ブロードウェイの舞台を映画化した作品でマンキーウィッツ監督の遺作です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の『探偵<スルース>』です。元はブロードウェイの舞台劇で、アンソニー・シェイファーが自ら書いた戯曲を脚色しました。アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたローレンス・オリヴィエとともにマンキーウィッツ監督も監督賞候補となったのですが、1993年に亡くなるまでメガホンをとる機会はなく、本作が最後の監督作品となりました。キネマ旬報ベストテンでは外国映画部門で第7位に選出されていまして、辛口評論家レナード・マルティン氏は****の最高点で高評価しています。
【ご覧になる前に】マイケル・ケインはオリヴィエとの共演に感激したとか
ロンドン郊外の広大な屋敷の迷路庭園で次回作の口述筆記をしているのは推理小説の大御所アンドリュー・ワイク。彼が生み出した名探偵メリデュー卿がテニスコート殺人事件を解決する一節を諳んじているところに、スポーツカーに乗ったマイロが訪問してきます。無数のからくり人形が展示された客間でアンドリューは妻マーゲリートを寝取ったマイロを追求し始めます。イタリア移民の家に生まれ美容院を経営しているマイロはアンドリューとマグリットの結婚生活が破綻していると反論しますが、アンドリューはマイロに意外な提案をするのでした…。
アンソニー・シェイファーが書いた舞台劇「スルース」は1970年11月にブロードウェイで初演されました。アンドリュー役をアンソニー・クエイル(『ナバロンの要塞』で早々に足を折るあの人)、マイロ役をシェークスピア劇に多く出演していたキース・バクスターが演じ、1222回公演を重ねる大ヒットを記録。1971年のトニー賞最優秀作品賞を受賞しました。
イギリスで高名な推理作家という設定のアンドリューについてアンソニー・シェイファーは友人のステx-ヴン・ソンドハイムをモデルに創作したと言われています。ソンドハイムは『ウエスト・サイド物語』で作詞を担当したミュージカル界の巨匠のひとり。推理小説好きでゲームコレクターでもあったソンドハイムの特徴がアンドリューに反映されているそうです。
マイロ役は当初アルバート・フィニーが予定されていましたが太りすぎということでアラン・ベイツが指名されました。『まぼろしの市街戦』の通信兵役が印象的なアラン・ベイツはマイロ役が自分にはふさわしくないとオファーを断り、結果的にマイケル・ケインがマイロを演じることに。アルバート・フィニーは本作の2年後に『オリエント急行殺人事件』でポワロを演じることになるので、確かに太りすぎだったのかもしれません。
マイロ役を得たマイケル・ケインはローレンス・オリヴィエと共演できることに欣喜雀躍し感謝感激状態になったそうで、オリヴィエをどう呼べばいいのかさえわからずに直接質問したそうです。するとローレンス・オリヴィエは「私はサー・オリヴィエであなたはミスター・ケイン。もちろんそれは最初だけでそのあとは私はラリーで、あなたはマイクだよ」と答えたんだとか。ローレンス・オリヴィエは当時自分が立ち上げた劇場が閉鎖される状況にあって、常用していた薬の副作用でセリフが覚えられなくなっていて、マイケル・ケインも驚いたのですが、薬の服用を止めると3時間の芝居のセリフを完璧に頭に入れている元のローレンス・オリヴィエに戻りました。
ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督は撮影現場で事故に遭い、さらには腰痛が出て車椅子に乗りながら演出を続けたそうです。『三人の妻への手紙』と『イヴの総て』で二年連続アカデミー賞監督賞を受賞したマンキーウィッツも1963年の『クレオパトラ』が作品的にも興行的にも失敗して20世紀フォックス社を倒産寸前に追い込むことになって以降は仕事の依頼がぱったりとなくなっていました。1970年にコメディ西部劇の『大脱獄』を監督するくらいにおちぶれていたマンキーウィッツは本作でアカデミー賞にノミネートされて見事にカムバックを果たしたのでしたが、体調のせいか本作が遺作となってしまいました。
オズワルド・モリスはイギリス映画界を代表するキャメラマンで、『白鯨』『武器よさらば』『ナバロンの要塞』などに加えて『寒い国から帰ったスパイ』のモノクロ映像が非常に印象に残ります。本作のあとは『007黄金銃を持つ男』や『オデッサ・ファイル』『王になろうとした男』など大作を任されるようになっていきました。
【ご覧になった後で】予想を超えた見事な脚本なのに映像演出が邪魔でした
いかがでしたか?未見の方はこの行から下は絶対に読まないほうがいいので、すぐにページを閉じていただくとして、ネタバレ全開で感想を述べていきたいと思います。まず何といっても脚本の出来栄えの良さが本作の魅力そのもので、ブロードウェイの舞台が1200回以上のロングランを記録してトニー賞最優秀作品賞をゲットしたのも納得しかありません。アンドリューがマイロをやり込める前半戦とマイロがアンドリューに逆襲する後半戦の見事な対照がすばらしく、マイロの変装に全く気づくことができずに観客のひとりとしてまんまと脚本に仕掛けられた罠にハマってしまいました。
