マキノ雅弘

昭和二十年以前

ハナ子さん(昭和18年)

昭和18年は太平洋戦争の敗戦を予測する軍人も一部に現れた頃でしたが、そんな時期に映画法の検閲の元で国威発揚映画としてミュージカル映画が作られていたのでした。監督は名前の表記をコロコロ変えるマキノ正博で、「雅弘」ではなく「正博」だったときの作品です。
日本映画

昭和残侠伝 血染の唐獅子(昭和42年)

「昭和残侠伝」シリーズ第四作『血染の唐獅子』は第三作の一年後に公開されました。そして第五作は本作の一年半後に作られるので、計算されたようにペースダウンするシリーズものは東映でも珍しかったのではないでしょうか。ともあれ第三作までの佐伯清に変わって、第四作では大御所マキノ雅弘がメガホンをとりました。
日本映画

日本侠客伝(昭和39年)

本作はその中でも高倉健を初めて主役に据えた「日本侠客伝」シリーズの記念すべき第一作にあたります。ただし東映としては高倉健単独主演ではまだ興行面で不十分だと考えたようで、特別出演として中村錦之助をもうひとりの主役に起用しました。
日本映画

橋蔵のやくざ判官(昭和37年)

ご存知「遠山の金さん」もののひとつですが、時代劇なのに映画の途中から本格的な推理ドラマの様相になってきて、そのトリックがなかなか手の込んだものなので、見ていて全く飽きませんでした。
日本映画

雪之丞変化(昭和34年)

昭和10年に朝日新聞に連載された三上於菟吉の小説「雪之丞変化」は歌舞伎役者に身をやつした主人公が親の仇を討つというシンプルなストーリーから幾度となく映画化されてきました。本作はサイレント映画時代から大量のプログラムピクチャーを量産してきたマキノ雅弘が監督し、歌舞伎出身の大川橋蔵が主演した東映版です。
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