『ジュラシック・パーク』の原作者マイケル・クライトンが監督しています
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マイケル・クライトン監督の『ウエストワールド』です。マイケル・クライトンは小説家でもあり映画監督でもあり脚本家でもあるオールラウンダー。1990年に書いた小説「ジュラシック・パーク」はスティーヴン・スピルバーグとユニバーサル・ピクチャーズに50万ドルで映画化権を売ることになるのですが、本作は公開当時、やや毛色の変わったB級大作といった感じでした。今見ると確かに『ジュラシック・パーク』につながる内容になっているところが興味深いです。
【ご覧になる前に】西部・中世・古代ローマのテーマパーク「デロス」が舞台
砂漠の上を低空で飛ぶ高速機は巨大テーマパーク「デロス」に向っています。デロスは「西部」「中世」「古代ローマ」の三つのパークに分かれていて、到着すると三台のトリムに乗って好きなテーマパークに移動することになります。「ウエストワールド」を選んだ弁護士のピーターと友人のジョンは、ガンベルトを装着して駅馬車で西部開拓時代の町に入りました。そこの住民はすべてコンピューターで制御されたロボットで、ゲストはロボットに対して銃を撃つことも自由にできるのでしたが…。
マイケル・クライトンはディズニーランドに遊びに行ったときにアトラクションの「カリブの海賊」を体験して、人や動物の動きをロボットが精巧に再現するアニマトロニクスに感銘を受けて本作を執筆したといわれています。実際にこの映画の導入部はまさにディズニーランドのアトラクションへの入場スタイルに似ていて、飛行機からパークに入るまでがアトラクションの世界に徐々に入り込んでいく仕掛けになっています。スピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』が公開されたのは1993年のことですが、その二十年前にテーマパークの設定を恐竜ではなく過去にさかのぼった時代ということにして製作されたのが本作でした。アメリカのカリフォルニア州アナハイムにディズニーランドが建設されたのは1955年。この世の中にディズニーランドが出現してからわずか十八年で本作のようなテーマパークを題材にしたSF的アクション映画が作られていたのは、ある意味で先見性があったと言えるのではないでしょうか。マイケル・クライトンは映画監督としては本作以外では『大列車強盗』あたりしか目立った作品は残していませんが、「ジュラシック・パーク」の大成功で世界的なベストセラー作家となりました。しかし人生というのは良いことばかりではないわけでして、2008年に喉頭がんのために六十六歳で亡くなってしまいました。まだこれからという年齢なのに残念ですね。
主演というか客演ともいえるのがユル・ブリンナー。ウエストワールドのロボットの一人として出てきますが、そのキャラクターは『荒野の七人』のクリスそのもの。全身黒ずくめで精悍な顔つきのガンマンをいかにも感情がないロボットの雰囲気を出しながら演じています。こんなロボット役は『王様と私』で大成功を収めたユル・ブリンナーにしてはちょっとキワモノっぽいなと感じるのではないでしょうか。それもそのはず、ユル・ブリンナー本人が自分自身をパロディ化しているような役はやりたくなかったようです。しかし本作製作時のユル・ブリンナーは多大な負債を抱えていて出演料を稼ぐ必要があったのだとか。言われてみれば本作の三年後には日本のフジフィルムのTVコマーシャルに出演していて、そこでも両手をパンと叩く間に銃を抜けるかどうかテストする『荒野の七人』のクリスのポーズを披露していました。まあ当時はチャールズ・ブロンソンがマンダムのCMに出て以来、アラン・ドロンのダーバンやリンゴ・スターのレナウンなど海外の大物俳優や歌手を起用するのが流行していたので、ユル・ブリンナーもその一人かと思って見ていましたが、要するに借金を返すためだったんですね。なんとなく売れないタレントの地方営業みたいで、少し可哀想な感じもしてしまいます。
