鉄路の斗い(1946年)

フランス鉄道労働者の抵抗活動を描いた作品が第二次大戦後すぐ作られました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ルネ・クレマン監督の『鉄路の斗い』です。第二次大戦で連合軍がノルマンディー上陸作戦を決行した際にフランスの鉄道労働者たちが激しいレジスタンス活動を行い、ドイツ軍の兵站網を破壊する姿を描いていて、第二次大戦終結翌年の1946年に製作されました。ルネ・クレマンの初めての長編劇映画で、クレマンは本作で第一回カンヌ国際映画祭の最優秀監督賞を受賞しています。1955年に日本で初公開されたときにはキネマ旬報ベストテンで第10位に入っていて、その際は「斗い」の文字が使用されていましたが、最近は『鉄路の闘い』の表記が多いようです。

【ご覧になる前に】出演者は全員当時実際に働いていた鉄道労働者たちです

第二次大戦でナチスドイツの侵攻を受けたフランスは占領区と自由区に分断され、占領区の鉄道労働者たちはドイツ軍が兵器を輸送できないように鉄道の運行を妨害してレジスタンス活動を行っていました。貨車の行き先表示を変更したりブレーキ菅を損傷させたり装備品の内訳をロンドンに通報したりという活動は、ひそかにカフェで集会を開いて鉄道労働者たちに伝達されます。機関区長は新しく仲間に加わったカマルグにサボタージュを指示しますが、蒸気機関車の冷却水槽に身を潜め、偽装許可証で乗車するなどしていた危険を冒して活動していた中から6人の労働者が強制逮捕され銃殺されてしまうのでした…。

ルネ・クレマンは十代の頃から16mmフィルムで短編映画を製作していて陸軍映画班に勤めたのちにアニメーションや記録映画のスタッフに加わりました。本作はルネ・クレマンとしては初めての長編映画となり、見事カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したことで一躍クレマンの名声は確立されることになります。1951年の『禁じられた遊び』がヴェネツィア国際映画祭金獅子賞とアカデミー賞外国語映画賞を獲得したのはよく知られていますが、実は1949年に発表したジャン・ギャバン主演の『鉄格子の彼方』でアカデミー賞外国語映画賞は受賞済みで、三年間で二度もオスカーをもらった監督はフランスではルネ・クレマンだけではないでしょうか。ちなみに間にはさまれた1951年の外国語映画賞受賞作は黒澤明の『羅生門』でした。

第二次大戦のヨーロッパ戦線が終結したのは1945年5月で本作は1946年2月にフランスで劇場公開されていますから、戦争終結後すぐに映画の製作がスタートされたことになります。冒頭のクレジットで紹介されている通り、フランス映画総同盟が製作しレジスタンス国民会議とフランス国有鉄道が全面的に撮影に協力しています。大戦終結時の国際的評価は、フランスはあまりに簡単にナチスドイツの侵攻に屈して占領を許してしまい英国をはじめとした連合軍がフランス解放のために多くの犠牲を払ったというものでした。ですのでフランスとしては占領下でいかにナチスドイツに抑圧されていたか、その抑圧にいかに勇気をもって抵抗したかを広く国外に訴える必要がありました。兵器がなくてもゲリラ戦をしかけてドイツ軍の兵器輸送など兵站を破壊したレジスタンス活動をテーマにした本作を映画界と鉄道が一緒になって製作したのはそんな理由があったからでした。

製作資金が潤沢にないということもあって、出演者は全員当時フランス国鉄で働いていた鉄道労働者たちが起用されているそうで、クレジットタイトルにはその苗字だけが表記されています。一方で鉄道そのものはいくらでも撮影に協力できるわけなので、当時の蒸気機関車をはじめさまざまな車両や路線、駅舎、運行指令室などがそのまま使用されています。鉄道マニアにとっては貴重な記録でしょうし、映画のリアリティを高めるためにはこれ以上の美術装置はないというくらい鉄道の細部が映像化されています。

そんな中で唯一起用された俳優がシャルル・ボワイエで、出演はしていませんが導入部のナレーションを担当しています。シャルル・ボワイエは『うたかたの恋』や『歴史は夜作られる』など戦前のフランス映画界のスターのひとりでしたが、もしかしたらナレーションもノーギャラで引き受けたのかもしれません。また、キャメラマンのアンリ・アルカンにとっても本作は初めての長編映画で、本作のすぐあとにはジャン・コクトーの『美女と野獣』のキャメラを任されますし、ルネ・クレマンとは『海の牙』で再びコンビを組みます。アンリ・アルカンはウィリアム・ワイラーの『ローマの休日』や日仏合作で岸恵子が出演した『忘れえぬ慕情』などで国際的なキャメラマンとして活躍を続けることになっていきます。

