戦う翼(1962年)

マックイーンが『大脱走』の前年に出演してアンチヒーローを演じています

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、フィリップ・リーコック監督の『戦う翼』です。主人公バズ・リクソン大尉を演じているのはスティーヴ・マックイーン。あの娯楽映画の大傑作『大脱走』の前年に出演した作品です。マックイーン主演の戦争映画ならば、当然のごとく弱きを助け強きをくじくマックイーンを想像してしまうのですが、本作はちょっと違っていて終戦まで戦闘機に乗り続けたいとのぞむ戦争大好きな空軍大尉を演じています。原題が「The War Lover」となっているようにバス大尉は、戦争愛好家であり戦闘中毒のように描かれています。

【ご覧になる前に】もうひとりの主役はアメリカ第8空軍のB17爆撃機

第二次大戦でイギリスに基地を置くアメリカ第8空軍は、B17爆撃機によってドイツの戦略拠点に対して空からの爆弾投下を行っていました。「The Body」の愛称をつけられた機体を操縦するのはバズ大尉。副操縦士のボー中尉と一緒に、早朝の爆撃命令に従って今日も空に飛び立ちます。ある攻撃命令で出発したとき、編隊を組んでいた一機がドイツ軍によって撃墜されたその日の夜、基地のパーティに訪れたのは、撃墜された操縦士とつきあっていたイギリス人女性でした…。

アメリカ第8空軍は、陸軍航空軍を前身として1944年にアメリカ第8空軍として編成されました。二千機の爆撃機と一千機の戦闘機を保有してドイツに対して壊滅的な打撃を与え、「Mighty 8th」と称されていたそうです。その中で主力として活躍したのが、ボーイングB17フライング・フォートレス。今でも民間航空機を製造販売しているボーイング社が、大戦中に大量生産していた大型戦略爆撃機で「空飛ぶ要塞」と名付けられていました。3000km近い航続距離の航空が可能で、爆弾搭載量は5トン弱。機体各所に防御機銃が設置されていて、機首、機上、機体下部、側面の銃座から迫りくる戦闘機に機銃掃射をして対抗することができました。『戦う翼』では、このB17フライング・フォートレスについて、実際の機体を使って撮影されているため、極めて詳細な映像で描写されています。その点では空軍マニアや戦闘機マニアには見逃せない作品になっています。

スティーヴ・マックイーンは1930年生まれですので、本作出演は32歳のとき。TVシリーズの「拳銃無宿」で注目されて、1960年に『荒野の七人』で主演のユル・ブリンナーを食ってしまうくらいの活躍を見せたマックイーンでしたが、その後は『ガールハント』『突撃』そしてこの『戦う翼』と、どちらかといえばB級の作品にしか出演していません。まあ三つとも主演作品なので、マックイーンとしては『荒野の七人』のような脇役で出るよりも、主演でやりたいという意向があったのかもしれません。そうした積み重ねがあって、1963年にはオールスターキャストの『大脱走』でトップビリングを勝ち取ったわけです。本作のバズ大尉は、かつては食うか食わずの放浪生活をしていたという設定になっていますが、マックイーンも義理の父親との折り合いが悪く、少年時代は家出を繰り返していたそうなので、自分で演じるにはぴったりの配役だと感じていた部分もあったのではないでしょうか。

【ご覧になった後で】盛り上がりに欠ける本作ならではの意外過ぎるラスト

いやー、最後はマックイーンの操縦手腕で崖にぶつからず、ギリギリのところでB17を不時着させるんだろうと思って見ていましたが、見事に裏切られました。しかも、崖に衝突する機体のミニチュアがちゃっちいので、東宝特撮映画を見慣れている日本の観客からすると笑ってしまうほど不出来なラストでした。正統派の空軍パイロットっぽくて、ハンサムで女性にもモテるロバート・ワグナーとの対比でいえば、マックイーン演じるバズ大尉は有能だけどエキセントリックな軍人です。そんなアンチヒーローぶりは、マックイーンの出演作の中では異色に見えるのではないでしょうか。しかしながらマックイーンが、そのアンチヒーローを悪役とまではいかない微妙なワルぶりで演じるので、これはこれでありなのかなという展開です。

しかし、最後のライプツィヒ爆撃命令が下った瞬間からバズ大尉のキャラクターがおかしくなるんですよね。命令を聞いて明らかに動揺していて、作戦の巨大さにビビッているようにしか見えませんし、操縦中の素振りもいつものむこうみずな果敢さがなく、自信なさげに感じられます。さらにドイツ軍の銃撃を受けた後は、腕は震え目もうつろになってしまいます。編隊を指揮する大佐が撃墜されたので、バズ大尉が全軍の指揮をとらなければならなくなるのですが、そのような明確な指示を下す場面も描かれていません。たぶんきっかけは、ロバート・ワグナーの恋人になったダフネーに拒否されたことなのでしょうが、戦争大好きの剛腕パイロットがそんなことで変貌してしまうのはなんとも納得がいかない描き方でした。

ラストの崖への激突の前に、バズ大尉は「やっとお前と二人になれたな」と言うのですが、これは一心同体だと明言していた爆撃機「The Body」のことだろうと思います。けれど乗組員を全員脱出させた一方で、バズが可愛がっていたジュニアは、一番危険な機体下部の銃座で撃たれ、ついさきほど戦死してしまったところです。つまり乗組員の中でジュニアだけが遺体としてそのまま機内に残っているんですね。だから決めセリフの「お前と二人に」がひょっとしてジュニアを相手にして言っているようにも聞こえてしまうのです。これは致命的な脚本のミスで、盛り上がりを欠く大きな要因になってしまっています。また、第8空軍が攻撃対象とする都市は、映画の序盤のキールも、クライマックスのライプツィヒも、「空から見た地図」程度に描かれています。なのでその地図上に爆弾を投下し、黒い噴煙があがるのを上から眺めた映像だけが続きます。そこには戦争のシミュレーションゲーム化を伺わせるような攻撃する側の視点しか見られません。爆撃される都市の悲惨さを描けとまでは言いませんが、攻撃側の誰かひとりでも、爆撃で死んでいく人々のことに思いを致すセリフを入れてほしかったと思います。

でもB17の機内の描写は本当にリアルで迫力がありました。機内から外を見た映像が、実際のドイツ戦闘機のニュースフィルムあたりからもってきているので、視線の違いには違和感がありました。それを差し引いても、基地から飛び立つ準備の点検手法とか4本のプロペラが順番に回り始めるとか滑走路に一列縦隊で整列して次々に離陸していくだとかの映像は、実に緻密に組み立てられていたと思います。マックイーンには申し訳ないですが、ちょっと一貫性に欠けるアンチヒーローを見るのではなく、B17のディテールを楽しめる映画としての価値ほうが、今では評価できるのかもしれません。(A102021)

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