ヘミングウェイの小説を映画化したバート・ランカスターの映画デビュー作
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こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ロバート・シオドマク監督の『殺人者』です。原作はアーネスト・ヘミングウェイの短編小説で、映画化にあたってはアンソニー・ヴェイラーによってフィルムノワールものとして大胆に脚色されています。バート・ランカスターの映画デビュー作としても知られていて、本作で強烈な印象を残したランカスターがハリウッドで人気俳優になるきっかけにもなりました。アカデミー賞では監督賞・脚色賞・編集賞・音楽賞でノミネートされましたが、『我等の生涯の最高の年』にすべてかっさらわれてしまいました。
【ご覧になる前に】R・ブルックスとJ・ヒューストンが脚本を書いています
ブレントウッドという田舎町に降り立った二人の男は、近くのダイナーに入ると拳銃を取り出してコックを縛り上げて、ランドという男が来るのを待ち構えます。定刻通りに来ないことを知り勤め先のガソリンスタンドに男たちが去ると、同僚のニックはランドのアパートに危険を知らせに走ります。しかしランドはベッドから出ようとせず、急襲した男たちの手によって殺されてしまいました。生命保険会社の調査員リアドンは保険金の支払いを進めるため警察でランドの死体を確認するのですが…。
アーネスト・ヘミングウェイはアメリカを代表する作家で1954年にはノーベル文学賞を受賞しています。「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」「老人と海」など有名な作品のほかに多くの短編も残していて、1920年代から30年代に書かれた短編の中に「ニック・アダムス物語もの」があります。少年ニックが若者から大人へと成長していく日々の出来事が20以上の短編によって綴られているのですが、そのうちの十代後半における一作「The Killers」を映画化したのが本作なのです。
プロデューサーのマーク・ヘリンガーはジャーナリスト、作家、コラムニストを経てライター兼プロデューサーとしてジャック・L・ワーナーに雇われました。ジェームズ・キャグニーやハンフリー・ボガート主演のギャング映画の脚本を書いたのちにB級映画の製作を担当するようになり、やがてトップクラスのプロデューサーとなったヘリンガーは、再編されたユニバーサル・インターナショナル・ピクチャーズのもとで独自のプロデューサーユニットを率いるようになります。本作で大ヒットを飛ばしたヘリンガーは、ジュールス・ダッシン監督の『裸の町』などを世に送り出したものの1947年に四十四歳の若さで亡くなってしまいます。彼の功績を讃えて、マーク・ヘリンガー劇場や若手ジャーナリストを表彰するヘリンガー賞が遺されました。
ユニバーサルはホラー映画やミュージカル、中編西部劇などを得意としていましたが、再編を契機にB級映画路線をやめてクオリティの高い作品にシフトする方針を立てることになりました。本作のヒットがあったもののやがて経営不振に陥ったユニバーサルは、タレント事務所から娯楽コングロマリットに成長していたMCAに買収されたことで劇的な復活を遂げて現在でもアメリカのエンターテインメント産業の大手として生き残っていきます。
マーク・ヘリンガーはヘミングウェイの原作の映画化権を3万6千ドルで手に入れ、リチャード・ブルックスとジョン・ヒューストンに脚本を執筆させました。しかしタイトルに大きくヘミングウェイの名前を出すことをヘリンガーが望んだためブルックスは収益の1%を受け取る代わりにノンクレジットを了承したそうです。ジョン・ヒューストンのほうはワーナーブラザーズとの契約があってクレジットできなかったようですが、ヘミングウェイの小説にない部分はジョン・ヒューストンの創作だという説もあるんだとか。アンソニー・ヴェイラーはジョン・ヒューストン監督の『イグアナの夜』でヒューストンと一緒に脚本を書いているので、名前だけ貸したのかもしれません。勝手な推測ですけど。
空中ブランコの花形としてサーカス団で活躍していたバート・ランカスターは、ブロードウェイの舞台にデビューするとたちまちハリウッドから誘いがかかりパラマウント映画と契約します。パラマウントからマーク・ヘリンガーに貸し出されて出演した本作がランカスターにとっての映画デビュー作となったのですが、同じくMGMから借りてきたエヴァ・ガードナーとの二枚看板で本作ではトップビリングされています。デビュー後もフィルムノワールを中心に順調に出演作を重ねたランカスターですが、すぐにハロルド・ヘクトとともに「ヘクト・ランカスター・プロ」を設立したのは、マーク・ヘリンガーの影響があったのかもしれません。
【ご覧になった後で】回想形式の脚本と影と長回しを使った演出が見事です
いかがでしたか?期待せずに何気なく見始めて、いきなりバート・ランカスターが殺されてしまう展開にびっくりさせられました。二人組の男がダイナーに入って行くショットは光と影を効果的に使っていてサスペンスムードを醸し出していて、もしかしたらこれは見応えがある映画なんではないかと思わせるうちに、期待以上の面白さに引きつけられてしまいました。しかもヘミングウェイの原作は冒頭のランカスターが殺されるところまでしか書かれていないらしく、エドモンド・オブライエン演じる保険会社の調査員が殺人の背景を探っていくという展開はリチャード・ブルックスとジョン・ヒューストンのオリジナル脚本なのだそうです。だとするとタイトルに「ヘミングウェイの殺人者」と大きく打ち出されるのはある意味誇大広告で、実質的にはヘミングウェイの短編小説にこんな裏話があったら面白いでしょう!という創作サスペンスだったわけですね。
