東宝特撮シリーズでおなじみの伊藤久哉初主演作は東映が製作した犯罪映画
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、千葉泰樹監督の『悪の愉しさ』です。出演者のクレジットで一番最初に出てくるのは「森雅之・久我美子・伊藤久哉」となっていますが、主人公を演じるのは伊藤久哉で、森雅之と久我美子は脇役に過ぎません。本作で本格的デビューを果たした伊藤久哉は東宝に移籍して怪獣映画などの特撮シリーズでバイプレーヤーとして活躍する男優。昭和29年の世相を反映してシニカルな会社員が悪事の深みにはまっていく犯罪映画になっています。
【ご覧になる前に】石川達三による読売新聞の連載小説が映画化されました
ある会社の証券係に勤める中根は欠伸をしているのを課長に見咎められると、隣で建設中のビルの建坪を同僚の亀山に質問します。半ドンの土曜日に競輪に出かけた中根は亀山から掛け金を預かるふりをして3000円を自分の懐に入れてしまいました。自宅に帰ると幼児をあやす妻から借家住まいの不便さを訴えられますが、中根は妻の話をまともには聞きません。週明けに出勤すると亀山が喀血して当分休職すると知り金を返さずに済むとほくそ笑んだ中根は、出世が噂される池田が植松康代と結婚するという噂を耳にします。中根は社員旅行の夜、海岸で康代を誘惑したことがあったのですが…。
戦争が終わったあとの昭和20年代、新聞や雑誌は映画やラジオとともに人々に影響を与えるメディアの中心にあり、特に新聞では読者を引きつける連載小説を各社が競うように掲載していました。獅子文六、石坂洋次郎とともに全盛期の新聞小説を支えたのが石川達三。世相を反映して時事問題をうまく小説に取り込むことを得意とした石川達三は、「望みなきに非ず」(読売新聞)、「幸福の限界」(中京新聞)、「青色革命」(毎日新聞)などを次々に発表していて、大映は昭和23年に原節子主演で『幸福の限界』を映画化しました。
「悪の愉しさ」は昭和28年に読売新聞に連載された小説で、悪事に手を染める会社員を描いています。本作の主人公は証券係勤務という設定になっていますが、元証券会社の社員がブローカーを絞殺して金を奪った「バー・メッカ殺人事件」が発生したのは昭和28年7月のこと。慶応大学卒業の犯人がメディアに対して「ノットギルティを主張するだけ」とうそぶいたことが話題となり、戦後の荒廃した世相を象徴するアプレゲール事件のひとつとして注目を浴びたのでした。石川達三はこの事件にヒントを得て「悪の愉しさ」を執筆したのではないかというのは全くの推測に過ぎませんが、時制がぴったり一致しているのは間違いありません。
原作を脚色した猪俣勝人は昭和9年に松竹蒲田撮影所にシナリオライター研究生として入社した人。島津保次郎監督の『男性対女性』の共同脚本に加わり、撮影所長の城戸四郎にも目をかけられたらしいのですが、会社の方針に反感を覚え戦争中に松竹を退社してしまいます。映画会社や監督に従属することなくシナリオライターも作家としての主張を持つべきだと「シナリオ文芸協会」を設立して、戦後には脚本家に復帰。佐分利信監督の『執行猶予』、渋谷実監督の『現代人』などの脚本を書くようになります、昭和28年には市川崑監督の『青色革命』で石川達三の原作を脚色していますので、その実績が買われて本作でもシナリオ化を任されたのかもしれません。
監督の千葉泰樹は独立系から日活に入って早くから監督として大量の映画を輩出した人で、大映を経て戦後フリーになった後は東宝と専属契約を結びました。東宝時代も『東京の恋人』『へそくり社長』『鬼火』『大番』『二人の息子』『河のほとりで』など多くの作品を次々に発表する量産型監督として活躍。本作でも製作を担当している藤本真澄から「東宝の一番バッター」と評される職人的な監督でした。
初主演をつとめた伊藤久哉は大正13年生まれですから、本作出演時は三十歳になる直前ということになります。東映と専属契約を交わしての主演でしたが、その後は脇役出演ばかりだったようで昭和32年に東宝に移籍。移籍第一作の『早く帰ってコ』では主演に帰り咲いています。しかしながらキラ星のよううなスターがひしめく東宝の中では伊藤久哉は主演男優にはなり得ず、『地球防衛軍』で軍の隊長役を演じた後は特撮シリーズでの出演を重ねるようになりました。『美女と液体人間』『ガス人間第一号』『宇宙大戦争』『海底軍艦』などで軍人や科学者、警察幹部役をやっていますし、『大怪獣バラン』『三大怪獣 地球最大の決戦』などの怪獣映画で活躍を続けることになるので、特撮映画ファンにはおなじみの男優のひとりです。