本作公開当時のポスターやチラシ(現在ではフライヤーと呼ぶそうですが、当時は単にチラシと言っていましたな)では、黒ずくめのガンマン姿のユル・ブリンナーが紙面いっぱいに描かれていて、その顔の鼻から下がパカっととれて内部の機械が露出しているイラストが大変印象的でした。実際のパカっと具合はやや違っているので、そこらへんも本編を見るときに確認していただきたいポイントです。
【ご覧になった後で】いろんな点でパイオニアなんですがB級感は満載でした
いかがでしたか?テーマパークで三つの時代が体験できるとか、そこではすべてがコンピューターで制御されているとか、ロボットが反乱を起こして人間のコントロールが効かなくなるとか、着眼点というか発想というかアイディアはとても素晴らしくて、画期的だったと思います。コンピューターが暴走するという点では『2001年宇宙の旅』の後継者といえますし、テーマパークが制御不能になるという点では『ジュラシック・パーク』の原点にもなっています。また映像の作り方においてもパイオニアでして、映像がユル・ブリンナーのガンマンの視点になったとき、細かなモザイク画面としてロボットの視界が表現されていました。あのモザイク画面こそが映画史上初のCGI(Computer Generated Imagery)すなわちコンピューターグラフィックスによって生成された画像・映像なのです。『スター・ウォーズ』が世に出る四年前にCGIを実現していたということも本作の価値を高めているわけではあるものの、ほとんど世間的に認知されていないのが惜しいところです。
というのはやっぱり本作がB級映画だからで、なにしろユル・ブリンナー以外の俳優がショボ過ぎますよね。主演のリチャード・ベンジャミンは『キャッチ22』の脇役程度しか経験がありませんでしたし、コンビを組むジェームズ・ブローリンは『カプリコン1』で主役を演じるのは本作の五年後という時期。企画段階ではジェームズ・カーンやエリオット・グールド、あとは『スター・トレック』のカーク船長ことウィリアム・シャトナーあたりが候補に挙がったそうです。しかしどの俳優も他の作品とのスケジュール調整がつかず、そもそも高いギャラを払うほどの製作費がなかったようです。マイケル・クライトンはあえて無名の俳優を主演に据えることでユル・ブリンナーのゲスト感を高めるようにしたと語っていたようですが、なんだか後付けのように感じます。
製作費があまりないというのは美術にもいえることで、本作に登場する三つのテーマパークはどれもセットを流用したり使い回したりしていたそうです。西部の町はそのままメル・ブルックスの西部劇パロディ『ブレージング・サドル』(1974年)に引き継がれ、古代ローマはサイレント映画の喜劇王のひとりであるハロルド・ロイド邸の庭園で撮影されました。そのほか衣裳などもそれまでにTVドラマなどで使われたものを流用したりして、お金がかからないように工夫した節約型の現場は、わずか30日間で全編を撮り上げてしまうほど短い製作期間だったそうです。
本作はテーマパークを舞台にしていながら子どもがひとりも登場しません。それもそのはずで本作に出てくるのは大人のテーマパークだからです。テーマパークといえば聞こえは良いですが、「大人の」とつけばそのあとには「オモチャ」などがくっついてくるわけでして、本作の裏テーマは紛れもなく「性のテーマパーク」なのです。リチャード・ベンジャミンは実際には女を買った経験はないようでしたが、しっかり西部開拓時代の娼婦と一夜をともにしますし、中世を選んだヒゲのオジサンは王女様にちょっかいを出し、そのヒゲの奥様のほうは「古代ローマでの楽しみは殿方」と言ってはばかりません。まあいろんな娯楽産業が普及するにはまず性から入るというのが鉄則でもありますから、本作はかなりリアリスティックな路線で未来の性産業の在り方を描いているのかもしれません。ちなみに「デロス」の入場料は一日1000ドルという設定で、これを現在価値に置き換えると6200ドルくらいになるとか。1ドル110円だとすると日本円で682,000円。いやいや、一日70万円も払ってニシキヘビにかまれたり、ガンマンに追われたりするテーマパークに行く人なんていないですよね。(V013022)
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