女吸血鬼(昭和34年)

天地茂が吸血鬼を演じた日本には珍しいゴシックホラーで新東宝の製作です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、中川信夫監督の『女吸血鬼』です。タイトルが紛らわしいのですが、女の吸血鬼が出てくるわけではなく、女の生血を好む吸血鬼が主人公で、日本映画では初の本格的な吸血鬼映画と言われているそうです。吸血鬼を演じたのは天地茂で、松竹の大部屋を2年で追い出された後に新東宝の第一期生として入社して新東宝を支える看板俳優になりました。舞台が東京から九州の島原に移動して、山の洞窟の奥に吸血鬼の屋敷があるという設定で、日本映画にしては珍しくゴシックホラー仕立てになっています。

【ご覧になる前に】大蔵貢社長の新東宝による低予算エログロ路線の一本です

東洋タイムス記者の大木が婚約者伊都子の誕生パーティに駆け付けるためタクシーを急がせていると、タクシーは目の前に現れた女性を轢いてしまうのですが、車を降りてみると誰もいません。奇妙だと思いながら大木が伊都子の屋敷に着くと、開かずの間に灯りがついていて、そこには二十年前に失踪した伊都子の母親美和子が戻っていて、以前と変わらず若いままの姿で横たわっていました。美和子の看病のかたわら大木と伊都子が美術展を見に行くと、特選候補になっている一枚の絵に母親の美和子がモデルとして描かれていて、それを影からじっと見つめる黒ずくめの男が立っていたのでした…。

吸血鬼伝説は、世界中のいたるところで伝承されていたようで、中でもヨーロッパにおける「ヴァンパイア」伝説は18世紀以降さかんに民話や伝説として語り継がれるようになりました。そこでは吸血鬼は不老不死で永遠の若さを持ち、日光を嫌ってコウモリに変身し、鏡には映らず、ニンニクや十字架を忌み嫌う存在とされています。また吸血鬼退治には、心臓に杭を打つとか銀の弾丸を撃ちこむなどに対処法が限られていることも特徴的でした。日本にも吸血鬼的な妖怪が言い伝えられていまして、磯女と飛縁魔といってどちらも美しい女の妖怪が男性を誘惑してその生き血を吸うことになっています。

監督の中川信夫は戦前にはマキノ・プロダクションなどの独立系映画スタジオで仕事をしていまして、戦時中から終戦直後には物書きをやって糊口をしのいだのですが、交友関係のあった映画評論家の筈見恒夫の紹介で新東宝に入社することになりました。本作と同じ年に『東海道四谷怪談』を監督して、以来夏の怪談映画といえば中川信夫しかいないと評判になったそうですが、怪談ものしか撮らなかったわけではなく、新東宝の番組を支えるプログラムピクチャー専門監督として活躍した人でした。

中川信夫を重用したのが昭和30年に新東宝の社長に就任した大蔵貢。サイレント映画全盛期には人気活弁士だった大蔵は戦前の一時期には日活の経営に関与していましたが、戦後になって映画館を経営する一方で大手映画会社の株を買い集め有力株主になっていました。そんな中で赤字が続いていた新東宝の経営を任されることになった大蔵は、それまでの文芸路線から低予算のエログロ路線へ転換を図り、経営を安定させることに成功します。低予算なので新人俳優を多く起用することになって、天知茂や宇津井健に多くの出演チャンスが巡ってきたそうですし、三原葉子のような美人ではないけれど肉感的なグラマーがエログロ路線として主演女優に起用されるようになりました。他のメジャー映画会社と差異化を図るうえでは、怪談ものやエロを強調したキワモノで勝負するしかなかったのでした。

【ご覧になった後で】ちょっと笑えますがそれなりに見られるホラーでした

いやいや、ゲテモノかと思って見ていたら、なかなかきちんと作られたところがあり、失笑を禁じ得ない部分もありつつ、それなりに見ていられるホラー映画でした。一番の見どころは光と影の使い方で、モノクロの画面で人物の影を上手に使って不安感や不気味な感じを醸し出すことに成功しています。またキャメラの動かし方なんかも中川信夫テイストが感じられるところで、伊都子の父親と医者が美和子の病状について話し合う場面などは、キャメラが二人を中心にして扇状に横移動を反復しミディアムショットでとらえるのです。こういうキャメラの使い方はなかなか他の映画では見られませんで、落ち着かないフワフワした感じを表現する映像として一見の価値がありました。

その一方で、吸血鬼の設定がいわゆるヴァンパイア伝説と真逆のようになっていたのが、ちょいと笑えるポイントでした。ホテルの窓から月明かりがもれると吸血鬼が身悶えして苦しむので、これって狼男の話だっけと一瞬勘違いしてしまいそうになります。そのうえこの吸血鬼は月の光が弱点になっていて、なんで夜行性の吸血鬼が夜ダメなのかわけわかりません。

加えて、天知茂の吸血鬼が地下にあるバーで女性を連続して襲う場面では、うわーっとかキャーッとか周りの人たちが叫んでいるのに、誰一人として吸血鬼が女性に首に吸い付くのを止めもせずに、棒立ちで傍観しているだけなんですよね。リアクションの演出が全くできていないので、これで6人連続殺人なんですかとちょっとギモンに感じてしまうフヌケな場面でした。

また終盤の洞窟のシークエンスでは手錠をはめた泥棒が盗んだ金を取り戻しに行き土中に埋まった札束を掘り起こすと、そこで落盤が起こり、吸血鬼が月明りを浴びるという展開になります。いかに間抜けな泥棒でも地盤がゆるむほどの土中奥深くに札束を置き忘れることもないでしょうし、札束を引っこ抜くだけで落盤するってどんな地層なんスかね。あと吸血鬼の子分たちが、小人は映画的で良いとしても、海坊主はなんだって坊主なんでしょうか。しかも新聞記者のヤサ男とやり合って簡単に沈没してしまうし。コメディリリーフって感じのキャラクターでした。

でも池内淳子は絶品ではないけれどそれなりに綺麗ですし、三原葉子はエログロ路線の代表選手として身体のシルエットが浮き出るようなキャミソール姿を見せてくれます。なんたって三原葉子の大きめの顔に引き目がちな瞳という顔立ちが絵画のモデルそっくりで、個性的だからこそ絵にしやすいんだなあと妙に納得してしまったのでした。(A051822)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました