錆びたナイフ(昭和33年)

石原慎太郎が弟・石原裕次郎のために脚本を書いて大ヒットした日活映画です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、舛田利雄監督の『錆びたナイフ』です。石原裕次郎は昭和32年暮れに公開された『嵐を呼ぶ男』でアクションスターとしてのイメージを確立しましたが、本作は兄の石原慎太郎が裕次郎を主人公にすることを前提として原作を書き自ら脚本化して裕次郎が主演しました。映画製作再開後は五社協定によって他社の俳優を使えずに苦戦していた日活でしたが、裕次郎という自社の看板スターを得たことで次々にヒットを飛ばし、本作も年間興行成績で第7位の好成績を収めました。

【ご覧になる前に】裕次郎・小林旭・宍戸錠がかつての仲間役で共演しました

西日本の工業都市・宇高市で勢力を伸ばしている勝又運輸の社長勝又は警察に連行されますが、報復を恐れた市民からの証言が得られずに証拠不十分ですぐに釈放されます。その新聞記事を読んだ島原は、かつて勝又が市議会の西田議長を自殺に見せかけて殺害した現場を目撃していて、検察と勝又運輸の両方に手紙を出して金をゆすろうとしますが、宇高駅で勝又の手下に囲まれて列車から放り出されて轢死しました。証人を失った検察は島原の残した手紙から橘と寺田の二人が現場で一緒だったことを知り、バーを経営している橘を見つけ出したものの、橘は恋人を死に追いやったやくざを殺した罪で5年服役してからやっと店を持つまでになったところなので、何も協力することはないと告げるのでした…。

昭和31年に「太陽の季節」で芥川賞を受賞した石原慎太郎は一躍文壇の寵児となって次々に話題作を発表していき、続いて映画化された『狂った果実』では弟の裕次郎が初主演して新しい人気スターが誕生しました。石原慎太郎は大学卒業後は一旦東宝の文芸部に就職した後にすぐ作家生活に入ってしまいますが、たまたま「太陽の季節」の映画化権を獲得したのが日活だったので、裕次郎は日活で映画に出ることになりました。日活から専属契約をもちかけられた裕次郎は、慎太郎が東宝に勤務していたことから「東宝からも話が来ている」と巧みに交渉してより高い契約金を獲得したといわれています。

そんな裕次郎も『狂った果実』の後には歌謡映画や青春ものに出演していて、日活もまだ無国籍アクション映画を確立していない時期でしたので、決して最初からアクション路線にいたわけではありません。しかしデビュー2年目の昭和32年後半に出演した『俺は待ってるぜ』と『嵐を呼ぶ男』で裕次郎がそのスラリとした長身を生かしてダイナミックなアクション演技を披露したことで、日活独特の乾いた雰囲気のアクション映画が誕生することになりました。地方都市が舞台で、警察と暴力団の対立や、暴力団同士の抗争があり、そこに裕次郎が巻き込まれて最後には勝利する、というのが基本パターンとなり、無数のバリエーションが派生していくのでした。

当時の日本映画界は新興の東映が始めた二本立て興行が定着し始めた時期で、日活も週二本の映画を製作・公開する体制に移行していました。しかし裕次郎だけで番組は組めませんので、裕次郎に次ぐスター俳優が求められたわけですが、本作でかつての仲間いう設定で出てくるのが小林旭と宍戸錠です。小林旭は「渡り鳥シリーズ」で宍戸錠とコンビを組むことになりますし、宍戸錠もやがては一枚看板の主役を張ることになります。日活のアクション映画の流れを見ても、本作は裕次郎と小林旭、宍戸錠がその初期に共演した贅沢な配役の作品だったことになります。

裕次郎が主演することを前提に石原慎太郎が書いた原作を、慎太郎と共同で脚本にしたのが舛田利雄でした。舛田利雄は昭和25年に設立まもない新東宝に助監督として入社して中川信夫や井上梅次についていました。昭和28年に日活が映画製作を再開させてスタッフを募集しているときに日活へ移籍して、市川崑の『ビルマの竪琴』などで助監督を続けていました。その舛田利雄が監督に昇進したのが昭和33年1月公開の『心と肉体の旅』で、本作は三本目の監督作品にあたります。デビュー当時、舛田利雄はまだ二十九歳でしたが、本作の手堅い演出が認められて裕次郎作品を次々に監督することになり、その数は25本に及ぶことになりました。

