を求めて集まった町でもあって、実際にパラマウントピクチャーの創設者のひとりであるアドルフ・ズコール、ワーナーブラザーズのハリー、アルバート、サム、ジャックのワーナー四兄弟、コロンビアピクチャーズを設立したハリー・コーン、MGMの共同創設者のルイス・B・メイヤー、ユニバーサル映画の設立者であるカール・レムリは、全員ユダヤ人なのです。
映画会社のトップがユダヤ人であっても、この『十字砲火』や『紳士協定』が製作される1947年まで反ユダヤ主義に異議を唱えるような作品を作れなかったのは、すなわちアメリカというマーケットがそうした映画を受け入れなかったからに他ならないでしょう。前年の1946年に公開されて作品賞をはじめとしてアカデミー賞9部門を独占した『我等の生涯の最良の年』では第二次大戦から帰還した元兵士に普通の市民が「ドイツがソ連に勝っていたらコミュニストが威張るようなことにならなかった」とグチる場面が出てきましたから、共産主義者を誹謗中傷するのは大いに認められるけどレイシズムに「NO!」と言うことは出来なかったわけです。アメリカってコワイ国だなということを実感させてくれるのが、この『十字砲火』の存在意義かもしれませんね。(A030224)
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