アラン・ベイツがマイロ役を降りたのもこの脚本のせいらしく、オファーが来たので舞台を見に行ったベイツはアンドリューがマイロがを撃ち第一幕が幕となって休憩に入ると「こんなに簡単に殺される役なのか」と見るのをやめて劇場を出て行ったんだとか。第二幕こそがマイロを演じる俳優の芸の見せ所なのにその構造に気づかなかった自分はマイロ役にふさわしくないと言って降板することになったそうです。アラン・ベイツが我慢して第二幕まで見ていればマイケル・ケインのマイロは実現していなかったわけですから、誰もがだまされてしまう脚本の見事さには本当に脱帽しかありませんね。
本作はオープニングクレジットから観客をだますフェイクが入っていて、ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインのほかに「ドップラー警部補:アレック・カーソーン、タラント巡査部長:ジョン・マシューズ、マーゲリート:イヴ・チャニング」と出演しない俳優の名前が表記されます。実際は本作にはローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインの二人の他は誰一人として登場しません。完全な二人劇であることを観客に悟らせないための仕込みを入れていたのです。しかも「イヴ・チャニング」は、『イヴの総て』でアン・バクスター演じるイヴ・ハリントンとベティ・デイヴィス演じるマーゴ・チャニングの二人の名前を合体させた楽屋落ちになっていまして、仕込みも芸が細かいんですよ。
そんな子供だましよりも真剣にだまされてしまったのがドップラー警部補に変装したマイケル・ケインでした。舞台ではアンドリュー役よりもマイロ役が背が低く、マイロがドップラーに変装する際には踵の高いマジックシューズを履いて背を高くして登場するので余計に劇場の観客たちがだまされたんだとか。マイケル・ケインはローレンス・オリヴィエより背が高いのでその手は使えないものの、メイクアップと演技力だけで見事に観客をだますことに成功していました。
ローレンス・オリヴィエは推理作家らしい筋立てでマイロを罠にかけていく前半は品格と高慢を絶妙なバランスで配合していて、観客もアンドリューと一緒になって間男マイロをいじめる共犯的な関係を成立させていました。後半は逆にマイロの罠にハマってしまい、イタリア移民という出自を下に見る階層意識や自分の不能を隠すための大袈裟な精力自慢などが次々に暴露されていく展開になると、観客は勝手なもので今度はマイロと一緒になってアンドリューを蔑んでやりたくなるマゾ的気分に陥っていきます。ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインの主客逆転する演技対決が本作の見どころになっていて、脚本の巧さに俳優の演技力がばっちりとマッチしたことが本作の成功要因でした。
ところがそこにマッチしないのはマンキーウィッツの映像演出で、せっかくローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインが演技で火花を散らしているのに、ショットを限りなくぶつ切りにして二人の演技を一緒に見せてくれず常にセリフをしゃべる片方だけにカッティングしてしまうのがツヤ消しでした。オズワルド・モリスのキャメラもやたらとズームを多用していて、短いショットにズームが重なるともう映像的に軽いと言うのか流されると言うのか、画面を落ち着いて見ていられなくなりました。からくり人形のアップショットを度々インサートしたり、船乗り人形や暖炉の上のエドガー賞の胸像がアンドリューとマイロを見ているかのようなショットを入れたり、マンキーウィッツの映像がオリヴィエ&ケインの演技を邪魔するような感じしかしません。2時間20分近い長尺にもかかわらず時間の経過を感じることなく没入できたのはまさに脚本と演技のおかげであって、その没入感に茶々を入れるような映像演出は不要ではなかったでしょうか。
ただしこれらの人形たちや客間を中心にした二階と地下のある屋敷内の縦構造、額装や本棚やダーツや電話などの小道具は、ストーリー展開にダイレクトに関係していて、舞台では表現できない映画としての立体的な魅力づくりに貢献していたと思います。プロダクションデザインを担当したのはケン・アダム。「007シリーズ」のMI6本部や研究所、スペクターの拠点などの造形をすべてデザインした人で、スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』の国際会議室やコントロールルームなどの仕事もケン・アダムの手によるものです。
フェイクのひとつにマーゲリートの肖像画がありましたけど、あの肖像画のモデルはジョアン・ウッドワードらしいですね。ポール・ニューマンの奥方として有名なジョアン・ウッドワードは、『クレオパトラ』のオーディションを受けたことがあるみたいなので、その際にジョセフ・L・マンキーウィッツ監督にある程度の印象を残したのかもしれません。まあ単なる憶測に過ぎませんけども。(T032026)

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