製作は『太陽の季節』で端役として出演していた裕次郎に目をつけた水の江瀧子で、キャメラマンは『幕末太陽傳』を撮った高村倉太郎。また黒澤明の『生きる』や『七人の侍』で美術を担当していて東宝の第一人者からフリーになっていた松山崇の室内セットや、同じく黒澤作品で早坂文雄の後を継いだ佐藤勝が音楽をやっているのも見どころです。そして製作主任としてクレジットされている中井景(あきら)は、後に裕次郎が独立して創設する石原プロモーションのプロデューサーとして活躍する人です。

【ご覧になった後で】ベテランスタッフが裕次郎の造形を盛り上げていました

いかがでしたか?まさに日活アクション映画のプロトタイプともいえるようなしっかりした作品に仕上がっていて、非常に面白く見られましたね。勝因の第一は宇高市という架空の街の設定で、開巻まもないタイトルバックに流れる映像はすべて北九州市のものなんだそうです。門司港や小倉の歓楽街などが「西日本で戦後に発展した工業都市」という設定そのものでありながら、どこかに現実感のない作り物っぽい雰囲気を漂わせていて、その根拠のない想像上の街という感じが日活アクション映画のオリジナリティの土台になっていたのではないかと思わされました。

そんな設定を具体的に映像化していたのがすばらしい美術セットで、特に裕次郎がやっている「キャマラード」というバーの室内セットは見事でした。狭いバーカウンターがある細長い店のさらに奥が金網に囲まれた裏土間のようになっていて、そこから階段を登ると裕次郎と小林旭の住居があるというあの設計。職住一体のバーなんて一体誰が思いついたんでしょうか。全く見事なアイディアでしたし、この設定がストーリー展開に速さをもたらしていました。

そして雰囲気づくりに欠かせなかったのが佐藤勝先生の音楽で、MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)っぽいヴィブラフォンとベースをフィーチャーしたジャズが映画全体をクールな印象で包み込んでいましたね。黒澤映画でのオーボエがメインモチーフを繰り返すようなやや泥臭い音楽を聞きなれていましたので、本作でのジャズ主体の映画音楽にはちょっと驚いてしまいました。

また高村倉太郎のキャメラをより引き立てていたのが照明で、夜の場面が多いこともあるのですが、終盤の工場地帯での裕次郎と清水将夫の対決場面などでの鉄骨を浮かび上がらせる照明が非常に効果を上げていました。大西美津男という人がやっているらしいのですが、この人も日活では裕次郎映画や「渡り鳥シリーズ」などたくさんの作品を担当しているようです。

脚本もそれなりによく出来ているものの、清水将夫が黒幕なんだろうなというのはすぐにわかってしまいますし、検察の中の高原駿男が内通者だというのもなんとなくバレバレで、ちょっと薄めの印象になっていました。裕次郎はキャマラードでの初登場シーンは颯爽としていてカッコよいのですが、杉浦直樹の勝又と殴り合いをするところあたりでは少し悩み過ぎてしまい突き抜けた感じがなくなるのが残念な感じでした。でもまあ北原三枝とは最初から最後まで恋愛的なからみがないので、そこが本作のもつ架空感というかドライな感じにつながっていたのかもしれません。ラストショットで画面奥に消えていく裕次郎と北原三枝からキャメラがややティルトダウンすると土に刺さったナイフが見えてくるというのもなかなかカッコいい終わり方でしたね。

しかし決定的に残念だったのは、裕次郎が清水将夫を刺し殺すところに北原三枝が駆けつける場面でした。車が画面に走りこんだのが映っているのに北原三枝が出てくるタイミングが遅く、さらに画面真ん中が大きく空いた間の抜けた構図になっていたのが本当に緊張度を一気に弛緩させてしまっていました。あんな引きの絵を入れるのならよほど北原三枝の驚く顔のアップあたりをつないだ方がよかったんじゃないでしょうか。黒幕で真の復讐相手だったとはいえ、裕次郎は再び殺人を犯してしまう展開ですから、もう少し裕次郎の心情を表現する工夫が欲しかったところでした。(A031223)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました