ウィリアム・ワイラー監督、ゲーリー・クーパー主演の西部開拓紛争物語です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ウィリアム・ワイラー監督の『西部の男』です。南北戦争終結後のテキサスでは牧牛で儲ける男たちと農業を営む家族たちが土地の所有を巡って争いが起きていました。その紛争を取り上げた本作はアカデミー賞を三度受賞することになるウィリアム・ワイラーの監督作品で、主演のゲーリー・クーパーは同じく後にオスカーを二度受賞することになります。そしてゲーリー・クーパーとタメを張る敵役をやるウォルター・ブレナンは本作でなんと三度目のアカデミー賞を受賞していまして、アカデミー賞に縁の深い作品であるといえるでしょう。
【ご覧になる前に】キャメラはパンフォーカスで有名なグレッグ・トーランド
テキサスの広大な土地で牛追いをしていたカウボーイたちはトウモロコシ畑に柵が巡らせてあるのを見つけます。ワイヤーで柵を壊そうとすると農園を守っていた男たちと撃ち合いになり、カウボーイはひとりの男を町に連行します。町を支配しているロイ・ビーン判事は酒場兼裁判所でいとも簡単に絞首刑の判決を下し、刑が執行されました。そこへ馬を盗んだというコールが連れて来られ、再び酒場でビーン判事が酒を飲みながら裁判を開始しますが、ビーンが憧れる女優リリーと会ったことがあるというコールは、彼女の髪の毛を持っているとビーンに告げるのでした…。
ドイツ出身のウィリアム・ワイラーは母方の遠縁にユニバーサルの社長カール・レムリがいたことから渡米してハリウッドで働くことになります。1925年に二十代前半の若さで監督の昇格したワイラーは「社長のコネ」と噂されますが、作品を発表するごとにその悪評を覆して1930年代にはユニバーサル映画を代表する監督のひとりになっていきました。
プロデューサーのサミュエル・ゴールドウインは、MGMの前身の一社であるゴールドウィン・ピクチャーズの創設者でしたが、会社を手放してしまったためMGMにはゴールドウィンの名前だけを残しただけになりました。ルイス・B・メイヤーとアービング・G・タルバーグがMGMを率いることになった一方で、サミュエル・ゴールドウィンは自らのプロダクションを立ち上げ、ユナイテッド・アーティスツやRKOと提携して映画製作を続けたのでした。
サミュエル・ゴールドウィン・プロダクションに移籍いたのがウィリアム・ワイラーで、1936年の『孔雀夫人』以降、この『西部の男』や『打撃王』『我等の生涯の最良の年』などの良作がサミュエル・ゴールドウインとウィリアム・ワイラーのコンビによって製作されることになっていきます。プロデューサーとして認められたサミュエル・ゴールドウインはその功績によって1946年にアービング・G・タルバーグ賞を受賞しています。この賞は1937年度から授与されることになったアカデミー賞のひとつで、映画業界に貢献したプロデューサーの名誉を称える特別賞。MGMに参画できなかったサミュエル・ゴールドウインがMGMで実績を残したタルバーグの名前を冠した賞を受賞するのというは、なんとも皮肉なことだったでしょう。
本作でキャメラマンをつとめるグレッグ・トーランドは前景から背景まで画面全体にピントが合った撮影法であるパン・フォーカスを生み出したことで有名です。トーランドにパン・フォーカスの開発を求めたのがウィリアム・ワイラーで、画面全体をくっきりと見せることでより多くの演技やアクションをひとつのショット内に同時に収めることが可能になりました。1939年のウィリアム・ワイラー監督、グレッグ・トーランド撮影による『嵐が丘』で試行され、オーソン・ウェルズ監督の『市民ケーン』で確率されたというのが映画史的な発達過程と言われています。
主演のゲーリー・クーパーは1930年代からハリウッドのドル箱スターのひとりとして活躍していましたが、演技の面では「大根役者」というレッテルをはられていたそうです。しかし本作の翌年に主演した『ヨーク軍曹』で見事にアカデミー賞主演男優賞を獲得し汚名を返上すると、1952年には『真昼の決闘』で二度目のオスカーを獲得するに至りました。本作では191cmという長身も相まって、まさに「The Westerner」の原題通りに西部を代表する男性像を魅力的に演じています。
【ご覧になった後で】ブレナン演じるロイ・ビーンのほうが目立っていました
いかがでしたか?ゲーリー・クーパー演じるコーン・ハーデンは牧畜業の荒くれたちと土地を耕す農民たちの間を取り持つ公正な仲介者の役割で、まさに正義の人という立ち位置ではありましたが、ゲーリー・クーパーが硬軟取り混ぜてロイ・ビーン判事を懐柔していく展開が、主人公にダーティヒーロー的な味わいを加えていたところに妙味がありました。その象徴がリリー・ラングトリー嬢の髪の毛を持っているというブラフなわけですが、そこに農民の娘ドリス・ダベンポートとの恋愛をからめて、最終的にテキサスの農家の主人におさまるというエンディングには予定調和的な安心感がありました。
