蒸気船African Queen号でジャングルの川を下る傑作アドベンチャーです
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・ヒューストン監督の『アフリカの女王』です。第一次世界大戦勃発時のドイツ領東アフリカを舞台にしていて、ジャングルの中を蒸気船で下っていくシチュエーションは、のちにディズニーランドのアトラクション「ジャングルクルーズ」ができるモトネタになっています。川下りでのいろんなトラブルを経てハンフリー・ボガートとキャサリン・ヘプバーンが恋人同士になっていくストーリーラインが非常に魅力的で、本作でハンフリー・ボガードはアカデミー賞主演男優賞を受賞することになったのでした。
【ご覧になる前に】アフリカ現地ロケを敢行、でも撮影は混乱を極めました
1914年ドイツ領東アフリカでイギリス人宣教師のセイヤー兄妹が布教活動を進めていますが、第一次大戦勃発と同時にドイツ軍によって村と教会が焼き討ちにされ、正気を失った兄は亡くなってしまいます。妹のロージーは小型蒸気船で郵便や荷物を運搬するカナダ人チャーリーの船に相乗りして村をあとにしますが、ジャングルを川で下っていくうちに蒸気船を使ってドイツ軍軍艦に逆襲することを思いつきチャーリーに提案するのでした…。
ドイツ領東アフリカは現在のルワンダやタンザニアあたりでアフリカ大陸の南東に位置します。ドイツが1885年に植民地化した東アフリカはドイツ本国の三倍もの面積がありました。ドイツはその土地で主に麻やゴムの木、コーヒーの栽培を進めるとともに金鉱の発掘も進めたそうです。1914年にヨーロッパで第一次世界大戦が勃発すると、ドイツ軍は東アフリカに戦線を張ることによって連合国側の軍事力と物資をヨーロッパからアフリカに分散させる作戦に出ます。本作はちょうどドイツ軍がアフリカでゲリラ戦を始める時期が舞台になっています。
アフリカのジャングルを撮影しようと本作は果敢にもアフリカ現地でロケーション撮影を敢行しました。当初はケニアで行われる予定だったところ、ジョン・ヒューストンが当時ベルギー領だったコンゴに場所を変更してしまいます。というのもジョン・ヒューストンは象狩りに熱意を燃やしていてコンゴでなら象狩りの免許が許可されるからでした。ジョン・ヒューストンは撮影そっちのけで狩猟に出かけてしまったり、キャサリン・ヘプバーンが赤痢にかかってしまったりと現地でのロケ撮影は混乱を極めたそうです。しかし結果的にはジョン・ヒューストンは象を仕留めることができなかったとか。ハンフリー・ボガートについていった妻のローレン・バコールはアフリカ滞在中にすっかりキャサリン・ヘプバーンと仲良くなり、その後も二人の親友関係は続くことになりました。そんな副産物もあったんですね。
プロデューサーは「S・P・イーグル」とクレジットされていますが、このイーグルさんとは実はサム・スピーゲルのこと。ドイツ人のサム・スピーゲルは、ハリウッドで映画の基礎を学んだのちにドイツに戻り反戦映画を製作していましたが、ナチスの台頭とともにドイツを脱出してイギリスやアメリカで映画製作者として活躍するようになりました。その際に名前をドイツっぽくない響きのS・P・イーグルに変更して、本作もその名義の頃のプロデュース作品です。1954年の『波止場』で本名のサム・スピーゲルに戻してからは、あの有名な『戦場にかける橋』や『アラビアのロレンス』を作ることになるんですね。
監督のジョン・ヒューストンと主演のハンフリー・ボガートは名コンビともいえる間柄で、ジョン・ヒューストンの監督デビュー作『マルタの鷹』でサム・スペードを演じたハンフリー・ボガートは主演二作目でした。その後『黄金』『キー・ラーゴ』でタッグを組み、本作では1951年の全米興行収入第2位の大ヒットを記録。アカデミー賞ではジョン・ヒューストンもハンフリー・ボガートもノミネートされ、ボギーは見事に主演男優賞に輝いたのでした。しかし本作以降は一緒に仕事をすることはなかったので、やっぱりアフリカロケでの混乱が二人の仲に亀裂を生じさせたのかもしれません。