【ご覧になった後で】ドミュメンタリータッチの中でリリカルな表現もお見事

いかがでしたか?フランスがいかに勇敢にレジスタンス活動をしたのかをアピールする映画ですので、ドキュメンタリータッチでリアリズムを追求した映像からは静かな闘志のようなものが伝わってきましたし、戦車や大砲を使わなくてもドイツ軍の戦力を減ずることにレジスタンス活動が大いに貢献したことが的確に表現されていました。フランス国鉄の全面的協力があったにしても、ドイツ軍の戦車を乗せた長大な貨物列車が脱線・転覆する場面はとてもミニチュアを使った特殊撮影とは思えず、その残骸の横を通過するショットも出てきますから、実際に大規模な貨車の脱線事故を起こさせて撮影したのではないでしょうか。マルチキャメラの撮影がちょっとうまく行っていないような感じでしたが、それでも映像の迫力は十分過ぎるほどで、これじゃあドイツ軍もノルマンディーに支援部隊を送ることは不可能だったんだろうなと納得してしまいました。

ノルマンディー上陸作戦が成功したというのは屋根裏部屋の通信室でロンドンのラジオ放送を受電する場面で描かれていましたけど、ここの音楽の使い方(ドドドドンという低音重奏)とラジオが詩の一部を朗読するところは、1962年のアメリカ映画『史上最大の作戦』に影響を与えたのではないかと思うくらいに雰囲気が似ていましたね。『史上最大の作戦』で全編通じて「ドドドドン」の音楽はモチーフに使われますし、作戦決行がヴェルレーヌの「秋の日の、ヴィオロンの~」という詩で伝達されるあたりは本作の通信室そっくりだったと記憶しています。ノルマンディー上陸作戦と本作が直接的に関係しているということを観客に伝えるうえで、通信室の描写は非常に印象的でした。

記録映画を作っていたというルネ・クレマンのキャリアは、本作のドキュメンタリータッチに活かされているわけですが、特に導入部の15分くらいはほとんどセリフがないままに鉄道労働者たちのレジスタンス活動が映像のみで描写されていきます。ここは本当に緊張度の高い見事な導入部で一気に占領下のフランスの現場に引き込まれていくような気持ちになります。さらにシャルル・ボワイエのナレーションが被さると鉄道運行の仕組みがしっかりと頭に入ってきますし、ドイツ軍の補給路を断つ作戦が大きな地図上の路線図で示され、地理的にどういう作戦をとろうとしているのかが視覚的に印象付けられるようになっています。記録映画で鍛えられたテクニックなんでしょうけど、特に導入部でルネ・クレマンの映像術が冴えわたっていたと思います。

しかしルネ・クレマンの腕前はドキュメンタリータッチだけではありません。見せしめのために強制的に逮捕されてそのまま6人の労働者が銃殺されてしまう場面。いきなり壁に向って立たされ左からひとりずつ銃殺されていくのですが、撃つドイツ兵も撃たれる労働者も画面には登場しません。銃声だけが響き渡り、最後の一人の男は自分の番がくるまで壁にいる虫を見つめたり機関車の煙突から出ている煙を眺めたりします。銃殺とは全く関係のないこのリリカルなスティルショットの挿入が本当に素晴らしい効果で、普通の日常が銃殺という非日常と紙一重で背中合わせになっていた占領下での抑圧状況を端的に表していました。

またクレーン車のジョイントに細工をしたり線路を外したりして抵抗するレジスタンス部隊が、ドイツ軍が貨物列車の先端に据え付けた戦車によって殲滅される場面も強烈な印象を残します。輸送計画を遅らせる抵抗活動が結構すんなりうまく進行し、ドイツ軍の無能さばかりが強調されていたので、そうではなくドイツ軍はそれ以上の残虐さでレジスタンス活動を封じ込めようとしたことがよくわかりましたし、戦争はいつも一方的に有利な状況にはならず常に一進一退なんだなというリアリティーが伝わってきた場面でした。ちなみに蒸気機関車が走るショットなどはスピード感を出すために、キャメラの撮影コマ数を半分にして上映時には倍速で速く動くように撮影されているそうです。

本作は日本では1955年に公開されていて、その際に双葉十三郎先生も☆☆☆☆という高得点で最大限に評価しています。ラストにレジスタンス活動を賞賛する労働歌のような音楽がかかるのはかなり興覚めでしたけど、フランスもナチスドイツに屈服して従属していたわけではなかったんだぞというアピールがしっかり表現された作品になっていました。その意味ではジャンル的に戦争ものに入れるべき傑作のひとつといっていいでしょう。(A032024)

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