イルカの日(1973年)

頭の良いイルカを育てる研究者が陰謀に巻き込まれる動物サスペンス映画です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マイク・ニコルズ監督の『イルカの日』です。ロベール・メルルというフランスの作家が書いた小説を『卒業』で頭角を現したマイク・ニコルズが監督した話題作でしたが、850万ドルの製作費を費やしたにも関わらず興行収入はアメリカ国外を合わせても230万ドルと惨敗。ジョセフ・E・レヴィンの製作会社エンバシー・ピクチャーズは大赤字を抱えることになったのでした。

【ご覧になる前に】『卒業』で脚本を書いたバック・ヘンリーが脚色を担当

聴衆の前でイルカの生態について講演を行ったジェイク・テリル博士は、質疑応答を終えるとすぐにボートに乗って沖合いの離れ小島にある研究所に戻ります。最新式大型水槽で飼育されているのはアルファと名付けられたイルカで、ジェイクはアルファに簡単な英語を話せるよう調教を行っていたのでした。小島に水上セルナ機でやってきたデマイロは研究所に支援する財団の管理官で、イルカの研究内容を公表しないと援助を打ち切ると博士に通告します。デマイロが町に戻ると、講演を聞いたマホニーと名乗るジャーナリストが訪ねてきて、ジェイク博士の取材をさせろと強要するのですが…。

原作者のロベール・メルルはフランスの作家で、デビュー作はフランスで最も権威ある文学賞ゴンクール賞を受賞して、アンリ・ヴェルヌイユ監督が『ダンケルク』として映画化することになりました。「イルカの日」は1967年にメルルが五十九歳のときに発表した小説で、イルカの知能を犯罪に利用するという内容がハリウッドから注目され、『ウエスト・サイド物語』や『大脱走』を製作したザ・ミリッシュ・カンパニーがフランクリン・J・シャフナー監督で映画化すると発表したのが1970年のことでした。

映画化権がどのように獲得されてどう移ったのかはわかりませんけど、その後ジョセフ・E・レヴィンが率いるエンバシー・ピクチャーズに権利が移管されたようで、当初はロマン・ポランスキー監督がジャック・ニコルソン主演で映画化する計画があったそうです。ジョセフ・E・レヴィンはマイク・ニコルズと三本の映画を監督する契約を結んでいて、『卒業』『愛の狩人』をエンバシー・ピクチャーズ製作で監督したマイク・ニコルズは、最後の一本の契約を履行するために本作の監督を引き受けたんだそうです。

マイク・ニコルズは1960年代初めにコメディアンのコンビの一人としてブロードウェイに進出して、やがては演出を手掛けるようになったという人。トニー賞受賞など輝かしいキャリアをひっさげて映画界に入り、『バージニア・ウルフなんかこわくない』で映画監督としてデビューを果たします。ジョセフ・E・レヴィン製作の『卒業』で1967年度のアカデミー賞監督賞を受賞して一躍アメリカ・ニュー・シネマの旗手として注目を浴び、この『イルカの日』は五作目の監督作品にあたります。

脚本家のバック・ヘンリーは『卒業』『キャッチ22』に続いてマイク・ニコルズ監督作品としては三本目の仕事でした。元はTV業界で働いていて「それ行けスマート」の原案・脚本をメル・ブルックスと一緒に担当したことで名前が売れるようになり、映画脚本二作目の『卒業』でアカデミー賞脚色賞候補にあげられました。1978年の『天国から来たチャンピオン』ではウォーレン・ベイティと共同で監督をつとめていますし、俳優としても多くの映画に出演するなど多彩な才能をもった人だったようです。

ジョージ・C・スコットは本作で70万ドルのギャラを受け取るくらいの大物になっていたのですが、この人はアカデミー賞の受賞もノミネートも辞退して受け取らなかったことでも有名でした。1961年の『ハスラー』で助演男優賞候補になったのに辞退。1970年の『パットン大戦車軍団』では見事主演男優賞でオスカーを獲得したのに受賞を拒否。1971年の『ホスピタル』での主演男優賞ノミネートも辞退しています。本作で夫婦役として共演したトリッシュ・ヴァン・ディヴァーを晩年パートナーとしましたが、1999年に七十一歳で亡くなりました。