【ご覧になった後で】魅力薄の主人公でピレカスクロマンになり損ねました
いかがでしたか?石川達三の原作自体がたぶんそうなんだと思いますけど、本作は悪事に染まっていく男を主人公にしているのでいわゆる「ピカレスクロマン」のジャンルに位置づけられる作品になります。ピカレスクロマン成立のためには主人公が魅力的な悪人であることが前提になるのですが、本作の主人公中根は決して観客の共感を得るキャラクターではなく、仕事にも家庭にも真剣に向き合わず妻子がいるにも関わらず他の女性を誘惑して手当たり次第関係を結んでしまう節操のなさには呆れてしまうくらいでした。千石規子にまで(失礼!)手を出すなんて性欲の鬼としか思えませんし、そのような強壮さに見えないので映画世界に入り込むのが難しかったのは正直なところでした。
伊藤久哉が初主演ということで頑張っていたと思うものの、悪人を魅力的に見せるほどの演技力はありませんでしたし、シナリオで書かれている人物を生身の人間として体現するには至っていません。導入部から欠伸をしながら仕事をしているとか同僚の金を巻き上げてしまうとか婚約中の久我美子にしつこく関係を迫るとかの独善的言動には一切同情の余地はありません。映画が進んでもそのキャラ設定は変化せずにこのような言動をとってしまう背景や事情は見えてこないので、友人である森雅之を絞殺するという極悪人としか受け取れませんでした。
おまけに殺人に至る経緯に知能犯的計画性が全くなく、ただ単に久我美子に金を貸して関係をもちたいという単純な欲情を優先するだけで、アリバイ工作も稚拙ですし盗んだ金を自宅に持ち帰るのもアホそのものですし、とてもピカレスクロマンの主役を張れるような主人公ではありませんでした。伊藤久哉にとってはシナリオ上の欠点をなんとか埋めて自分なりの演技で別の存在感を訴えるチャンスだったのかもしれませんが、そこまでの技量はなかったんでしょう、結果的には欠点だらけの主人公を欠点そのままに演じてしまったので、最期に飛び降り自殺するのも自業自得にしか思えませんでした。
千葉泰樹の映像演出は、東郷晴子演じる大家の女性が伊藤久哉に小言を伝えるシーンで、東郷晴子のセリフに伊藤久哉の独白ナレーションが被るところだけは面白い処理でした。ナレーションを多用すると映像に集中できなくなるのであまり効果的ではないのですが、ここでは映画のセオリーを否定するような先駆的な感じがして、悪人はこんな思考回路をもっているのかというのがわかりやすく表現されていたと思います。
でも良いのはそこだけで、そのほかはあまりにも平凡というかよくある手法というか、千葉泰樹独自のスタイルのようなものが感じられず、どこかの誰かが監督しても同じなんじゃないかというような作り方になっていました。クローズアップや斜め構図のショットをインサートするタイミングもありきたりでしたし、ネクタイをもった女が団地の階段を駆け上がる二重撮影も主人公の幻影としては使い古しの手法にしか見えません。まあそんなような普通の撮り方ができるので職人的映画監督として重用されたのかもしれませんけど。
伊藤久哉が今ひとつパっとしないのは友人役の森雅之ひとりが段違いの演技を見せるのもその要因だと思います。いつでもオレがおごってやるみたいな友情というよりは優越感の匂わせ方が巧かったですよね。また同僚をやる伊豆肇は今井正監督版『青い山脈』でガンちゃん役をやった人で、終盤で解雇通知を持参する誠実な役どころにぴったりでした。久我美子の高慢ちきぶりは相変わらずですが、杉葉子の美人で不倫に走ってしまう妻役もなかなかハマっていたと思います。
いずれにしても昭和29年は金目当てに簡単に殺人を犯してしまう事件が日常茶飯事のように感じられたご時世だったのでしょう。そんな時代を反映したもののひとつが石川達三の原作であり本作であったのだと思われるわけで、朝鮮戦争をきかっけにして経済が回復基調になると同時にさまざまな欲望が噴出してからみ合うような社会情勢だったのかもしれません。そのような社会の暗い側面が本作のような映画で再認識できるという意味では、映画は時代を映す鏡の役割をもっていたと言えるのではないでしょうか。(U040226)

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