僕はボディガード(昭和39年)

「男はつらいよシリーズ」開始前の渥美清が警視庁警護係職員を演じる宝塚映画です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、久松静児監督の『僕はボディガード』です。渥美清が『男はつらいよ』で車寅次郎を演じたのは昭和44年のことで、本作はその5年前に東宝系の宝塚映画で製作された作品です。渥美清の役どころは大臣などの要人を護衛する警視庁警護係のボディガードという設定ですが、母親や故郷の恩人、地元の仲間たちとの交流が描かれているので、決してアクションものというわけではなく、どちらかといえばホームドラマに近い味わいの仕上がりになっています。

【ご覧になる前に】渥美清の相手役となるヒロインは団令子と浜美枝が演じています

高原のホテルで作家を追いかける男は暴漢を投げ飛ばしたものの散歩の犬におののきます。彼は交番の巡査だった北一平で、警視庁警護係への着任を命ぜられボディガードを表す「BG」のバッジを授けられます。交番に立ち寄った一平は飲み屋のおかみさんと節ちゃん、中華料理屋の主人、町のゴロツキや街娼たちが一平がいなくなると困ると訴えられますが、警護係の上司で同郷の高木さんにお祝いをしてもらうと、そのまま高木家の二階に下宿することになりました。早速厚生大臣付きになった一平は似顔絵描きが終了すると、町の実態を知りたいという大臣の視察に同行するのでしたが…。

終戦後にコメディアンとして劇場を転々としていた渥美清は、昭和28年に浅草フランス座に入って長門勇や関敬六とともに舞台に立ったのもつかの間、肺結核で2年間療養生活を余儀なくされました。体力を使うドタバタ喜劇ができなくなった渥美清は台頭していたTV業界に活路を求めて、昭和36年に始まったNHKの「夢であいましょう」で人気に火がつき、映画でも脇役での出演で声がかかるようになります。昭和38年に出演した松竹の『拝啓天皇陛下様』の演技が評判になった渥美清は、斜陽の日本映画界で貴重な喜劇役者として重用されるようになっていました。

「男はつらいよシリーズ」がスタートするのは昭和44年で、車寅次郎役と出会う前の渥美清は顔が四角くて善良な喜劇俳優というような立ち位置で、個性的というよりは使い勝手が良いという感じだったのかもしれません。当時の日本の映画興行は全国の映画館数が毎年15%減を続けるくらいの下り坂にあって、松竹の『拝啓総理大臣様』や東映の「列車シリーズ」などどれも長続きしなかったことを見ると渥美清もその状況を打破するようなインパクトは持ち得ていなかったようです。

そんな渥美清が警視庁警護係(当時は警衛課という組織下にあったようです)で大臣などの要人警護を担当するボディガードを演じさせるという企画は原作ものではなくオリジナルの脚本でして、沢村勉と山根優一郎が共同で書いたもの。山根優一郎はあまり作品を残していないようですが、沢村勉は松本清張の『波の塔』を脚色した人です。キャメラマンの梁井潤は本作と同じ宝塚映画が製作した『海の若大将』を撮っていますし、音楽の広瀬健次郎は東宝を中心に生涯で200本以上の映画音楽を書いた人で、「若大将シリーズ」の劇伴はほとんど広瀬健次郎の手によるものといって間違いありません。

久松静児は新興キネマから大映に行って日活を経て東京映画で多くの作品を監督しました。代表作は『安宅家の人々』『警察日記』あたりでしょうか。新東宝で作った『女の暦』はカンヌ国際映画祭にも出品されたことがあります。昭和40年あたりでキャリアがぷっつりと切れていまして、本作は久松静児の晩年期の一本にあたります。

【ご覧になった後で】ケネディ大統領暗殺と東京五輪開催前の世相が反映された作品

いかがでしたか?本作でボディガードと呼んでいる要人警護は現在的にはSP(セキュリティポリス)に当たるわけで、SPを主人公にするならばアクション映画にするしかないというテーマです。それなのに本作は渥美清がボディガード役を演じていることからしてもアクション映画にするつもりは毛頭なくて、人の良い交番の巡査が柔道三段だからといって警護係に取り立てられ、厚生大臣付きからやがては首相官邸付きに昇進する出世物語として描かれています。なんでまたボディガードなの?と思って見ていたのですが、ラストにとんでもないエピソードが挿入されてその理由がわかりました。

本作は昭和39年5月に劇場公開されていまして、その半年前の昭和38年11月23日に起きたのがケネディ大統領暗殺事件でした。警護係の同僚で先んじて巡査部長試験に合格する船戸順(十代目岩井半四郎の娘岩井友見と結婚した人)がなぜか警察を辞めて電気店を営むようになる展開は、実は渥美清と浜美枝の結婚祝いにTVを持ってくる(ローンで買わせる)ための伏線で、結婚祝いの日に事件が起きて渥美清が深夜に帰宅するというのもアメリカからの衛星中継ニュースを流させるための時制合わせだったという手の込みよう。すべては登場人物がTVの衛星中継(当時は宇宙中継といったそうです)を目撃させるためだったんですね。