ジョージ・C・スコットとともに主演ともいえる活躍をするイルカは、体重に占める脳の割合(脳化指数)が人間に次いで高い動物で、一説によると四肢がないために脳が十分に活かされていないのではないかと言われているようです。また常に息継ぎしながら泳ぎ続けることができるため睡眠をとらないという説もあったそうですが、右脳と左脳を交互に休ませる半球睡眠の能力を持っていて、右脳が眠っているときは左目をつむり、左脳睡眠時には右目をつむって泳ぐんだそうです。

【ご覧になった後で】感情移入してしまうくらいイルカの演技が見事でしたね

いかがでしたか?映画を見始めたときに劇場公開されていて、映画館に見に行くことはなかったのですが、ラジオで放送された主題曲をカセットテープに録音して繰り返し聴いていた記憶があります。今回初見だったもののの、水槽でイルカのアルファがジョージ・C・スコットと一緒に泳ぐ場面でこの曲が流れたときには懐かしさで胸がいっぱいになってしまいました。作曲したのはフランソワ・トリュフォーとのコンビで知られるフランスの作曲家ジョルジュ・ドルリュー。本作でドルリューはアカデミー賞作曲賞にノミネートされていて、オスカーは『追憶』のマーヴィン・ハムリッシュに持っていかれてしまいました。

哀調を帯びたジョルジュ・ドルリューの音楽のせいもあって、本作に登場するイルカのファーとビーはまさに演技をしているようにしか見えず、思わず感情移入させられてしまいました。ジョージ・C・スコットと水槽の中で戯れるシーンは一種のラブシーンのようにも見えましたし、ファーとビーが水槽の鉄扉で離されてしまうところは互いに慕う気持ちが鳴き声を通じて伝わってきました。動物を扱った映画というのはその動物の可愛らしさがあれば無条件に傑作扱いになってしまうところがあり、本作も編集のうまさでイルカが演技しているように見えるので、時間の経過を気にせずに最後まで観客を集中させる良作に感じられました。

ジャーナリストのポール・ソルヴィノを悪役と思わせながら、実は財団の老人連中が黒幕だったという展開もそれなりにドラマを盛り上げていましたね。しかしファーとビーに船底爆弾をセットさせる訓練をしているあたりから、たぶん自分たちの船が逆に爆破されるんだろうなという展開が見えてきてしまい、そこらへんからサスペンスの質がグーっと低下してしまいましたね。特に大統領専用ヨットにビーが向かっていき、それをファーが止めるところ。さすがにイルカは泳ぐということ以外の演技はできませんから、二頭が引き返して標的を変更するという映画の見せ所が単純にイルカが泳ぐ方向を変えただけにしか見えず、全く盛り上がりませんでした。まあイルカなんでそこまでは無理ですけど。

ファーとビーのイルカは、撮影現場では脚本家の名前から「バック」とアステア&ロジャースのコンビから「ジンジャー」と呼ばれていたそうです。この二頭は撮影が完了して出番がなくなった次の日、撮影現場から海へと脱走してそのまま二度と戻ってこなかったんだとか。さすがに知性が高いイルカだけあって、やることはやるけど仕事が終わったら自分の好きにするからねというスタンスで本作に出演していた模様です。

ファーが話す「Pa」とか「No」とか「Man」とかの単語がどこか哀しみを帯びていて、ラストシーンで海べりからジョージ・C・スコットたちを声を出しながら見送るショットはそれなりに感動を呼ぶ映像だったと思います。この声は実は脚本家のバック・ヘンリーが担当したものだそうで、脚本だけでなく俳優もやっていたというバック・ヘンリーならではの多芸多才ぶりだったわけですね。ちなみに本作はアカデミー賞録音賞にもノミネートされていて、バック・ヘンリーの声だけでなく録音も高評価されています。でもこの年は『エクソシスト』で出たタイミングでしたので、もちろんオスカーは『エクソシスト』に行きました。(U040624)

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