調査の対象となるホテルのメイドや警部補やその奥さんの回想で物語が進んでいくので、殺されたバート・ランカスターの過去が多角的に照射されることになります。最初はピート・ランドというガソリンスタンド従業員、実の名前はオーレ・アンダーソンで、アンダーソンはスウィードというプロボクサーだったという展開になるので、殺されたランドは映画の進行とともに呼び名が次々に変化していきます。そこに絡んでくるのがアルバート・デッカー演じるコルファクス。実は最初の回想シーンでガソリンスタンドに乗りつけるキャデラックの客がコルファクスだったわけで、後で思い返して時系列で整理すると、本作に仕掛けられた謎が解けてくるという構造になっているんですよね。
エヴァ・ガードナー演じるキティと出会うパーティは屋敷の主は不在という設定で、そのときコルファクスは刑務所に収監されていることになっています。サム・レーヴェン演じるルビンスキー警部補がレストランでキティの盗品を見破る場面ではキティはビッグサムの情婦と紹介され、ビッグサムはすなわちコルファクスのこと。刑期を終えたランカスターがコルファクスのアジトでキティと出会い、保険調査員リアドンの問いかけにコルファクスは「家族がある」と答え、キティは「夫がいる」と回答します。こうして後になって振り返ると、すべてはコルファクスとキティの二人が共謀して25万ドルを独り占めしようとしていたことがわかってきます。
それを観客に悟られないようにするのが脚本家の腕の見せ所なわけで、巧みにバート・ランカスターの視点を交え、しかも回想で場面が飛ぶという形式を加えることで観客を惑わせるような仕掛けになっていました。観客は殺されてしまったランカスターに寄り添う気持ちが強いので、一目惚れしたキティを助けて服役することになったランカスターが惑星を語るチャールストンにキティから便りがないことを嘆く言葉を信じてしまいます。チャールストンの「女には気をつけろ」という忠告もキティだけを疑わせるのに十分で、翻ってホテルの部屋をめちゃくちゃにするくらいランカスターが取り乱していたのはキティが金を持ち逃げしたせいだと早合点させる効果がありました。
実はコルファクスとキティがグルだったという結末に観客は驚かされるのですが、そのうえを行くのがエヴァ・ガードナーのファムファタールぶりで、瀕死の夫=コルファクスに対して「私は無実だと証言して」と自分本位の要求をするほどの悪女を見事に演じきっていました。パーティの場面で初登場する際の長い髪に黒いドレスの妖艶な肢体も極めて蠱惑的で、恋人を連れたランカスターが一瞬で乗り換えてしまう気持ちがわからなくもないくらいの吸引力を感じさせました。
脚本構成の見事さを支えるのがロバート・シオドマクの映像演出で、本作がフィルムノワールの傑作足り得たのはモノクロ画面による映画的ムードによるところも大きかったと思います。前述したように導入パートは光と影が効果的でしたし、特に帽子工場の給料強盗の場面での長回しのワンショットは本作の緊迫感を高めることに成功していました。ここはコルファクス率いる四人組が工場労働者の列に混じって警備入口を入る様子から始まって、列を離れた四人が事務所棟の階段を上がると経理係のオフィスを窓から望む構図になり、布で顔を隠した四人が事務員たちをホールドアップさせて札束を奪う作業をとらえます。そして一気に階段を駆け下りて警備口を突破し、脇に停めてあった車三台で逃走するところまでがワンショットで収められていました。労働者の列をやや俯瞰でとらえたショットは左にパンしながらクレーンで上昇して、最後には工場前の道を斜め上から狙った構図まで続きます。
このショットを完璧に映像化するには、キャメラと動きと俳優の演技が綿密に連動していなければなりません。キャメラマンのウディ・ブレデルは同じくロバート・シオドマクが監督した『幻の女』でも撮影を任された人。ユニバーサルに来る前はRKOやパラマウントでスティール写真を担当していたようなので、光や影へのこだわりは強かったのかもしれません。いずれにしても強盗シーンのショットは本作を象徴するような非常に完成度の高い長回しショットでした。
一点だけ文句をつけるならば、バート・ランカスターのもとから消えたまま6年間も行方知れずだったキティことエヴァ・ガードナーが、なぜエドモンド・オブライエンの保険調査員に電話をかけてきたのかということ。誰かが仲介したようなセリフがありましたけど、それがどんなからくりなのかがあまりクリアに描かれていませんでしたし、もしかしてオブライエンがその時点ですでにコルファクスの妻だと見抜いていたという設定だったんでしょうか。注意不足かもしれませんけど、唐突感は否めませんでした。
双葉十三郎先生は本作に対して☆☆☆★★とそれほど高得点は与えておらず、ヘミングウェイの原作部分を忠実に映像化した導入部分のみを褒めているだけでした。一方でレナード・マルティン氏は「魅力的な犯罪ドラマ」であるとして****の最高点をつけています。たぶん推理小説評論家でもあった双葉先生はヘミングウェイの原作を犯罪小説の小品として買っていたのかもしれず、殺されることを受け入れた人物に対して変な解説をつけて物語化したことが気に食わなかったのでしょう。でもヘミングウェイは自作の映画化作品の中では、特に本作がお気に入りだったようで、気に入らなかったら飲もうと思って試写室に持ち込んだ酒を一滴も口にしなかったんだとか。ヘミングウェイを納得させる見事な映画化だったのは間違いと思われます。(U121325)

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