そんなゲーリー・クーパーを上回る存在感を見せるのがロイ・ビーン判事役のウォルター・ブレナンでした。ロイ・ビーンは実在の人物で、テキサス州バルベルデ郡の酒場の経営者であり、治安判事だった人。実際に酒場を法廷にして裁判を行い、酒場には女優リリー・ラングトリーのポスターが貼られていたそうです。1972年のジョン・ヒューストン監督作品『ロイ・ビーン』ではポール・ニューマンがこの人物を演じていますよね。
ウォルター・ブレナンの演技は、ロイ・ビーンその人ではないかというくらいにリアリティがあり、しかも明らかに不公平で不条理な判決を出す悪徳判事なのにどこか愛嬌があって憎めないような親しみまでも感じさせるキャラクターをうまく表現していました。ウォルター・ブレナンは本作で三度目となるアカデミー賞助演男優賞を獲得していまして、同じ年にはチャップリンの『独裁者』でムッソリーニ的人物ナポローニを演じたジャック・オーキーが最有力視されていたのを覆しての受賞でした。
1940年度アカデミー賞は第13回目を迎えたばかりで、しかも第8回まで男優賞と女優賞しかなかったのですが、1936年の第9回から助演男優賞と助演女優賞があらたに設定されたところでした。つまり第9回から第13回まで5年しか授与されていない助演男優賞のうち三回をウォルター・ブレナンが独占していたのです。もちろん本作のロイ・ビーン判事のようにウォルター・ブレナンの演技が秀逸であったことは間違いないでしょう。しかしアカデミー賞を選定する際の投票者に原因がありまして、最初は中央選考委員会のような限定された会員で受賞者が決められていたのが、第3回からはアカデミーの会員が全員投票できるように変更されたのでした。映画人であればアカデミー会員になることができましたので1930年代には約1000人、1940年代には約1500人の会員がいたといわれています。
そこでなぜウォルター・ブレナンが毎年のように助演男優賞を獲得していたかといえば、ブレナンはエキストラ出身でクレジットされない端役の苦節時代を経て、やっと俳優として認められた人だったからでした。映画エキストラ組合の人たちがアカデミー会員に登録されていて、1940年の第13回アカデミー賞まで会員の全員投票で受賞者が決定されていたので、エキストラはみんなブレナンに投票していたというわけです。さすがにウォルター・ブレナン本人が毎年アカデミー賞に選ばれるのを恥ずかしく思ったらしく、翌年以降、アカデミーは映画エキストラ組合に投票権を与えなくしたんだとか。もちろん現在でも助演男優賞を三度も受賞したのはウォルター・ブレナン以外に誰もいません。
ウィリアム・ワイラーの演出はパン・フォーカス使用前ということもあって、非常に手堅くオーソドックスな語り口でした。そんな中でも馬に乗って疾走するゲーリー・クーパーを横から移動でとらえたショットなどは非常に運動性が感じられて躍動感に溢れていました。いちばんの見せ場はトウモロコシ畑に火がつけられるところ。移動撮影を駆使しながら燃え広がる火災と格闘する農民たちをとらえた短いショットの積み重ねがダイナミックでした。
一方でグレッグ・トーランドのキャメラにも数か所見どころがあって、ゲーリー・クーパーがウォルター・ブレナンが放火を指示したと知って酒場を出て行く場面は、ウォルター・ブレナンの背中の影越しに馬に乗って立ち去るゲーリー・クーパーを右から左にパンしながらワンショットにおさめていて、構図も移動も光の調整も完璧な出来栄えでした。またブレナンが劇場でひとり開幕を待つ場面での客席を俯瞰で映したショットも、ガランとした空間の中でブレナンが孤立したような構図が表現主義的な美しさを持っていて、クライマックスにむかう前のアクセントになっていました。
それにしてもロイ・ビーンは明らかに悪人であるにもかかわらず、カッコいい死に方をしますし、リリーの髪の毛を持ったまま息絶えるというロマンチストぶりが描かれます。農民たちの中には無実の罪で処刑された人もいますし、ドリス・ダベンポートの父親はカウボーイの馬に蹴飛ばされて死んでしまいます。そういう人物を本作はかなり好意的に捉えていて、西部開拓史のある種のヒーローのように扱っているのがあまり納得できるものではありませんでした。ゲーリー・クーパーが立って対決しようと促すものの、いつのまにか致命傷を負っていたというのも中途半端な感じがしました。
前半の酒場での裁判のシークエンスはダレ気味ですし、クライマックスも盛り上がらず、西部劇としてのアクションも今ひとつです。映画としては中途半端なのですが、観客を引きつけるのはやっぱりウォルター・ブレナンの存在感なわけで、ロイ・ビーンのキャラクターには共感できませんが、ウォルター・ブレナンの演技には脱帽してしまうのでした。エキストラの組織票があったとはいえ、アカデミー賞助演男優賞三度受賞は伊達ではないということでしょうか。(A070125)
コメント