【ご覧になった後で】演技と船と自然、すべてにアクトさせる演出が見事です
いかがでしたか?これは大自然を舞台にした傑作アドベンチャー映画でしたね。主演の二人の演技はもちろんのこと、蒸気船の中の舵や幌やスクリューや蒸気パイプなど様々な要素が全部ストーリーの中に役割として納められていて、それが二人のアクションにつながっていました。それは天候やジャングルの動物や鳥、草花も同じことで雨が降ったりうららかな陽射しが差したり、ワニがいて川に入れないとか逆に川に入れば全身をヒルに吸い付かれるとか、葦の茂みに迷い込んで抜け出ないと思ったら大雨で水嵩が増して自然と船が主流に流されて事態が打開されるとか、全部が全部アクションとなって映像化されているんですね。これはもう見事としかいいようがないほどの出来栄えで、ジャングルを舞台にした映画としては最高傑作ではないでしょうか。
そしてそれらのアクションの要になっているのがキャサリン・ヘプバーンでした。彼女は正直言って美人ではなく、チャーリーのセリフの通りで「ガリガリの行かず後家」がぴったりの女優さんです。しかし映画の中で演技をするともうこの人から目が離せなくなるほど魅力的に見えるんですよね。内面から醸し出される人間的な魅力なんでしょうか。ロージーというキャラクターが生き生きと画面に刻み込まれていて、激流に心を躍らせたりとか戦艦ツッコミ作戦を発案するとか乙女チックな恥じらいを持っているとかすべてがリアルで身近に感じてしまう女性を表現していました。
すぐ隣でキャサリン・ヘプバーンがこんなに見事な演技をするとそれが周りに伝播するんでしょうかね。ハンフリー・ボガートはいつものニヒルな探偵や金塊探しの荒くれ者などのステレオタイプ風の男性ではなくなって、粗野だけど品格は失わず、船乗りとしての技術はもちながら飲んだくれで、勇壮果敢にチャレンジするもののヒルだけは震えがくるほど大嫌いという多面的な人間像をすんなりと演じています。映画の登場人物はどうしても固定的で一面的なキャラクターになってしまいがちなのですが、キャサリン・ヘプバーンもハンフリー・ボガートもそのときそのときによって感情も理性も一律ではない普通の人間を見せてくれていて、それが本作の一番の見どころになっていました。
さらにはジャングルの様々な表情が、ジャングルクルーズさながらに楽しめるのも本作の魅力ですね。さすがにロケ撮影しただけあって、いろんな動物が登場してくれますし、作り物ではない豊かな自然をキャメラがしっかりとらえています。まあジャングルにライオンが出てくるのはどうかなと思いますが、それもご愛敬でとりあえずアフリカを全部詰め込みましたって感じのサービス精神がほとばしっていました。
もちろんロケ撮影だけでは済まない場面もたくさんあって、たとえば川の中に潜って二人でスクリューを修理するシーンなどはアフリカの川では撮れませんのでロンドンのスタジオセットで撮影しています。またレストアしていないバージョンで見たのですが、キャサリン・ヘプバーンの髪の毛がスクリーンプロセスの光を受けて緑色に光っているショットがかなり出てきまして、それらは全部スタジオで追加で撮ったもののようです。けれど編集がうまくてロケショットとスタジオショットがうまくつなぎ合わされていて、映像の流れは損なわれていないように感じました。
ジョン・ヒューストンはハンティングに夢中になっていたというわりにしっかりと仕事していたことになりますが、その演出は本作ではかなりベーシックでショットの切り取り方も組み合わせ方も特段目立つようなことはなく、ひたすら主演の二人と二人を取り囲む船や自然をそのまま見せることに終始していました。監督の手腕は自らの技を主張することだけではなく、全体を調和させることにもあるのです。その意味で本作はジョン・ヒューストンが優秀な映像職人であることを証明しているのではないでしょうか。(A040122)
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