リー・マーヴィンが自分の報酬を求め続ける新感覚フィルムノワール
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・ブアマン監督の『殺しの分け前 ポイント・ブランク』です。原作はリチャード・スタークの「悪党パーカー/人狩り」で、本作ではウォーカーという名前に変更された主人公をリー・マーヴィンが演じています。ジョン・ブアマンにとって監督第二作にあたり、1960年代後半のムーブメントを反映した新感覚のフィルムノワール作品に仕上がっています。
【ご覧になる前に】スタークはドナルド・E・ウェストレイクの変名
アルカトラズ刑務所跡での現金強奪に成功したウォーカーは、仲間のマル・リースに裏切られ銃弾を浴び独房の中に倒れます。妻のリンもリースのもとに走り、一命をとりとめたウォーカーは白髪の男からの情報でリースとリンの住居を強襲するのですが、リンは服毒自殺していました。自分の報酬9万3千ドルを取り戻したいウォーカーは、中古車販売店主ステグマンからナイトクラブにいるリンの妹クリスの居場所を聞き出し、クリスとともにリースに隠れ家に向うのでした…。
原作者のリチャード・スタークは1962年から「悪党パーカーシリーズ」の執筆を始めて、1974年までに16作品を出版しました。本作はシリーズ第一作の「悪党パーカー/人狩り」の映画化作品ですが、スタークからシリーズ化しないならパーカーの名前を使用することはできないと指示されたため、リー・マーヴィン演じる主人公はパーカーではなくウォーカーという名前になっています。「人狩り」は1999年にもメル・ギブソン主演で『ペイバック』の題名で再映画化されていて、その際にも主人公はポーターに変更されています。
リチャード・スタークは実はドナルド・E・ウェストレイクと同一人物で、アメリカ探偵作家クラブが主催するエドガー賞を三度も受賞した推理小説の第一人者です。ウェストレイクとしては「ドートマンダーシリーズ」が有名で、ロバート・レッドフォード主演で映画化された『ホット・ロック』はシリーズの代表作のひとつ。リチャード・スターク名義では「悪党パーカーシリーズ」のほかに「俳優強盗アラン・グロフィールドシリーズ」というのも書いていまして、「悪党パーカーシリーズ」も16作目が発表されるとスターク名義での執筆も終了しました。ところがウェストレイクが六十四歳になった1997年にパーカーシリーズの復活と同時にまたスターク名義を使い出して、七十五歳で亡くなるまで8作品を世に送り出したそうです。
ジョン・ブアマンは1965年にイギリスで監督デビューを果たしたあと、ハリウッドに渡って本作のメガホンをとることになりました。1960年代後半はハリウッドのスタジオシステムはほぼ崩壊していた時期でありながら、本作はMGM製作のクレジットになっています。プロデューサーのロバート・チャートフはチャートフ&ウィンクラー・プロダクションを設立してシルヴェスター・スタローンの『ロッキー』を作った人ですので、実質的にはMGMは資金提供しただけなのかもしれません。ジョン・ブアマンは翌年にリー・マーヴィンと三船敏郎が共演した『太平洋の地獄』を発表した後、1972年に自ら製作した『脱出』でアカデミー賞作品賞・監督賞にノミネートされることになります。
1962年の『リバティ・バランスを射った男』で注目されたリー・マーヴィンは、1964年の『殺人者たち』で主役を張り、1965年の『キャット・バルー』でアカデミー賞主演男優賞を獲得しました。本作は『プロフェッショナル』『特攻大作戦』というアクション大作で主演をつとめた後の出演作にあたりますので、当時のリー・マーヴィンにとってはやや小粒な出演作品だったかもしれません。しかしリー・マーヴィンはハリウッドでは新人同様だったジョン・ブアマンに現場で様々なアイディアを提供し、MGMに対しても映画製作の承認をジョン・ブアマンに委ねると明言したそうです。
リチャード・スタークの原作タイトルは「The Hunter(Point Blank)」。「Point Blank」は「単刀直入な」「ズバッと」という意味であると同時に、銃器に関連づかた場合には「至近距離から」という意味合いになる言葉だそうです。ドナルド・E・ウェストレイクの作品には、例えば「Two Much」(日本語題名「二役は大変!」)のようなダブルミーニングのものが多く、本作のタイトルもウェストレイクがよく使う手から来ているみたいですね。
【ご覧になった後で】カットバックや色彩設計などが不思議に印象的
いかがでしたか?映画が始まって10分間くらいの導入部が、これはどういう映画なんだろうかと惑わされてしまうような出だしになっていて、映画を見るのになかなか集中できませんでした。観客を映画に引き込むのを拒否するような、わけのわからなさがジョン・ブアマンの狙いだったことは確かで、この導入部の不思議な感覚に慣れていくと、いきなりカットバックして時制が飛んだり、割れた香水瓶が散らばるサイケデリックな色彩がいっぱいの画面になったりするのも面白く見られるようになりました。アクション映画と呼んでいいのか迷ってしまうくらいに、夢うつつのような雰囲気をもった犯罪映画であり、面白くはないのですが非常に興味深い作品だったと思います。
映像の構成もあまりクローズアップなどタイトなショットは使わずに、やや離れ目のフルショットを多用していて、部屋のレイアウトやビルの高さ、道路の遠近感などを活かした構図がクールな印象をもたらしていました。特に放水路で現金の受け渡しをするカーターを殺し屋がライフルを撃つシーンでのショットのつなぎは見事でした。乾いた放水路に並ぶカーターとステグマンのフルショットと橋の上からライフルを構える殺し屋を後ろから捉えたショットの切り返し。撃たれるカーターと逃げるステグマン。そして水路の縁を滑り落ちてくるステグマンというそれぞれのショットの構図が完璧で、ショットの長さも絶妙に計算されていました。本作の中で一番の見どころだったのではないでしょうか。
原作がそうなのかもしれませんけど、登場人物が次々に現れて次々に死んでいくという構成が本作の夢うつつのような雰囲気につながっていて、リー・マーヴィン演じるウォーカーがなぜそこまで自分の取り分9万3千ドル(現在的には100万ドル近い価値になるようです)にこだわるのかに共感できないせいもあって、どのキャラクターに対しても感情移入を拒絶するような脚本になっていました。妻リンは自殺、リースはビルから転落死、カーターとステグマンはライフルで射殺され、黒幕ブルースターもアルカトラズで殺されます。アンジー・ディキンソンのクリスは半裸のラブシーンを見せてくれますけど、それ以上の役割ではありません。導入部の不思議な印象がラストまでそのまま継続するような、奇妙な肌触りの作品でした。
キャラが立っているリー・マーヴィンは別にしても、リースをやるジョン・ヴァーノンはあまりに凡庸で、リー・マーヴィンもジョン・ヴァーノンを本気にさせるために格闘シーンでは本当に腹を殴るつけたんだそうです。真の黒幕を演じたキーナン・ウィンは『メリー・ポピンズ』に出ていたエド・ウィンの息子さんだそうで、『博士の異常な愛情』にも出演していたようです。アンジー・ディキンソンはブライアン・デ・パルマの『殺しのドレス』でエレベーター殺人の餌食になる女優さんで、本作ではグラマラスな肢体を強調するドレスをとっかえひっかえして、ファッション面で大いに貢献していました。(U073025)
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