昭和38年11月23日は日米間で初めて宇宙中継の実験放送が行われることになっていて科学技術の成功を祝う場になるはずでした。ところが最初に中継がつながった午前5時27分にはTV画面には砂漠の風景やサボテンの写真しか映らず、8時58分に二度目の中継がつながると現地の日本人記者が悲痛な表情をしながらマイクでこう伝えました。「日米宇宙中継という輝かしい試みの電波に乗せて、悲しいニュースをお伝えしなければならないことを残念に思います……」。なんとその悲しいニュースというのがケネディ大統領暗殺だったというわけです。

映画に出てくるニュースフィルムはその後のオズワルド逮捕までが含まれているので、大統領暗殺事件ニュースのまとめのようになっていて、その中に銃弾の音がしたときすぐにケネディ大統領が乗った車に後ろから飛び乗るボディガードがいたという事実が写真付きで語られます。その人こそがシークレット・サービスでジャクリーン夫人の警護を担当していたクリント・ヒル。勇気ある行動で特別功労賞を授与されたヒルは長年「あと1秒早く行動していれば大統領の命を救えたのでは」と自責の念にかられ続けたと言われています。

たぶん本作のアイディアは大統領暗殺にクリント・ヒルのような勇敢なSPがいたというニュースを聞きつけた東宝の企画部の誰かが思いついたんでしょう。よく調べてみたら日本の警視庁にも警護係がいるという話になり、ボディガード=BGは当時でいえば「ビジネスガール」の略と一緒だからそんな冗談のセリフから始められるよねみたいな安易な企画だったのではないでしょうか。しかしこれもちょっとおかしな話で、「BG=ビジネスガール」は英語圏では「街娼」のスラングとして使われることがあると指摘されたことから、NHKがBGを放送禁止用語に指定したのは昭和38年9月12日のことでしたから、本作の企画段階ではすでに光文社の雑誌「女性自身」がBGに代わる略称を募集していてOL(オフィス・レディ)が採用されようとしていたはず。ケネディ大統領暗殺事件から半年が経過し、BGが放送禁止用語になって10ヶ月も経っているのに「男なのにBGですね、ハハハ」なんてセリフの映画を作っていたんですから、現在の感覚からすると時流から大きく遅れているだけに思えてしまいますね。

BGを放送禁止用語にしたのは、東京オリンピックを開催するにあたって世界中から観光客がやって来るわけだから恥ずかしくないようにしようという機運が盛り上がっていたからでした。本作を見て非常に特徴的なのは東京でのロケーション撮影で多くの工事現場が映っていること。特に赤坂見附で加藤大介を狙った黒ずくめのテロリストを渥美清が追いかける場面は赤坂見附の首都高工事現場を貸し切りで撮影したようで、生コンを流し込む前の木枠が組まれた高架の上を走るには渥美清はいかにも不似合いでした。高架に立ち尽くす渥美清のはるか後方にはホテルニュージャパンらしき建物が映っていまして、昭和57年の火災で閉鎖されたホテルニュージャパンは昭和35年に開業したばかりの頃。手前に邪魔する建物がないのは赤坂東急ホテルができる前だからで、のちに赤坂エクセルホテル東急となるビルは昭和44年に建設されることになります。

というわけで東京オリンピックの開幕を半年後に控えた東京の世相が色濃く反映された作品だということだけが印象に残る一方、内容的にはほとんどパッとしないのが実情でした。柔道三段なのに犬に弱いというキャラや町の巡査出身であるとか四国の故郷に帰るとかの設定がほとんどストーリーに活かされておらず、あってもなくてもいいような扱いだったので観客の興味を引くものに欠ける映画でした。当時の俳優さんがいろいろと出てくる楽しみしかなく、作家の有島一郎、大臣の京塚昌子と太宰久雄、女王のイーデス・ハンソン、子分の加藤春哉、飲み屋の清川虹子、料亭の沢村貞子などの東宝系俳優陣の顔ぶれは豪華でした。母親役の浪花千栄子はいつも通りですが、上司役の笠智衆はいつもより若々しい感じがして松竹とはちょっと違う雰囲気で良かったと思います。

そして渥美清の相手役として出てくる団令子と浜美枝の二人の美しいこと!団令子は髪型が盛り過ぎのような気もしますけど、きちんと躾けられた娘さんという品の良さが漂っていましたし、浜美枝の日本人離れした美貌には目を奪われるばかりです。なぜこのような美女が渥美清に片思いしているのかをもう少し突っ込めば出来栄えもマシになったのではないでしょうか。浜美枝は特に大統領暗殺を告げるTVを見る憂い顔が印象的で、ヨーロッパの女優さんのようでした。浜美枝は前年にスタートした東宝の「日本一シリーズ」のヒロインに抜擢されたばかりの頃ですけど、本作での飲み屋のお手伝いさんのような親しみやすい役をやらせてもよくお似合いでしたね。(T032826)

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